地球時代における東京都の外国人施策について

明治大学商学部助教授  山脇啓造

1はじめに

「地球時代」とはグローバリゼーションの時代という意味である。グローバリゼーションは「もはやプロセスではない。それはれっきとした現実である。世界の市場とメディアの一体化が進んでいる。人、モノ、カネ、情報、イメージが国境を越えて自由に、大規模に、移動する」 (注1)。

この1年余りの間に、経済戦略会議の答申「日本経済再生への戦略」(1999年2月)、経済審議会の答申に基づいた閣議決定「経済社会のあるべき姿と経済新生の政策方針」(99年7月)、「アジア経済再生ミッション」の報告書「21世紀のアジアと共生する日本を目指して」(99年11月)、そして「21世紀日本の構想」懇談会の最終報告書「日本のフロンティアは日本の中にある」(2000年1月)と、政府関係の組織から立て続けに少子高齢化やグローバリゼーションへの対応を理由とした、本格的な外国人労働者、留学生、移民の受け入れの提言がなされている。2000年3月に発表される政府の新たな出入国管理基本計画も、積極的な外国人受け入れの方針を打ち出し、「外国人と共生していく社会づくり」を訴えるようである。また外国人労働者の受け入れをめぐって、法務省、労働省、警察庁の局長級による関係省庁連絡会議も開かれる (注2)。

政府内で早くからコンセンサスができているのは、情報技術専門家のような熟練労働者の受け入れである。99年12月にNHKで放映された「異邦人のニッポン−多国籍社会へ」でも、日本は5年後に30万人のコンピュータ技術者が不足するが、市民権取得や子どもの教育など受け入れ体制の充実を誇るアメリカやカナダに、中国人技術者が奪われていく様子が紹介されていた。ドイツでも2000年2月以来、「ハイテク移民」受け入れの是非が論議されている (注3)。一方、日本政府は技能実習制度の拡大によって、実質的に非熟練労働者の受け入れにも踏み込もうとしている (注4)。

現時点で外国人登録をしている全国の外国人約151万人のうち、東京都に住んでいる者が約26万人であるから、6分の1を超える。外国人登録をしていない非正規滞在者も同様な比率で東京都に住んでいると思われる。今後、本格的な外国人の受け入れが始まった時、東京都がその多くを受け入れることになるのは間違いないだろう。果たして、東京都にその準備はできているのだろうか。以下、筆者が特に関心を抱いてきた2つの外国人施策に限定して考えてみたい。

2外国人会議

東京都は、1997年11月に都道府県としては日本で初めての「外国人都民会議」を設置した。外国人委員25人から構成され、外国人に係る諸問題について都知事に意見、提案、要望等を述べることになっている。外国人会議には、他に「川崎市外国人市民代表者会議」(96年12月設置、以下、川崎会議)と「外国籍県民かながわ会議 」(98年12月設置)があり、筆者は時間の許す限り、この三つの会議を傍聴してきた。まだ設置されて間もないかながわ会議は別として、川崎会議と比較した場合、率直に言って都民会議に物足りなさを感じることがある。

両者の一番大きな違いは、川崎会議が毎年、年度報告をまとめ、市長に対する具体的な提言を盛り込んでいるのに対し、都民会議の報告には具体的な提言が含まれていない点である。川崎会議の提言には既に実現されたものもある。 96・97年度の報告書には、「民間賃貸住宅の入居に関して、外国人等誰に対しても入居差別を禁止する条項を盛り込んだ『仮称・川崎市住宅条例』を制定」し、「保証人問題を解決するために‛&公的な保証人機構の設立を検討する」という提言が含まれていた。その提言をもとに、高齢者、障害者、外国人などの民間賃貸住宅への入居機会を確保する「川崎市住宅基本条例」が制定され、同時に川崎市が民間の保証会社と協力した、全国でも初めての公的保証人の制度が2000年4月から開始されることとなった。一方、都民会議も1期めが終わった99年3月に、都知事に報告書を提出しているが、その提言は残念ながら具体性に欠けている。報告書の中身は「意見交換概要」と「参考資料」からなり、まさに委員間で交換された意見の概要が記されている。より正確に言うと、「都に対する意見、要望、提案」と「具体的意見、要望、提案」の2つの部分に分かれているが、前者は具体性に欠け、後者は多数の意見が具体的ではあるが、未整理のままに列挙されている。

