更新日【2008/01/31】
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文化継承学U
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2007年度
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文化継承学U
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  【 文化継承学U 2007年度 年間プログラム 】

2007年度に行われた文化継承学の発表リストです。
2006年度はこちらよりご参照ください。
2005年度はこちらよりご参照ください。
報告日
報告者
タイトル
2007年
4月27日
藤田怜史
  (西洋史)
「原爆投下をめぐる言説−ニューヨークタイムズにみるヒロシマ」
【報告要約】
   本研究では、アメリカ合衆国の有力紙である『ニューヨークタイムズ』が、1945年8月6日と8月9日の広島と長崎への原子爆弾投下についてどのように論じていたのかを検討した。アメリカのメディアにおいてはしばしば、原子爆弾投下についての歴史研究が無視される傾向があると論じる研究者がいるが、ここで明らかになったことは、『ニューヨークタイムズ』に関してはそれは当てはまらない、ということである。『ニューヨークタイムズ』は、歴史研究の進展を反映させ、原爆が軍事的理由のみで投下されたという立場をもはや取っていなかった。それは1995年8月の社説から明らかである。原爆投下を支持する人々の割合が漸減していること、特に若い世代で少ないことと、『ニューヨークタイムズ』のこうした傾向は何らかの関連性があると、筆者は考えているが、それを証明するためには今後幅広いメディアの分析が必要となる。本研究は、そのような研究仮説を証明するための第一歩と位置づけられよう。

小林瑞穂
  (日本史)
「日本海軍水路部による国際水路局加盟の実態 ―1919年(大正8)〜1940年(昭和15)を中心に―」
【報告要約】
本報告では、海軍大臣隷属機関であり海図作成・供給機関であった水路部の「国際水路会議」参加および「国際水路局」への加盟の実態と、参加と加盟をめぐる水路部・海軍省・外務省の関係を考察した。
   1919年開催の第一回国際水路会議は各国水路機関に交流・議論の場を提供する契機となり、各国水路機関の加盟組織である国際連盟事務局「国際水路局」の設立へ繋がる重要な会議であったが、海軍省の意向により日本水路部の直接関与は制限された。水路部は国際水路会議を技術研究発展の好機と捉え、直接参加を積極的に海軍省に働きかけるが、1921年の国際水路局設立後も海軍省軍務局は外務省条約局との間に水路部の直接関与に制限を設ける協定を締結した。水路部の要望が受け入れられず、関与が制限される背景には、国際水路会議を交流の場・学術会議と捉える傾向が強い水路部に対して、国際水路会議を「各国海軍間の問題」と捉えて警戒し、情報漏洩を避けたい海軍省という意識の相異が存在したものと考えられる。


5月11日
中村俊彦
  (英文学)
「GGeohumoralismと南方民族表象 『オセロー』における「対立性」と「流動性・連続性」」
【報告要約】
   本発表では、Geohumoralism に基づき、オセローが体液モデル上どのように移動するかを観察し、またそれがどのような意味を持つのかを考察した。Mary Floyd Wilson が命名した Geohumoralism は、環境による地域分割(北方・中央・南方)と気質心理学を対応させた概念である。南方民族に関する言説は、「黒胆汁質・没感情的」から「胆汁質・感情的」を経て「黒胆汁質・感情的」と変遷しているものの、大きく「乾いた身体」という点では共通している。しかしながら、作品中オセローはいわば領域侵犯とも言えるような、体液モデル上での移動を見せる。その意味で、本作品は、Geohumoralism が矛盾を孕んだ概念であることを示している。なぜならば、環境に基づく地域分割により民族を峻別しようとする「対立性」に立脚する一方で、同時に「流動的・連続的」な体液にも立脚した概念であるからである。

