更新日【2007/03/02】
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  【 文化継承学U 2005年度 年間プログラム 】

2005年度に行われた文化継承学の発表リストです。
本年度は上記メニューのリンクよりご参照ください。
報告日
報告者
タイトル
2005年
4月22日
金澤宏明
  (西洋史)
「"ハワイ人"とは何か? ポリネシア系ハワイ人と多元文化ハワイ」
【報告要約】
   アメリカ史の立場から、本報告は合衆国への併合前段階におけるポリネシア系ハワイ人のハワイ王国の状況を検討する。特にハワイ文化・政治の変遷を中心に、1)カプ制度(禁忌)の廃止、2)キリスト教の伝播、3)教育改革、4)土地概念及び土地法の変化の4点を概観する。というのも、これらの条件が合衆国対外政策決定過程におけるハワイ併合可否の議会論争のレトリックを提供したと考えるからである。ハワイは西洋から政治・経済・文化的影響を受け、その社会を変容させた。しかし、この西洋化ないしアメリカ化が合衆国に対し内在可能なものとして後の併合とそれに次ぐ立州の根拠を与えたのであった。また、ハワイ人はそのような環境下でもフラ・ダンスなどハワイ文化を変化させつつ継承したのである。それはアイデンティティーの複雑化を招きつつ、その一方で単なるアメリカへの対抗文化という言説に留まらないハワイ文化への強い肯定をも生み出したのである。

井戸田総一郎
  (独文学)
「ギリシャ人として表象されるゲーテ−古典生成と記憶−」
【報告要約】
   ゲーテのなかに「ギリシャ人」を認識し、古典化していくプロセスをロマン派の言説を中心に明らかにし、またこのプロセスに警鐘を鳴らすハイネのテキスト構成を分析した。ゲーテのテキストに見られる規範性と歴史性を分離する傾向を指摘し、「規範としてのギリシャ」の生成に果たしたゲーテの機能も紹介した。

野田学
  (英文学)
「David Garrickの演技と18世紀の身体観」
【報告要約】
   18世紀英国のみならずヨーロッパを代表する俳優David Garrickの演技をめぐる記述と、それに対するGarrick自身の発言に見られる当時の身体観を探る。Garrickの演技受容を主に当時の口頭弁論術教本における演術規則と照らし合わせてみた場合、Garrickの身体が、一方で身体を書記言語のごとく分節しながらも、同時に書記言語的「切断」に抗する意味媒体として立ち現れてくるのがわかるだろう。これは理性から感受性へという重点シフトと軌を一にするのみならず、神経の振動と共鳴として記述される身体観を土台にして形成された当時のコミュニケーション・モデルがはらむ暴走可能性をも指し示すものである。


5月13日
永川聡
  (独文学)
「ドイツ昼食会(Die deutsche Tischgesellschaft)」
【報告要約】
   本発表では、ドイツ・ロマン派の作家アーヒム・フォン・アルニム(1781-1831)が、ナポレオン占領下のベルリンに設立した愛国的結社「ドイツ昼食会[Die deutsche Tischgesellschaft]」(1811)について報告した。同結社には、プロイセンの近代化を推進する高級官僚やベルリン大学の教授をはじめ、当地で活躍する多くの軍人や芸術家たちが一堂に会した。その中には保守主義者や反ユダヤ主義者も含まれていたが、「昼食会」の社交は、職種や政治的信条において多種多様な集団の愛国的結束を、その“文学的”社交を通じて強めている点が特徴的である。本発表では、その一例として、アルニムが結社設立日にテーブルスピーチとして朗読した詩を取り上げ、そこで彼が、反ナポレオン闘争を前に国民的団結をはかるため、プロイセン神話等を持ち出しながら、メンバー間に共通の愛国心に訴えている点に言及した。