この違いは、川崎会議が条例によって設置されているのに対し、都民会議が要綱によって設置された都知事の私的諮問機関に過ぎないという、制度的位置付けの違いによるところが大きいだろう。また、第1・2期川崎会議の委員長を務めた李仁夏氏が、 70年代以来の川崎における市民運動の指導者として、行政の仕組みにも精通していたという個人的資質の影響もあろう。この関連で筆者が疑問に思うのは、川崎会議やかながわ会議では、在日外国人施策の歴史に詳しい在日コリアンが委員長を務めているが、都民会議では座長どころか副座長にも就いていないことである。都民会議は、ホームページを使った情報公開の点でも、川崎会議やかながわ会議に遅れている。2期めも後半に入ろうとする都民会議の今後に期待したい。

外国人会議のあり方自体に関して、幾つかの私見を付け加えたい。まず、川崎会議やかながわ会議にも共通することだが、筆者が傍聴していて、外国人支援団体などに関係する日本人が会議に参加したほうが、より生産的な議論になるのではないかと思ったことが少なくない。外国人に地方参政権が認められていない現状で、外国人の政治参加を推進する意味で、外国人会議が専ら外国人委員から構成されることも意味があるが、会議への日本人の関心を促し、また議論をより充実させるためには、日本人の参加の是非を検討すべきではないだろうか。現に、大坂市や京都市の同様な会議では、日本人が構成員の半数近い(大阪市は委員14名で日本人が7名、京都市は委員12名で日本人が5名)。私は関西方式と関東方式の中間をとって、委員20名で日本人が5名程度で、委員長に外国人、副委員長に日本人という構成がよいのではないかと考える。

次に、外国人会議は都道府県レベルよりも、地域社会により密着した市や区といった基礎自治体で設置したほうが、地域の国際化を推進する効果が大きいのではないだろうか。都内でも、三鷹市が 99年に外国人委員7名と日本人委員7名からなる「みたか国際化円卓会議」を発足させている。他市でも同様な構想があることを聞いている。東京都には、ぜひ都内の特に外国人住民の多い市や区における外国人会議設置の支援をしていただきたいと思う。

3外国人教育

2000年2月に、筆者は東京国際交流財団主催の「地域国際化セミナー」(東京都後援)の分科会「在住外国人の子どもと教育−21世紀の学校に望むこと」にコーディネータとして参加した。4人のパネリストとして、民族共生教育をめざす東京保護者の会事務局長の呉崙柄氏が在日コリアンの子どもの教育について、葛飾区立双葉中学校夜間学級教諭の岩田忠氏が中国帰国者の子どもの教育について、兵庫県立神戸甲北高校3年生のルシエネ・ユカ・アキズキ・マツバラ氏がブラジル人の子どもの教育について、そして川崎市教育委員会総務部人権・共生教育担当主幹の小宮山健治氏が川崎市外国人教育基本方針の改定について報告を行った。