黒崎周一
  (西洋史)
「19世紀のイギリス医事改革」
【報告要約】
   本報告では、19世紀イギリスで展開された医事改革を取り上げ、医師と国家の関係性に着目しつつ、医師の近代化について考察した。改革は1858年の医師法によって一つの結実を迎えることとなるが、この法律の特徴は、イングランド・ウェールズ、スコットランド、アイルランドの全ての医師を単一の登録簿に登録させることで、各地域の医師免許を統一したこと。そしてこの登録簿を管理し、医師の監督と違反者の監視を担う医事審議会が設置されたことの2点であった。従来、医師法成立に至る過程は、近世以来、医師免許の交付と管理を担っていた医師法人団体と、19世紀に急増していた一般開業医との対立の側面が強調されてきたが、その一方で、医事審議会の委員の選出方法を巡って、政府による任命と直接選挙の間で激しい対立があったことは見逃してはならない。特に中央衛生局が医事改革に関与したことで、それまでは医師自身の手に委ねられていた医事法制が政府に取り込まれ始めたこと、これに対して改革を支持する医師の間にも激しい反発があったことは、医事改革のこれまで指摘されたものとは異なる側面を示唆していると思われる。


文化継承学・合同授業
6月8日
気賀澤保規先生
 (アジア史教員) 
「中国碑刻学の成立とその展開」
【内容】
   文化継承学T要旨参照。

ジャック・レヴィ
 (明治学院大学教授)
「語りと境界―中上健次をめぐって」
【内容】
   文化継承学T要旨参照。講演を基に書き下ろされた論文「妙な悲しみ」が明治大学文学部紀要『文芸研究』(105号、2008年3月)に掲載されているので是非ご覧いただきたい〔合田記〕。


6月22日
野田学先生
  (英米文学教員)
「ゼロのアレゴリー:
バロック悲劇 としての『オセロー』」
【報告要約】
   ShakespeareのOthelloにおけるDesdemonaは、不在のところになぜかいる、不在の印を押された一種の「ゼロ記号=サイファー」である。 このゼロ記号としてのDesdemonaが、男性社会を補完する一種のメタ記号として流通することにより、先行/後続の逆転が生じ、 最終的にOthelloのマスキュリニティの流動化と転覆につながる。――以上の仮説を検証し、結果的に脱構築 の寓話として作品が呈示する過程を読み取ろうとするのが本論である。その意図は、作品の脱構築ではなく、作品の中に脱構築過程がアレゴリカルに書き込まれて いる様を示すことだ。その際に着目したのは1) ゼ ロ・バランスを基点として考える複式簿記の重商主義経済における普及(14世紀以降)、2) 複式簿記の普及にも携わったSimon Stevinの『小数論』(1586年)によるゼロの基点化、そして3) Francois Vieteの『解析術序論』(1591年)による代数における変数の導入である。この一連の過程がもたらしたのは、1) メタ 記号としてのゼロと変数の導入による数字記号体系の再組織化、2) それにともなう数字の事物特定性の喪失、そして3) あら たなる「代数学的主体」の誕生である。本論は、このようなゼロおよび複式簿記のイメージが作品の底流を形成しているとし、それを貨幣としての女性の隠喩、 ハンカチの流通、主観の移入、Othelloが有する身体が流動化する様をあらわす比喩、そしてOthelloに よるDesdemona記述の分裂など、テクストに即した議論を通じて考察した。最後に本論はWalter Benjaminの言語論および芸術論に依拠することにより、この作品が呈示するのは、名称と事物が一致 していた「根源 (Ursprung)」を繰り返し歴史の死相として記述しながらも、そのたびに発した言語が自ら裏切られてい く、Benjamin的なバロック演劇におけるアレゴリーのまなざしであると論じた。

   この発表は第45回シェイクスピア学会発表(東北学院大学、2006年10月8日)と同内容である。

山本梓
  (日本文学)
「巌谷小波『暑中休暇』考――明治二十年代の少年観」
【報告要約】
    明治二十四年一月に叢書『少年文学』が刊行された当時、その読者として想定されるべき「少年」の概念は曖昧であった。そのため掲載作品のジャンルにばらつきが見られる。  本論では、その『少年文学』第一編である『こがね丸』の作者、巌谷小波に焦点をあて、彼が『こがね丸』以降、どのように「少年」を見出そうとしたのか、また、その過程において、明治二十五年九月同叢書第十三編として刊行された『暑中休暇』はどのような位置にあるのかを考察した。  『暑中休暇』は、学校に通う「少年」たちを描きながらも、あえて「暑中休暇」という「学校」外の時期に限定して描いたことによって、自分の考えを他者に向けて発信する少年を描き得ている。後に小波が描く「お伽噺」にみられるような「子どもは子どもであって「大人の律」で縛ってはいけない」という、大人の価値観から子どもを遠ざけようとする姿勢が、すでにこの当時から小波の中に胚胎していたことが窺える作品である。