目時美穂
  (仏文学)
「隠れ切支丹の発見 −浦上4番崩れを軸にして−」 
【報告要約】
                                                                                                                                                                 


5月27日
本間美奈
  (西洋史)
「印刷業規制をめぐる中央権力とアントウェルペン」
【報告要約】
   本報告では、16世紀低地地方の中心的出版地であったアントウェルペンを事例に、宗教改革期における印刷業規制について考察を行なった。最初に、16世紀アントウェルペンの出版界概況について述べ、次に、政府による印刷業規制の内容を確認した。これらを踏まえて、都市アントウェルペンで実際にどのような取締りが行なわれていたのかを、1521年から1577年の間の裁判記録を使って検証した。この作業を通じて、1)印刷業取締り勅令・条例に抵触して召喚され、規定通りに処罰された者は多くなく、都市法廷の裁量の働く余地が残されていたこと、また、処刑された場合は再犯か「異端」と判断されたことが理由であること、2)アントウェルペン都市参事会の印刷業取締りに対し、政府が不信の念をもっていたこと、3)しかし、印刷業取締りに見られるような都市の裁量は、秩序転覆活動には適用されず、特に、再洗礼派は厳しく弾圧され、多数の処刑者を出したこと、が、確認された。宗教改革と反乱において、印刷業取締りに対するアントウェルペン参事会の態度を、どのように位置付けるのかが今後の課題として残った。

武井望
  (西洋史)
「アメリカ統治下のフィリピンにおける教育政策」
【報告要約】
   本報告は、20世紀初頭のフィリピンにおけるアメリカ合衆国による教育政策を検討する。アメリカ合衆国は1898年の対スペイン戦争を機にフィリピンを領有した。これによりアメリカ合衆国によるフィリピン統治が開始されるが、統治政策の主目的の一つが、教育の改革であった。アメリカ人が目標としたのは公教育を通じてのアメリカの慣習・価値観の伝播であり、具体的には英語による指導や宗教教育の制限、職業教育などであった。アメリカ合衆国による教育政策の結果、フィリピン人の就学率は向上し、学校数も増加した。しかしながら一方で、アメリカ合衆国による教育政策はフィリピン人の間での言語をめぐる葛藤(フィリピノ語と英語のどちらを使うべきか)や、フィリピン革命の叙述をめぐってのフィリピン人歴史家からの批判(アメリカ統治下における教育がフィリピン革命の意義を歪曲させた)などの問題を惹起しているのである。

合田正人
  (仏文学)
「ユダヤ教の伝承とタルムード解釈学の現代性」
【報告要約】
   タルムードとはユダヤ教トーラーをめぐる解釈の総体を指すが、この古代の解釈学が20世紀フランスの代表的な思想家エマニュエル・レヴィナス(1906−1995)によって現代に甦った。レヴィナスのタルムード読解の方法論とその意義を探るとともに、スピノザ的批判読解、構造主義的意味論などとの比較を試みた。



7月8日
林義勝
  (西洋史)
「歴史学と記憶−エノラ・ゲイ論争を手がかりに」
【報告要約】
   1994年から95年にかけて、アメリカで論議を呼んだ「エノラ・ゲイ論争」を題材に、歴史学における研究成果と一般の人々が持っている記憶のギャップの大きさを明らかにし、それがどのように培われてきたのかを探ろうとした。その際、1947年にスティムソン陸軍長官が原爆投下を正当化した論文で述べた政府見解が根強く国民の間に定着し、今日に至っていることを指摘した。一方、歴史研究の成果が国民の記憶として定着している見解に対して問題提起をすることの困難さも明らかになった。また、公共博物館がアメリカ人の歴史認識の確立において果たす役割や、アメリカ人が持っている歴史認識のあり方の特徴に対する考察も行なった。