長女の就学をきっかけとして、日本の学校に通う在日コリアンを対象にした子ども会を始めた呉氏は、まず在日コリアンの子ども達が本名を名乗ることもできず、在日コリアンであることを隠して通学する中で、民族的アイデンティティを確立できずに育っていることについて述べた。次に東京都教育委員会との交渉の結果、 81年に都教委から事務連絡「公立学校に在籍する在日外国人児童・生徒にかかわる教育指導について」が出され、荒川区教育委員会との交渉の結果、85年に同区教委は学校における在日コリアン差別の存在を認め、差別をなくすことに努めることを約束し、在日コリアン児童・生徒の本名使用の呼びかけを始め、さらに93年には、「共に生きよう−在日外国人児童・生徒にかかわる教育について」という人権尊重教育啓発資料を発行したことを説明した。最後に、東京都が多文化・多民族共生教育のための基本方針を策定すること、外国籍児童・生徒の国籍、本名、進路などの実態調査を行うこと、教員養成課程のカリキュラムに多文化教育を導入すること、そして社会科教科書に在日コリアンに関する歴史的事実と現在の問題について記載することを要望して、報告を終えた。

76年以来、中国帰国者の子ども達の日本語教育に取組んできた岩田氏は、権利主体者として子ども観を確立し、子ども達の名前・母語・母国文化を含めたアイデンティティを維持・発展させる権利を具体的に保障することが必要であること、また、生活技術としての日本語教育から、生き方を励ます日本語教育への移行、日本語をどう教えるから日本語で何を教えていくかへと質的転換を行わなければならないことを強調した。さらに、この四半世紀、中国帰国者の子ども達の受け入れの制度の改善こそ見られたものの、受け入れ態勢の真の豊かさには十分につながっていないことを述べ、受け入れをめぐる混乱・逡巡・誤解・軋轢の一つ一つに丁寧に向き合い、互いの「違い」を超えて結びつけているものをたぐりよせることこそ、真の共生社会への遠くて近い道であり、「違い」を認め合う国際理解教育から、「違い」につながる国際連帯の教育へ向かうことが、これからの課題であると指摘し、報告を終えた。

1988年、7歳の時に家族と共に来日した日系ブラジル人3世であるマツバラ氏は、初めて日本の小学校に入学した時、緊張のし過ぎで不適応症状を起こし、家族とも話せない状況が3ヶ月続き、人前で感情を表現することが出来なくなった自身の経験を語った。その後、北海道、岡山、神戸と転校を繰り返したが、外国人、転校生という理由で、日本人の子ども達の興味本位の眼差しを浴び、「外人」と呼ばれ、いじめを受け、消極的な性格になっていったという。しかし、高一の夏休みに、自由課題のテーマを「ブラジルについて」と設定し、二年半ぶりにブラジルヘ帰国し、ビデオや写真、インタビューなどの取材活動を行い、学校に提出したところ、最優秀賞を受賞し、さらに日本国連協会主催の高校生の主張コンクールで、文部大臣賞を受賞し、そのことをきっかけに自信を得て、積極的な人間に変わったという。マツバラ氏にとって、いろんな人種が集まり、皆が対等に話をすることができるブラジルは居心地のいい国であり、ブラジル人であることを誇りに思うという。最後に、これから大人になっていくにつれて、もっとつらいことが待っているかもしれないが、自分らしく生きていきたいと決意を語って、報告を終えた。

川崎市外国人教育基本方針改定の事務局長を務めた小宮山健治氏は、川崎市教育委員会が、86年に「在日外国人教育基本方針−主として在日韓国・朝鮮人教育」を制定したのは、在日コリアンの保護者が学校での子どもに対する差別やいじめの問題の解決を迫る要望に、行政が応える形で生まれたものであるが、その後、10年余りの間に、ニューカマー外国人が川崎でも急増し、また「基本方針」がどこまで浸透したかを検証する必要もあることから、96年から「基本方針」の改定作業に着手し、98年に新たな「基本方針」を発表したと述べた。さらに、「基本方針」を解説した外国人教育推進資料『ともに生きる』と、六か国語による外国人保護者用就学ハンドブック『ともに生きる社会をめざして』を作成し、97年から「民族文化講師ふれあい事業」を、多文化共生の教育を学校において具体的に推進する施策として始めたことを説明した。そして以下のように「基本方針」の基本的な考え方を引用した。「@国籍・民族等にかかわらず、すべての子どもの学習権を保障し、教育における内外人の平等、人間平等の原則の徹底に努める。A社会における少数の立場の者(マイノリティ)の文化を尊重し、あわせて外国人市民の積極的な社会参加を支援する。B日本人と外国人の相互の豊かさにつながる共生の教育をめざし、過去の歴史的な経緯をしっかりおさえ、同化や排除意識からの脱却をはかる」。最後に、「基本方針」のめざす方向性について、「多文化共生の社会をめざす外国人教育は、国籍・民族・言語、文化等の違いを等価値のものとして、日本人児童生徒と外国人児童生徒の双方の豊かさを育み、違いが豊かさとして響き合う人間関係や社会をつくりだしていくことをめざしています」と述べ、報告を終えた(注5)。