太田翼
  (日本文学)
「江戸川乱歩『孤島の鬼』論―男色をめぐる二つの文脈」
【報告要約】
   江戸川乱歩『孤島の鬼』(一九三〇(昭和五)年)が、文学史として見た場合、〈同性愛〉という観点からどう位置付けられるかに答えることが、本発表の目的である。  この作品では、殺人事件とその解決という筋とは別に〈同性愛〉の物語が描かれている。この〈同性愛〉の物語を抽出してみると、プラトニックな〈同性愛〉と異常性欲としての〈同性愛〉という二つの文脈の存在が明らかにみてとれる。これらの関係性を検証すると、物語の進行とともに後者の文脈が浮上し、前者の文脈が消滅していくことが確認された。一旦この結果を文学史になげかえすと、『孤島の鬼』は、いわばプラトニックな〈同性愛〉というものが、文学において描かれなくなっていく点に位置している。すなわち〈同性愛〉をキーとする作品の流れを見る上で、不可欠な作品であるといえる。  


7月6日
合田正人先生
  (仏文学教員)
「ピエール・パシェ氏紹介」
【報告要約】
   2007年度フランス政府特別招聘文化使節として、フランスの作家・批評家ピエール・パシェ(1937−)氏が来日し、5月13日から22日まで日本に滞在、 関西日仏学館、東京大学LAC、明治大学国際交流センター、日本フランス語フランス文学会主催の講演、シンポジウムを行った。パシェ氏はフランスでは大変著名な文学者ではあるが、残念ながら日本ではまだほとんど知られていない。そこで今回は、パシェ氏の人生と業績を紹介するとともに、氏が「クリティック・サン チマンタル」(critique sentimentale)と呼ぶものの内実にも言及し、更には、日本滞在時の氏の多様な活動――夏目漱石『夢十夜』の解釈、最新作『わが母を前にして』をめぐる講演(スタッフセミナー)、「個」をめぐるシンポジウム、『エレクトラ』等ギリシャ悲劇の分析を通じて「死者たちについて、死者たちに向けて語ること」――に考察を加えた。スタッフセミナーの記録は国際交流センターから小冊子として公刊された。また、『文学』(岩波書店)2008年3−4月号がパシェ小特集を組んでいるので是非ともご覧いただきたい。

井戸田総一郎先生
  (独文学教員)
「ドイツ国民読本の構想−ゲーテとニートハンマー」
【報告要約】
   1808年、バイエルンアカデミー会員・内務枢密局大学中央局参事ニートハンマーの依頼を受けて、ゲーテは国民読本の作成に取りかかる。国民読本についての二人の構想の本質的差異を明らかにしながら、「ドイツ国民読本」のゲーテの試みが未完に終わらざるを得なかった過程を再構成した。

吉田遼人
  (日本文学)
「泉鏡花の描く怪異の再考 ――「K髮」」
【報告要約】
   泉鏡花はいわゆる「お化け」の類に対して装飾的な語を多く重ねて描出した点に加え、恨めしいといった悪意を抱かせていなかったため、それらは決して恐怖を喚起しない存在として認識されることが多かった。しかしながら、「K髮」(大正七〔一九一八〕年一月、『中外新論』)において、悪意といった因果関係の消えた際の、理解不能・不条理がもたらす怪異の恐怖を鏡花は表現していたように考えられる。また、本篇では物語世界という虚構と、読者のいる現実との境界のゆらぎが織り込まれている。「怪談」を楽しむために保たれているはずの虚構という前提が失われてしまうとき、読者は現実の安定感をゆさぶられずにはいられないのである。 「K髮」における怪異によって、理解不能・不条理のもたらす恐怖、虚実のゆらぎによる恐怖が喚起されるのであり、「美しい」といった認識で一面的に鏡花の描く怪異をおおってしまえないことを本発表で確認した。