寺澤由紀子
  (英文学)
「カメライメージによる集合的記憶の再構築と解体 ― カレン・テイ・ヤマシタの『ブラジル丸』」
【報告要約】
   本発表は、日系アメリカ人作家カレン・テイ・ヤマシタの小説『ブラジル丸』の語りに見られる集合的記憶の再構築、解体のプロセスとカメライメージの関わりに焦点を充てたものである。一群の日本人移民によってブラジルに築かれたコミューンの盛衰を描いた、この小説の主要部分を構成する4名の語り手のうち、二人は幾つかの静止画像を強調することで、一人は語りすべてを映画のスクリプトとして、つまり動画イメージとして提示することで、コミューンの崩壊というトラウマによって分断されたコミューンの集合的記憶を再構築しようと試み、そしてその集合的記憶を解体しうるナラティブを体現しているのが、イメージを捉えそれを映し出すカメラ的媒体としての役割を与えられたもう一人の語り手であるという読みのもと論を進める。そして最終的にヤマシタの提示するカウンターナラティブの限界と可能性を読み解くものとする。


7月15日
下井有子
  (仏文学)
「セリーヌの地獄」
【報告要約】
   セリーヌの『夜の果てへの旅』が、西欧の物語の伝統的構造の一つである「地獄めぐり」の物語の系譜に位置していると考え、この作品の構造や描写から、いかなる点で「地獄めぐり」の物語としての読みが成立するかについて考察する.本発表ではこの作品の中でもパリとランシーという場所の描写に絞って報告した.はじめに、それらの場所の地獄を喚起させる地理的な描写について検討し、次にセリーヌにおけるブリューゲルの影響について、それがいかにこの作品を「地獄めぐり」として成立させる重要な鍵となっているかをアンルイユ婆さんのエピソードを通して分析する.そしてこの作品が「地獄めぐり」の構造を持つとしても、それは伝統的な地獄とは一線を画している.西欧においてフロイト以降の地獄とは、それまでの地獄と異なった意味を持つようになった.セリーヌもフロイトの影響の下で、地獄というものをどのように捉えていたのかを研究する.

池田辰之
  (英文学)
「クィア・オリエンタリズム ――William S. Burroughsのメキシコ/中南米/タンジール」
(前編)
【報告要約】
   内容の詳細は12月9日を参照。                                   

太田翼
  (日本文学)
「」
【報告要約】
                                                                          


報告日
報告者
タイトル
9月30日
金子祥之
  (独文学)
「第三帝国におけるニーチェ」
【報告要約】
   本発表では、主に20世紀前半のドイツにおけるニーチェの著作に対する解釈、注釈、全集編纂などの過程、及び当時の一般的ニーチェ観を概観し、第一次大戦後からナチ時代へという時代においていかにニーチェがドイツ社会のシンボルとして祭り上げられていったかという問題を考察する。その際、ナチ・イデオローグであったフリードリヒ・アルフレッド・ベックやボイムラーらの「英雄的」ニーチェ像と、それに対してニーチェを「反国家主義的思想家」として論難する陣営との論争、その傍らでニーチェの通俗化、ナチ化を推進したニーチェ・アルヒーフ陣営の活動などを考察対象とし、現在においてもいまだ議論の最中にあると考えられるニーチェ=ナチという神話の生成と発展のプロセスを検討する。

合田正人
  (仏文学)
「『制度論的心理療法』における形態化と破壊」
【報告要約】
   1954年にブロワに誕生したラ・ボルド精神クリニックを支えてきた三人の精神科医・思想家――フランソワ・トスケル、ジャン・ウリ、フェリックス・ガタリ――のあいだでの「精神のリレー」を、「ゲシュタルトゥンク」をキーワードとしつつ、また、アートセラピーの観点から分析した。


