更新日2010/3/3】

Cultural Heritage Studies

 

   文化継承学U 2009年度 年間プログラム

2009年度に行われている文化継承学の発表リストです。
随時更新して行きます

 

報告日

報告者

タイトル

 

テーマ:日本史

 

2009年
4月25日

小林瑞穂

(日本史専修)

海軍水路部による『水路要報』の創刊とその役割

 

【報告要約】

本報告では、海軍水路部によって1922年(大正11年)9月に創刊された『水路要報』の創刊に至る背景と、刊行によって果たした役割について考察を行った。

水路部所属の海軍技師であった小倉伸吉は、1920年(大正9年)に12ヵ国を視察する欧米出張に派遣され、各国水路機関の視察を通して日本水路部の課題と学ぶべき姿勢を見出した。その一つに外国水路機関との交換にも対応した「調査報告書」刊行の構想があり、研究機関化を目指す水路部全体の意識と共に『水路要報』創刊に影響を与えたものと考えられる。水路部が創刊した『水路要報』は、単なる研究紀要や水路誌とは異なる内容であり、それまでの水路部刊行物とは異なる性質を有していた。読者対象を海軍関係及び民間航海者双方に設定し、投稿を募る形式を採用した。小倉が注目した外国水路機関と民間航海者の関係構築方法の実践と考えられる試みが誌面を通して行われ、『水路要報』は水路部と民間航海者の協調関係を構築するために重要なツールとなっていく。

 

佐藤顕

(日本史専修)

近世後期における高野山参詣の様相と変容

 

【報告要約】
17世紀末に日本を訪れたドイツの医学者ケンペルが述べたように、近世の日本では旅行が盛んであった。近年は、近世の旅研究が盛んであり、旅行者が書き記した旅日記の検討により、18世紀後半以降の旅程の変容が指摘され、信仰から遊山への具体的変化が明らかにされている。また、近世の旅では様々な寺社がセットで参詣された点も強調されている。本報告では、こうした先行研究を念頭に置きながら、様々な寺社を巡る旅の中で高野山参詣がどのように変容していくのかを、相模国(現在の神奈川県)からの参詣者の動向を分析し明らかにした。高野山は、和歌山県北東部にある弘仁7(816)年空海開創の古義真言宗総本山で、中世後期以降、庶民の参詣・供養を受けた。参詣者数の面では大きな変化の傾向が見出せないものの、@参詣の道A案内人B宿泊という点に注目すると、参詣内容が1800年頃に変容していることが明らかになった。また、18世紀後半以降、寺社参詣の旅は隆盛したとされているが、それによりすべての寺社が当該期に隆盛を見せたわけではないことも指摘した。 

 

テーマ:アメリカ史

 

5月9日

金澤宏明

(西洋史専修)

アメリカ史における史料としての政治マンガ
  ──歴史研究とメディア研究のはざまで──

 

【報告要約】
歴史学において政治マンガが歴史叙述の実証性を高める有効な歴史史料であるとの研究仮説を立て、その方法を解説した。本報告前半において、歴史学上の文書史料偏重への批判を土台としながら、アメリカ史における政治マンガの可能性と史料操作の問題点を議論した。特に、ギルデッドエイジから革新主義の時代にかけて質・量ともに充実した政治マンガが、(1)現代の歴史教育の現場、及び(2)歴史史料として、当時の歴史事象の理解や把握に、ともに重要な役割を果たすことを説明した。その上で、カトゥーン分析を(a)作品自体の読みと(b)メディア研究法の借用という二つの視点から行うことでこの仮説を論ずる点を指摘した。また後半では、以前の報告ではメディア研究を活用しながら地峡運河研究を対象に政治マンガ表象の変遷を追ったが、今回は作品自体の読みを中心に、今後の実証研究への布石として、20世紀転換期の各島嶼領土問題を扱った諸作品の類型化を進めた。

 

矢島國雄

(心理社会)

都市と博物館

―20世紀後半期アメリカ合衆国の博物館の変貌

 

【報告要約】
 18世紀西欧の都市で誕生したと見ることができる博物館という社会的文化的装置、「知の社会化」の仕掛けは、今日なおひとつのアーバン・デザインとして定着している。しかし、それぞれの時代や社会において、その位置や役割は当然のことながら変化している。

 1960−70年代のアメリカ社会における博物館批判は、アカデミックな中立、ハイ・カルチャーの象徴というそれまでの博物館の性格を明らかにするとともに、こうした博物館の姿勢を正すことを求めた。しかし、現状は、こうした批判の中で生み出された展示や教育の手法や実践の多くが継承されているとは言うものの、その基本的な哲学はかえって保守主義への傾斜を強めているように見える。地域博物館の活動自身、当初の時期の熱気をやや失って、固定化の傾向が見える。多様な知、多文化にどのように博物館が取り組むのか、70年代以降、その利用者である市民、地域の人々とその社会との関係の中で、博物館の足取りは必ずしも順調であったわけではない。今日、図書館と社会との関係の問題同様、博物館と社会との関係は再論議されつつある。