7月13日
村島彩加
  (演劇学)
「『歌舞伎新報』と演劇写真」
【報告要約】
   明治12(1879)年創刊の演劇雑誌『歌舞伎新報』は、明治28(1895)年8月、発行所を当時話題の高級写真館・げんろくかん玄鹿館へと移し、雑誌形態は従来の和半紙二つ折から洋紙仕立てへと改良、誌面には演劇写真が掲載されるようになった。その背景には、日清戦争前後のパノラマの流行や写真版の普及等による、人々の視覚の変化があったと思われる。『歌舞伎新報』は、当時話題の大富豪であり写真家であった鹿島清兵衛が設立した玄鹿館と組んだことで、その最先端の設備と財力によって改良に成功したが、鹿島の没落と共に明治30(1897)年3月、終刊に追い込まれる。しかし、精巧な背景を持つ演劇写真の掲載や、人気投票による役者の肖像掲載、写真による「型の記録」など、後に創刊される多くの演劇雑誌に受け継がれるような演劇写真の利用法を確立した点において、写真館・玄鹿館と演劇雑誌『歌舞伎新報』が結んだ意義は極めて大きいと言えるだろう。

桂真
  (演劇学)
「新派劇とモード―『生さぬ仲』の大正初期上演をめぐって―」
【報告要約】
   『生さぬ仲』を中心に、新派の大きな魅力である衣裳や小道具と最新のモードとの繋がりを検証、「衰退期」とされる大正期の新派を再考する。物語の主軸は、貧しくとも義理の子への愛情を貫く継母・真砂子と、「虚栄心の権化」たる実母・球江との対比関係にある。劇作上の常套性とは別に、新派が流行の源であった事実は、百貨店のPR誌を通じ知ることが出来る。最新の分離派式室内意匠は球江邸の装置にも見出せる。それは二人の身分の差を瞬時に物語るが、同じ意味で場割の効果も見過ごせない。大正六年、真山青果による脚色は、鉄路の発展を前提に球江邸を〈築地〉旧居留地という〈都心〉に置き、真砂子を〈郊外〉の〈渋谷〉へ都落ちさせた。この時、洋装の得意な河合武雄が球江を演じ好評を博し、「虚飾の空しさ」が強調し描かれた点は注目に値する。大量消費型社会の到来時に、人物の性質や時代に固有な概念を示した、新派の舞台上の〈物〉の魅力を考察する。


報告日
報告者
タイトル
9月28日
大橋裕美
  (演劇学)
「『アドリエンヌ・ルクヴルール』に拠る『女歌舞伎』―榎本虎彦の翻案とその劇作法」
【報告要約】
   明治末から大正初めに歌舞伎座の立作者として活躍した榎本虎彦の作品から、スクリーブの戯曲『アドリエンヌ・ルクヴルール』を翻案した『女歌舞伎』(明治41年9〜10月、歌舞伎座初演)を取上げ、その劇作法について検証した。原作では、主人公がラシーヌやコルネイユの台詞を朗誦する場面が見せ場となったが、これを虎彦は、観客に周知の世界や演目に書替え、その「芝居気」を生かしている。また同時に、本作には、劇中劇や立廻りといった趣向や、虎彦が得意とした烈しい台詞、および大詰に設けられた主人公「桐大内蔵」=五代目中村芝翫による狂乱の場など、「玄人」作者としての虎彦の手法が存分に発揮されている。初演時、「西洋臭くない処が大手柄」と称讃された『女歌舞伎』は、「見物に分るやうに」という意向から、虎彦が座付作者ならではの劇作法によって原作の面白味を消化し、「玄人」の本領を観客に印象づけた翻案物であり、新作脚本であった。

萩原先生
  (仏文学教員)
「ポール・ロワイヤルにおけるフランス語教育の形成: 語学教育、読書、翻訳、レトリックの連携」
【報告要約】
   1637年から1660年まで20年あまりの短い期間に、パスカルも一時加わるポール・ ロワイヤルの隠居士たちが運営した小規模の「学校」は、のちのフランスの教育文 化に大きな影響を及ぼした。ラテン語を完璧に読めるようになり、古典の大方の作 家を読むことを目的にかかげ、当時のパリ大学やイエズス会の「コレージュ」より もむしろ徹底した人文学的教育を目ざした。しかし、最初からラテン語しか使わな い他校と異なり、フランス語から先に教え、フランス語でラテン語や他言語の文法 を教えた。重視された読書も、低学年ではフランス語訳を用い、フランス語で報告 させ、話す練習とした。ラテン語作家に親しませてから原文に当たる狙いもあっ た。さらに高学年でも、フランス語の文章練習を兼ねて翻訳を取り入れている。教 師たちが当時フランス語の散文工房だった翻訳書を多数出版していることとも関連 する。依然古典中心ではあるが、解散後の1671年に教師たちはラ・フォンテーヌと 協力して、フランス人作家の詩選集を出版している。