日本在住の歴史が最も長い在日コリアン、70年代以降来日した中国帰国者、そしてニューカマーのブラジル人の事例の報告の中で、在日外国人の子ども達への偏見、差別、いじめが繰り返されていることが確認され、改めて日本社会、そして日本の学校の問題点が浮彫りとなった。そして、「外国人教育基本方針」を制定し、日本で最も積極的な取り組みをしている自治体の一つである川崎市の取り組みが紹介され、行政の果たしうる、そして果たすべき役割も示された。国際都市を標榜する東京都の21世紀の課題の一つが明らかになったといえよう。

4おわりに

石原慎太郎都知事は、「そのうち必ず移民の時代が来ますよ。そうじゃなきゃ労働力が確保できない。労働力を確保する形で正式に受け入れないと介護だって持たない。国がやらなきゃいけない。法律を変えなきゃね」 (注6)と語っている。確かに本格的な外国人受け入れの時代を迎えるためには、入管法改正に加え、外国人受け入れに関する政策を総合的に推進する新たな行政組織の設置など、国の果たすべき役割は決定的に重要である。だが、そうした国の外国人政策を立案する上で、実際の外国人受け入れの経験をもった地方自治体が、地域の市民団体と提携しながら、積極的に政策提言をすることが欠かせないだろう。 70年代には、在日コリアンの多住地域である川崎市が、国に先んじて市営住宅入居資格の国籍条項を撤廃し、市議会が児童手当の外国人への支給を条例化した (注7)。最近の例では99年12月に、ブラジル人の多住地域である浜松の市議会が「在日外国人の公的医療保険制度の見直しを求める意見書」を提出している (注8)。「東京から日本を変える」石原知事の下、東京都が他の自治体の模範となるような外国人施策を打ち出し、国へ積極的に提言を行っていくことを期待したい。



注1 「21世紀日本の構想」懇談会最終報告書『日本のフロンティアは日本の中にある−自立と協治で築く新世紀』12頁。

注2 「外国人受け入れ緩和検討」『朝日新聞』 2000年2月24日夕刊、「外国人労働者受け入れ対策協議へ」『朝日新聞』2000年3月2日朝刊。

注3 “Regierung streitet ueber Hightech-Gastarbeiter ”, SPIEGELONLINE, 23.Februar 2000, http://www.spiegel.de/wirtschaft/politik/nf/0,1518,65950,00.html.

注4「外国人労働者受け入れ拡大へ−農業・ホテル業など」『朝日新聞』1月14日朝刊。

注5 川崎市外国人教育検討委員会編『ともに生きる(改訂版)』(川崎市教育委員会、1998年)71頁。

注6「新春、石原都知事に聞く」『朝日新聞』2000年1月3日朝刊。

注7 川崎地方自治研究センター編「在日外国人を理解するためのハンドブック」(川崎市市民局、1993年)79頁。

注8「在日外国人の医療保険制度見直し意見書案可決−浜松市議会」『朝日新聞(静岡県版)』 1999年 12月 16日。



東京都職員研修所編『国際社会と都市−変貌する国際社会への対応』(東京都職員研修所、2000年3月)190-196頁