 

 

テーマ:都市

 

5月23日

恒川隆男
(独文学)

都市と文学

 

【報告要約】
 都市は画一的である、都市には自然がないということを必ずしも否定的にとらえるのではなく、むしろ都市のそうしたあり方から新たなポエジーを汲みだそうとする試みがしばしば見られる。ヴァルター・ベンヤミンの『2000年頃のベルリンの幼年時代』の『ロッジア』、第1次大戦の敗戦直後に書かれたハインリヒ・マンのエッセイ『ベルリン』、1936年に出版されたムージルの『生前の遺稿集』なかの短編『黒ツグミ』、などがその例である。こうした方法の先駆はボードレールの『悪の華』だと言えるかもしれない。

 

田母神顕二郎
(仏文学)

パリー都市・記憶・群島

 

【報告要約】
「群島システム」という概念を用い、ヴァルター・ベンヤミンの都市論および作家論を再検証した。そこからはまず、ベンヤミンの脱・中心主義的で、断片的なもの同士の特殊な照応関係に注目する構えが改めて確認された。また「群島性」は、エッセー形式を多用する彼のエクリチュールの特質にも通じるものである。しかし、われわれが特に注目したのは、彼のアレゴリー論やボードレール論を通して、時間における「群島的なもの」としての「記憶」の構造が垣間見られることである。「記憶」は個人の心において、群島あるいは島宇宙のようなものを形成しており、過去のものでありながら独自の生を維持し続けている。彼の都市論と作家論には、こうした空間・時間双方にまたがる特殊な群島システムが内在しており、それは都市や人の心に対する新たな見方を提示するとともに、両者のアナロジックな関係に対しても新たな意識化を促すものである。

 

文化継承学・合同授業

 

6月13日

 

文化の継承とは何か――各人の研究の立場から

 

 

 

テーマ:日本語学

 

6月27日

覃顯勇
(日本文学)

明治時代の言文一致体小説における漢語運用の実情

 

【報告要約】

明治時代に行われた「言文一致運動」とは “文体”改革,とりわけ,地の文の改革運動である。神田孝平は『東京学士会院雑誌』七巻一号の「文章論ヲ読ム」(1885)の中で「平生説話ノ言語ヲ持テ文章ヲ作レハ即チ言文一致ナリ」と指摘し,文章に日常の会話で使用される語を用いることを主張している。このことをふまえると,言文一致の文章で使用される漢語もまた,明治期における日常生活で使用されるような漢語であったことが期待される。本発表は,「言文一致運動」の先駆的な存在である山田美妙の作品『夏木立』を取り上げ,その中で用いられている漢語を抽出し,それに分析を加えることで漢語の構成を明らかにすることを目的とする。

今回の分析で判明したことは、次の通りである。

1)漢語の延べ語数は1537語であり、異なり語数は792語であって、一語の平均使用率は1.94回である。

2)異なり792語のうち、1回しか使われていないものは、526語であり、すなわち66.5%を占めている。

3)発話文での漢語動詞は地の文より多く使われている傾向が見られる。

4)「数字語」を除いて計算すれば、「旧漢語」の84%の使用率は「新漢語」の16%の使用率をかなり上回る。

5)発話文と地の文で、ともに使用頻度が高い漢語動詞は、難解複雑な用語ではなく、日常生活に浸透していて使いやすい語であると考えられる。また、他の品詞も同じような傾向が見られる。

6)地の文に使われた「新漢語」は、当時の流行を反映する語が多く見られる。 

 

玄仙令

(日本文学)

現代日本語の文末の『ものだ』の意味用法

 

【報告要約】
 
本発表は、現代日本語において、文末の「ものだ」はどのような意味役割をするのかについて考察している。

文末の「ものだ」の意味用法について、先行研究では、「ものだ」は各々の用法で違う意味を表していると考察しているが、「ものだ」文の用法というのは、「ものだ」の上接文の構造の違いから発生することがわかった。また、「ものだ」文の各々の意味用法は「ものだ」の上接文の構造により意味が違うように捉えられる一方、各用法には何らかの関連性を窺うことができる。その関連性というのは、「ものだ」の意味変化の効果として説明できると考えられる。

 考察の結果、文末に「ものだ」がつくことにより、「ものだ」の上接文の「わがこと性」が「非わがこと性」に変容し、話し手の発言(命題)に対する責任から離れていく意味効果が発生することがわかった。

 

テーマ:夢・夢想

 

7月11日

本村理
(独文学)

ボナヴェントゥーラの『夜警』について 
‐黒いロマン主義における悪夢と虚無‐

 