10月12日
恒川先生
  (独文学教員)
「記号論の構成要素」
【報告要約】
   記号論はかつてのように流行しているわけではないが、現代の文化批評、あるいは現代文化を理解するには、欠くことのできない方法のひとつである。この報告ではこれまでの記号論の主な構成要素、およびそれらの応用の仕方を概観する。構成要素については大略ソシュールに依拠することにして、応用形態は次のように考える。
1シニフィアンとシニフィエ。応用形態:ロラン・バルト 「ファッションの体系」など
2メタファーとメトニミー。応用形態:ロマン・ヤコブソン、クロード・レヴィーシュトロ−スなど
3ラングとパロール。応用形態:ミシェール・フーコーなど
4ドゥールーズとガタリはメタファーとメトニミーの応用形態に類するものとして考察に入れる。

森真太郎
  (仏文学)
「ユルスナール『火』の箴言部における情念と創造の関係」
【報告要約】
   ユルスナールの初期作品『火』は作者鍾愛の書であるとともに謎の多い作品で、研究者から「読者を途惑わせるいびつな山塊」と呼ばれている。『火』の各短篇の間に挿入された箴言群は、「情念の定理」とされ、物語部分に先立って雑誌に発表されている。これを踏まえて、箴言部からユルスナールの情念の思想を汲み取ることを目的とした。鏤められた引用を原典と対照することで、ヴァレリー批判と対をなす情念の賞揚、聖書の意図的変更にみられる敗北の正当性、世界という「天球」を知る鍵とされる「苦悩」の価値、等が浮かび上がる。それは畢竟、情念に灼かれることが、詩人の唄を知る途とする作者の確信に通じる。云い換えれば『火』におけるユルスナールの情念の思想とは、破壊と焼尽と死を我が身に与えることにより、再生と新たな烈しい生を産む「火」の思想であり、この書が献げられたヘルメスがもたらす創作の「錬金術」的側面が語られているといってよい。


10月26日
藤田怜史
  (西洋史)
「エノラ・ゲイ論争におけるメディアの報道に見る日米原爆観の相違」
【報告要約】
   最近の久間発言などは、日本における原爆投下問題が非常にナーバスな問題であることを改めて浮き彫りにした。特にそれは原爆を落とした側のアメリカとの対比においてより顕著になる。本報告では、アメリカ国内で原爆投下問題が国民的な注目を集めたエノラ・ゲイ論争から1995年8月までの時期(1994年4月〜1995年8月)における、アメリカ・日本のメディアでの報道の傾向を比較検討することにより、日本とアメリカがそれぞれ1945年8月の原爆投下を捉える際、根本的な考え方の枠組みの相違が存在する可能性について問題提起をした。極めて単純にモデル化すれば、日本では原爆投下はその後の核軍拡競争や被爆者たちの苦しみの「始まり」だと見なされる傾向が強いのに対し、アメリカでは、それが正当化される場合は言うに及ばず、批判的に分析される場合においてもあくまで第二次世界大戦の「終結」に関わる軍事的行動であるという文脈において語られる傾向が強い。筆者は、日本とアメリカの、いわゆる「ギャップ」を埋めるためには、こうした枠組みの根本的な相違についてわれわれが認識しなければならないと考えている。