10月14日
大橋裕美
  (演劇学)
「自由劇場第六回講演・郡虎彦(萱野二十一)の『道成寺』」
【報告要約】
   「白樺派の異端児」と言われた郡虎彦の戯曲「道成寺」は、明治44年4月、自由劇場の第6回公演において、帝国劇場で上演された。この公演は、暗く凄惨な場面の連続で、かつ台詞にくどいほどのレトリックを多用したために大変な不評だったが、その一方で、「道成寺」の台詞が、主演の二代目市川左団次の声にはまっているという劇評が多数残っている。作者の郡は、美声で声色の得意な芝居通であったため、「道成寺」も、左団次という役者を最大限生かすべく、その声や柄を念頭において劇作されているのである。しかし同時に、近代劇としての要素に乏しかったのも事実で、「道成寺」の「叙景」の台詞には、同時代の戯曲のように、作者の「内面」が投影されることはなかった。劇作家が言文一致を目指し、観客が作品を「解釈」しようとした近代という時代の本流から、「道成寺」はあまりにもかけ離れた戯曲であった。

萩原芳子
  (仏文学)
「十七世紀の演技法
 ―レトリック的演技から新しい演技へ」
【報告要約】
   フランス十七世紀古典劇の演技についてはほとんど手がかりがなく、あまり論議もなされてこなかったが、古代レトリックの影響が脚光を帯びるなか、その演技論に着目し、十七世紀の演劇が当初は少なからずその影響を受けていた可能性がS. シャウシュ氏などによって示唆されている。本発表ではクインティリアヌスの『弁論術教程』のアクティオ論を紹介し、十七世紀の演劇とのかかわりについて検討してみた。帝政ローマ期に演説がすでに演技的になっている時代のこのレトリック体系は教育や理論書を通して十七世紀でも広く流布していたが、演劇の分野でも演説的な長せりふに基づき、構成も倫理観もレトリックの色彩が濃く、世俗的な悲劇の上演経験も少ない十七世紀にはレトリックが演技や仕草のひとつのモデルとなったことは容易に想像できる。世紀後半にはそれと対照的なモリエール演劇やクインティリアヌスの嫌った「歌うような」ラシーヌの演技法が出現するが、演劇独自の演技法への道程は、演説の技法としてのレトリックの消滅と時期が重なる。


10月28日
柏渕直明
  (西洋史)
「16世紀フィレンツェにおける人的つながり――グイッチャルディーニ Francesco Guicciardini(1483-1540)にみられる親族関係――」
【報告要約】
   6世紀フィレンツェ社会における有力市民の人的な結び付きを考察することを目的に、事例研究として、有力市民フランチェスコ・グイッチャルディーニを取り上げた。当該期に有力市民が人脈をいかに意識し、利用したのかという点に焦点を当て、彼の親族・姻族関係について、彼の「覚書」を中心に分析した。親族関係では、兄弟間の経済的紐帯が縮小していったが、フランチェスコが彼の兄弟達に不動産を遺し、後見人に指名するなど彼らは各世帯の枠組みを維持しつつも、父系直系親族のまとまりを重視していた。さらに、彼らが、経済的連携から政治活動に亘る広範な協力関係を頼りにしていたことを指摘した。姻族関係では、フランチェスコの妻の実家サルヴィアーティ家によるフランチェスコへの協力・援助を検討した。妻の実家の支援により、法律顧問に就任する等フランチェスコの政治活動に向けての社会的基盤が構築されていった。また、メディチ家の姻族にして、その政治的協力者サルヴィアーティ家との絆が、フランチェスコとメディチ家との間を取り持つ役割も果たしている。有力市民が姻族関係に社会的影響力を期待し、姻族の広がりが有力市民とメディチ家とを結び付ける背景となっていると結論付けた。

小池航太
  (西洋史)
「アメリカ合衆国経済発展におけるモンロー・ドクトリンの役割」
【報告要約】
   アメリカ合衆国の経済的発展の要因を明らかにする上で重要なのが、ラテン・アメリカ市場の存在である。19世紀後半、合衆国はラテン・アメリカ地域、特にカリブ海地域の経済を支配することで、世界的経済大国の一員となった。 しかし、実際は19世紀初頭から合衆国はカリブ海市場において通商を行っていた。そのため、19世紀全体を通した同地域への通商拡大の努力が、同世紀後半以降のカリブ海市場の独占に結実したと考えられる。
   上記のような仮説を実証する上で、1823年に表明されたモンロー・ドクトリンを当面の研究対象とする。モンロー・ドクトリンを、カリブ通商円滑化を促進する政策として捉えることで、合衆国の急速な経済発展の一因を明らかに出来る。なぜなら、19世紀後半以降、政策決定者は、合衆国のラテン・アメリカ経済進出の理論的根拠としてモンロー・ドクトリンを援用したためである。