黒崎周一
  (西洋史)
「19世紀の医療制度改革」
【報告要約】
   本報告では、19世紀イギリスにおける医師の専門化(professionalisation)について、前回の報告でも取り上げた医師免許制度改革から特に2つの法案を選び、先行研究において主張されてきた専門化の過程を、検討することを試みた。  専門化は、この時期の専門職全般に見られる現象で、主に専門教育制度の整備を中心とするミドルクラスの社会的上昇と見なされ、それは既存のエリートである一部の医師と大多数の一般開業医の対立を招いたと理解されている。また一方で、医師が資格付与と教育内容の決定権を自らの手中に収めたこと、即ち自律性の獲得こそが専門化の最大の特徴であるとする向きもある。  確かに1840年代の改革には、こうした傾向が見受けられる。1844年から1845年に提出されたグレアム法案は、その内容がエリートを優遇しているか否かで議論が紛糾し、廃案へと追い込まれたが、免許制度の運営を医師に委ねるという点では、コンセンサスが存在した。しかし1856年以降、医師間の対立を解消し、効率的な医療行政を実現させるべく、公衆衛生当局に免許制度の運営を委ねようとする考え方が目立ちはじめる。これは実現には至らなかったが、この時期の医師の専門化を考える上で、こうした見解の相違に着目することは意味があると考える。  


11月9日
永田雄三先生
  (アジア史教員) 
「近代トルコにおける西洋演劇の受容と伝統演劇−ポスター資料の 分析から−」
【報告要約】
   文化継承学II:『近代トルコにおける西洋演劇の受容と伝統演劇−ポスター資料の 分析から−』永田雄三 19世紀半ば以降トルコが受け入れた西洋演劇の一つは、シェイクスピア劇に代表される正劇であった。従来の研究はこの点だけに注目し、大衆演劇についてはこれを等閑視する傾向にある。一方、「カラギョズ」と呼ばれる影絵芝居と、その延長線上にある大道演劇「オルタオユヌ」などの伝統演劇に対しては、これを古くさいもの、不道徳なものと位置づける傾向にある。しかし、当時イスタンブルで行われていた演劇のポスターにみるかぎり、翻訳・翻案によって上演される正劇だけではなく、ヴァラエティと呼ばれた西洋の大衆演劇も盛んに上演されていた。さらに、 伝統演劇がこうした雰囲気の中で刺激を受けて活性化していた側面を見ることができる。トルコの伝統演劇は、その音楽性と喜劇性との双方において、西洋のヴァラエティ演劇と痛底するところが多い。このため、西洋演劇の受容において成功したのはむしろこの大衆演劇の分野であったということができる。

林義勝先生
  (西洋史教員)
「司馬遼太郎『アメリカ素描』に見るアメリカ観 」
【報告要約】
    採り上げた著書は、司馬遼太郎が1985年の春にカリフォルニア州、秋に東海岸を旅行した際に読売新聞に連載された紀行文をまとめ、1986年に出版されたものである。司馬は旅行を通して、「文明」(誰もが参加できる普遍的なもの)だけで出来上がっているアメリカだが、多くのアメリカ人は「文化」(特定の集団においてのみ通用する特殊なもの)を求めて生きているのではないかという仮説を検証する。そして、アメリカ文明のすごさ(資本主義社会の論理の透徹さ)に目を見張りながら、同時に黒人英語やゲイなどのライフスタイルの中に、アメリカ文明のある種の限界を見出している。しかし、それを否定的な意味ではなく、アメリカ社会を活性化する要因として捉えている。また、アメリカ人が自国の文明意識を基準にして外の世界に接することの問題点を指摘している。こうした司馬のアメリカ観は、新聞記者、現地の日系人や日本文学専門家などの協力を得たものとは言え、従来の日本人のアメリカ観の潮流に沿ったものであろうが、現在のアメリカ理解にも通じる、観察眼の鋭さにおいては司馬独自のスタイルは注目に値する。


文化継承学・合同研究会
12月7日
高雲基先生
 (文学部客員教授)
「最近韓国の現代詩の事情」
【内容】
   韓国の現代詩は、1990年代の中盤以降大きな変化を見せている。1970年代の初期からおこり始めた民主化運動に詩人たちも一緒に参加した結果、韓国の現代詩は、多分に政治的な色彩を帯び、庶民(農民とか労働者)の苦しい生を歌う、いわゆる参与詩が非常に活発に作り出された。この時期の代表的な詩人が、金芝河、高銀、申庚林などである。 しかし、1987年の憲法改正を通じて民主化が新たな段階に入り、1997年に野党の候補であった金大中氏の大統領当選をきっかけとして、政権交代がおこり、社会が安定すると、文学も現実参与からますます遠くなった。もちろん、それは1988年のオリンピック、2002年のワールドカップの開催をきっかけとして、経済が安定した結果でもあった。 現在の韓国現代詩は個人の敍情、生の知恵、詩が持っている本来の文学性を追い求める方向に変わってきている。難解な象徴詩が再び登場する一方、人間性の回復、自然と環境の調和などに関心が集まってきている。今度の報告では、去年と今年、韓国の主要文学賞を受賞した詩人を中心に、その詩世界を紹介したいと思う。考察の対象は、高炯烈(2006 白石文学賞)、金恵順(2006 未堂文学賞)、羅喜徳(2007 素月文学賞)、文泰俊(2006 素月文学賞)の四人の詩人である。