11月11日
佐久間桃
  (英文学) 
「社会批評家オスカー・ワイルド ― 芸術と社会と民衆と “The Soul of Man under Socialism” ―」
【報告要約】
   19世紀末デカダンスの代表的存在のオスカー・ワイルドが、社会批評家として焦点を当てられることは少ない。しかし、彼の存在、芸術活動を理解するには、『ドリアン・グレイの肖像』等のいわゆる退廃的作品ばかりではなく、彼の批評を考察することが重要である。この考えのもと、批評 “The Decay of Lying” “The Soul of Man under Socialism”の2作品をみていく。作品中の「模倣」の言葉に焦点を当て、彼の批評のオリジナリティを検討し、そこにジョン・ラスキン、ウィリアム・モリスから受けた影響が色濃く示唆されていることを明らかにする。その上でワイルドが至ったものは何か、彼の芸術活動の意味を考察することを本発表の目的とする。

徳植隆真
  (独文学)
「Моцарть и Сальери (Mozart i Salieri) oder Gift von Salieri 」
【報告要約】
   本発表ではサリエーリがモーツアルトを毒殺したという風評を事実ではない事を明らかにし、どのような理由からこの噂が広がったのかを再考する。映画『アマデウス』においてサリエーリがその毒殺者とされていたことにより、これを事実と取った人も少なくない。そこで、映画における虚構と事実を比較し、実際にはその毒殺が不可能であろうという事を説明する。まずモーツアルトとサリエーリの関係はどうであったのかを検証し、その上で噂の背景を探る。今日まで続く毒殺説を広め、映画に通じる主題を持つプーシキンの『モーツァルトとサリエーリ』を検討し、リムスキー=コルサコフの同名のオペラを紹介する。


12月2日
金澤宏明
  (西洋史)
「アメリカ合衆国の島嶼領土獲得とその統治
 ──アメリカニゼーションの比較研究試論」
【報告要約】
   博論にいたる研究計画とその試論を報告する。この研究はアメリカ外交史における対外政策が孤立主義の立場から国際警察力の獲得へと変遷する過渡期として、19/20世紀転換期のアメリカの海外膨張を射程とする。その上で、連邦議会の有力な膨張論者であったジョン・T・モーガン上院議員の膨張論に検討するものである。その際、1)モーガンのような南部の国内状況の改善を意図する指導者が対外政策に影響力をもち、2)その視点からこれまでの膨張論者の史学的分類に再考を迫る。これらはこれまでの同時期の膨張政策推進者を、北部共和党の有力膨張論者を中心に解釈し、そして単純な政党ラインで議論されていたことに対する反駁である。また、3)各島嶼領土の獲得過程と統治状況を検討し比較史的に研究する。政策決定過程と統治の実態を関連づけて検討することにより、膨張主義が国内の議論ないし状態を反映していことを論証するものである。

井戸田総一郎
  (独文学)
「ニーチェとカノン」
【報告要約】
   文化継承と創造をダイナミックな関連性のなかで捉えるニーチェの思考を、カノン(規範)に関する言説とゲーテに関する記述を中心に取り上げ、再構成した。ニーチェにおけるカノンとしての古代について紹介し、この文脈のなかでフランス古典主義、ヴォルテール、ゲーテに関する言説を分析した。