田母神顯二郎先生
 (仏文学教員)
「母たち:フランス詩における母語の問題」
【内容】
   フランスの現代詩人ジャック・デュパンは、1986年に出版したLes Meresにおいて、詩人と母語あるいは母国語との関係を様々な角度から探究している。詩とは母(国)語の中に一種の「異語」を打ち立てる行為であると言われるが、詩人は母(国)語を侵犯すると同時にこれと特殊な共犯関係を結んでいく。また母(国)語は、詩人の外部にのみあるのではなく、詩人の内部にすでに浸潤し受肉してもいる。それゆえ、詩人の母(国)語との格闘は自分自身との戦いという相貌をも帯びるようになる。  今回の発表では、フランス詩の歴史におけるメルクマールとなる詩人や作品(プレイヤッド派、マレルブ、ボードレール、マラルメなど)を取り上げながら、詩と母(国)語の関係を検証していった。その過程で、詩的言語の創造と地方性の問題、言語の自立性の問題、さらには主体の解体や詩空間への「無」の導入といった問題も検討した。


12月21日
吉田遼人
  
(日本文学)
「鏡花文学の反近代小説性について」
【報告要約】
   泉鏡花の「露肆」(明治四十四年二月、『中央公論』)はこれまでほとんど着目されてこなかったが、同時代的状況を鑑みれば、本作からは鏡花文学の本質ともいえる要素を抽出できると考え、本発表ではそれを「省筆」に求めた。実はこの「省筆」こそが、鏡花文学を日本近代小説の枠から逸脱したものと映す一因にほかならず、従来その逸脱は単に前時代性として片付けられてしまいがちであった。したがって、小説家であることさえ否定されてきた鏡花だが、そうした評価が意図せず示唆しているのは、鏡花作品と1950年前後のフランスに生まれたアンチ・ロマン/ヌーヴォー・ロマンとの通底であるのではないか。そうとすれば、しばしば言及される「鏡花の新しさ」の一側面を具体的に浮かび上げることも難しくないはずである。こうした観点からの考察を試みることで、やや曖昧さの残る鏡花の文学史的位置づけをより明確にする契機とした。

太田翼
  
(日本文学)
「志賀直哉『濁つた頭』論-オナニー的世界の崩壊と小説の責任」
【報告要約】
   明治四三年ノートの記述から、『濁つた頭』執筆時の志賀が自己の内側で完結する欲求と他人と関わることの責任という二つの問題について考えていたことがわかる。そこで本発表では、この観点から『濁つた頭』の再読を試みた。すると、この作品が、男性の女性(性欲の対象)に対する責任と小説家の読者に対する責任を巧みに回避していることがわかった。物語レベルでは、〈お夏殺し〉によるオナニー的世界への回帰、メタレベルでは〈異常〉という枠組による理解の線引きというレベルを異にする方策によって、二つの閉じられた世界が作り出されていることを確認した。他人に対する責任の発生しない閉じられた世界を作り出すことによって、二重に責任を回避し得たのである。すなわち、『濁つた頭』においてなされたのは、責任の発生しない閉じられた世界を作り出す試みであったといえる。


2008年
1月11日
山本梓
  
(日本文学)
「泉鏡花『外科室』考――〈語り〉についての考察」
【報告要約】
   これまで「観念小説」として読まれてきた泉鏡花の『外科室』、その「観念」の内実については色々な解釈がなされてきたが、その「観念」が恋愛を根拠として立ち上がるものであるという見解においては共通している。本論では、そのように同時代から現代にいたるまで一貫して読みとられてきた「高峰医師と貴船伯爵夫人との恋愛」の不確かさを問題とし、不鮮明かつ不自然に描かれているにも関わらず、「恋愛」と読みとってしまう原因を〈語り〉から考察した。  「上」において語り手は高峰医師を特異化するような〈語り〉で、他の登場人物との距離を読み手に刷り込ませ、最後に夫人と高峰を焦点化し、夫人と高峰との距離を縮めるように語ることによって、夫人の高峰への思いを読み手に仄めかしている。「下」においては夫人を特異化し、その美しさを際立たせるような「壮者」らの会話に、高峰が「画師」である語り手「予」にかこつけて同調する言葉を発する様子を語ることで、高峰の心中を表現している。  「上」「下」各章で、同一の語り手が異なった様相で語ることによって、二つの場面が相互に関係し合って初めて『外科室』における「恋愛」というものが立ち上がってくる。この〈語り〉の手法は、後の鏡花作品に見られる、立場の異なる語り手が語る個々の物語を相互に作用させ一つの物語を作り出す〈語り〉に繋がっていくと考えられる。

中村俊彦
 
(英文学)
「シェイクスピア『リア王』:ジェイムズ朝における「不安な男性性」」
【報告要約】
   本発表では、不安な男性性というテーマでイングランド国王ジェイムズ一世とリア王における女性の取り込みを考察した。女性の取り込みは、初期近代家父長的社会システムにおける不安な男性性を補完するための言説操作である。自らを「乳を与える父親」と定義し、先の女王エリザベスの影を払拭しようとしたジェイムズ一世の言説にそれは見受けられ、彼の政治的磁場の中で制作された『リア王』にもこの操作は見られる。しかしながら、シェイクスピアはジェイムズの言説には見られない点まで作品中に描いている。それは、取り込みの結果、新たな男性性不安に苦しむ国王リアの姿だ。その意味で、『リア王』はジェイムズ朝期における男性性の不安と女性の取り込みを出発地点として描いていると共に、そこから生じる矛盾をも描いていると言えるだろう。


1月18日
神山彰先生
  (演劇学教員)
「『スピードの時代』の演劇」 " Theatre in the Age of Speed " by KAMIYAMA Akira
【報告要約】
   近代日本の開化期以来の価値観として、現在まで疑われていない「スピード」というキーワードを軸に、明治期から昭和戦前期までの、多くの演劇ジャンルに通底する表現システムを考察した。そのことにより、従来、別個の枠組みや価値基準で語られてきた、歌舞伎、新演劇、新派、新国劇、宝塚や松竹歌劇団のレヴュー、浅草の喜劇等々や、自立的な純粋演劇を目指したように論じられる新劇が、実際には、相互補助的な形で、複合的な領域を形成してきたことに触れた。それらのジャンルの多くの演劇人が関わった活動写真(映画)は、その特性上、もっとも、「スピード」の表現に適していた訳であり、また、演劇とは格段に多い受容者である大衆の心性に深い影響を与えた。もちろん、その「スピード」の価値体系に違和を唱える演劇人もいた。今回の報告では、同時代の文学者も含めて、これらの流れの一端を考えた。

松島渉
  
(独文学)
「エッカーマン『ゲーテとの対話』について その成立と読み方」
【報告要約】
    エッカーマンの残した『ゲーテとの対話』は、晩年のゲーテの思想を多岐にわたって知ることのできる資料である。ゲーテと彼の周辺人物による対話記録集の中で同書が重要な地位を保ち続けているのは、ゲーテの会話相手であり同書の著者であるエッカーマンによるところが大きい。エッカーマンは同書の著者として以外はあまり知られていないが、それは同書の中で彼自身の手によって明らかにされている。『対話』は断章ごとに日付がつけられ著者である「私」エッカーマンがゲーテの発言を聞く形式になっており、ゲーテの言葉が直接話法で記録されているために、読者は詩人の言葉を身近に感じられるようになっている。だが日付によってはゲーテの言葉がほとんどなくエッカーマンの論考が主体になっている場合もある。そういったテクストの叙述方法をふまえ、同書をゲーテの発言録としてだけではなくエッカーマンの著書という側面に注目することも重要である。



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