9月30日
池田辰之
  
(英文学)
「クィア・オリエンタリズム ――William S. Burroughsのメキシコ/中南米/タンジール」
(後編)
【報告要約】
   ウィリアム・S・バロウズ(1914-1997)は、1949年にメキシコに移住し、数度にわたって南米を訪れた後、1953年から1957年の間タンジールに滞在する。当初は麻薬と同性愛という動機から無秩序の自由を求めて越境したバロウズだが、この時期の体験は彼の作家活動において重要な意味をもっていたといえ、それらのモチーフは晩年のテクストまで一貫して用いられるものであった。では、バロウズは南米においてヤーヘ(Yage)と呼ばれる麻薬の幻覚を通じて何を得、そして、それがThe Wild Boys: The Book of the Dead(1971)以降のテクストにどのように展開していったのか。本報告では、バロウズのセクシュアリティ(同性愛)の問題に着目し、初期のメキシコ/中南米やタンジールへの越境が後期作品に与えた影響について、The Wild Boys、および後期三部作の中からThe Place of the Dead Roads(1983)とThe Western Lands(1987)をとりあげて考察した。
※尚、本報告は、2005年11月12日(土)に行われた日本アメリカ文学会東京支部月例会(於:慶応義塾大学三田キャンパス)での口頭発表に基づく。また、本要旨も、同支部会HPに掲載されたものとほぼ同じである。

太田翼
  
(日本文学)
   
【報告要約】
                                                                                                                                                                                                            

野田学
  (英文学)
「『オセロー』をクイアすると:
 鏡、ゆがみ、流動化」
【報告要約】
『オセロー』においてイアーゴーがオセローにデズデモーナに対する疑惑を植え付けるいわゆるtemptation sceneを取り上げた。男性性の侵犯と喪失への恐怖を操作することによって、イアーゴーは、デズデモーナのみならず、オセローもまた安定した基礎を有し得ない「演技的自我」でしかないのだという説得行為をおこなう。この間主観性を経由せざるを得ない自我像は、オセローの窃視欲望をかき立て、最終的にその主体を流動化させてしまう。ここでイアーゴーが用いる「鏡、ゆがみ、そして主体の流動化」という戦略は、現代のクイア理論の戦略と基本的に同様の流れである。『オセロー』をクイアすると、『オセロー』がクイアだということが分かるのである。


2006年
1月13日
桂真
  
(演劇学)
「新派の〈海〉のイリュージョン」
【報告要約】
   明治三〇年代末の新派黄金期に頻出した〈海岸〉という設定に着目する。その〈「新派悲劇」の名場面〉とは別個のイメージについて検討し、新派の特質を視覚的な面から捉え直す。まず、明治二〇年代の戦争劇の絵番附にみる海の描写と、黄金期の『金色夜叉』絵番附の海岸の描写とを比較する。すると新派が新しい装置、背景、照明技術を駆使した結果、〈パノラマ的な魅力〉を一層強くした過程が理解できる。次に、本郷座の舞台面を考察する。旧劇の平面的な「道具立て」とは異なる立体的で大掛かりな装置による実景の再現、そのイリュージョニズムこそが「本郷座式」の何より魅力であった。〈表現上のリアリズム〉は同時代の演劇に共通する価値であり、新派の舞台機構の変革に携わった玉置照信、北村金次郎、落合芳麿ら舞台美術家の草分け的存在や、高田実ら役者の功績も見過ごせない。一方で、新派が表現上、旧劇の手法をいかに巧みに引用したかという点にも言及する。

神山彰
  (演劇学)
「占領期の日本演劇」
【報告要約】
           
    
    

大貫明仁
  (仏文学)
「アンドレ・マルローの晩年の日本論 ――脅かされる空想美術館――」
【報告要約】
   アンドレ・マルローが日本について書き、語った三つの資料、雑誌L'appel1973年12月号のLa mort au Japon、1976年版『反回想録』の日本に関する章、1976年刊行の『神々の変貌』第三巻『非時間の世界』第八章、を比較検討し、そこに潜む矛盾を明らかにすることで、理論家でありながら、最後には理論を越えてしまう不可知論者マルローを浮かび上がらせることを目指す。



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