【報告要約】
 
 1804年、ボナヴェントゥーラという仮名のもとに出版された『夜警』。今では「黒いロマン主義」(M・プラーツ)の諸特徴を備えた作品として比較的に知られるこの奇書であるが、20世紀に入るまでは日の目を見ることもなく、紆余曲折の議論を経て、その真の作者が判明したのも比較的近年のことである。本報告では、忘れられた作家A・クリンゲマンが特定されるまでの経緯を紹介するとともに、その内容を、ロマン主義の暗黒面、特に“悪夢”と“虚無”に重点を置いて分析した。さらに、この作品の文学史における位置付けを確認し、ノヴァーリスやティークなど、初期ロマン派との比較の視点を交えながら考察した。初期ロマン派において重要な概念であった「さすらい」は、『夜警』において、あてどない「さまよい」へと変じ、前者に描かれた“黄金時代”の夢は、後者では、それが完全に反転した世界、虚無的幻想に満ちたネガティヴなユートピアとして描かれている。

 

 

小谷奈津子
(仏文学)

パトリック・モディアノにおける夢想
‐幼年時代・起源への回帰‐

 

【報告要約】

2003年『夜のアクシデント』出版の際、モディアノは雑誌のインタビューで、自らの小説の創作過程について「書く」段階の前に「夢想に没頭する」と語っている。さらに、作家は夢想の雰囲気をそのままに作品を描くことの困難を示唆している。夢想とは、仏文学において、ルソーの『孤独な散歩者の夢想』以来19世紀ロマン派の作家らによって書き続けられたテーマであるが、現代作家モディアノはどのように夢想をとらえ、作品に描いているのだろうか?という問いのもと、小説『夜のアクシデント』を考察した。発表を通して、まず、夢想は思い出すという行為と深く結びつき、夢想の展開・深化が段階的に描かれるのを確認した。次に、特に両親を暗示する場面において、占領期を想起する言葉が散りばめられ、作家の実人生との繋がりが暗示されるのが特徴的である。また、夢想による語り手の思い込みによって、時間的に隔てられた二つの異なる出来事が結びつけられ、読者は不確かな語りの中で漂っているような感覚に襲われる。この夢幻的な感覚こそ、モディアノが彼の小説に追及しているものではなかろうか。

 

オリエンテーション

 

9月20日

後期の発表について

 

テーマ:中世都市

 

10月9日

本間美奈

(西洋史)

宗教改革期における出版業と改革派

―福音主義者の「仏訳詩篇」から改革派の『詩篇歌』へ―

 

【報告要約】

本報告では、ヨーロッパで宗教改革思想がどのように広範囲の人々に伝わったのかを、「仏訳詩篇」『詩篇歌』という讃美歌出版の事例を通じて考察する。1530年代以降、福音主義者クレマン・マロ、改革派のカルヴァンやド・ベーズらは、旧約聖書の詩篇を仏訳・韻文化しメロディーを付けて、人々が歌える形にした。楽譜を伴った「仏訳詩篇」は、スイス、フランス、ベルギーの有力な出版地で多数出され、各地で詩篇を歌うという慣行が広がる。だがこれらの「仏訳詩篇」の内容は多様であり、改革派の意に沿わない使用もみられた。この状況に対して改革派は、フランス王権に働きかけ自分たちの完訳版『詩篇歌』の出版特許を得ると、諸都市の出版業者と公式・非公式に契約を結んで多数出版した。こうして膾炙した『詩篇歌』は、詩篇を歌うことで改革派に属するという意識を、識字能力の低い層にまで広めることとなった。改革派は、諸都市の出版業者のネットワークを使い、地域の枠を超えた広い範囲の人々に影響を及ぼすことに成功したといえる。

 

 

斎藤絅子

(西洋史)

「西欧中世都市の自由と自治――慣習法と慣習法文書」

 

【報告要約】
 
 西欧中世都市の独自性として、しばしば強調されるのが「自由と自治」であるが、その内容の大半は、この時期に新規に出現したものではなく、領主と所領民の間で形成されてきた慣習法を基層としたものであった。 西欧中世における都市の「自由」は、絶対的自由ではなく、支配からの「離脱」を意味するのであり、極めて具体的な、列挙可能な複数の特権と言い換えることができるものであり、領主の利益と双務的関係の中で賦与されたものであり、「自由」と従属は表裏一体をなすものであった。

慣習法に基づく既存の領主と所領民との関係は、人々の「集団的記憶」の中で伝来していくが、12世紀に入ると成文化されていく。この文書は慣習法文書(charte de franchises)と呼ばれているが、文書の形態をとることにより、両者の関係が固定化され、領主の恣意が排除される点に、一つの変革が指摘される。いうなれば、ここに、一つの文化の継承と創造を見いだすことが出来よう。 

 

テーマ:文学の可能性

 

10月23日

中村俊彦

(英米文学)

シェイクスピア『シンベリン』における
イモジェンの崇高な身体

 

【報告要約】
シェイクスピア『シンベリン』の最終幕、イモジェンの身体は「やさしい空気」と表象され、実体の身体としての物質性と言説上気化された非物質性の相剋が描き込まれている身体がそこに読み取れる。本論の目的は、彼女の身体表象に注目しながら、その相剋が何を意味するかという問題を考察することである。イモジェンは、死に包囲されながらも、復活という奇跡を通してそれを克服する。彼女の回帰する身体は、まるで特殊な物質で形作られた不死身の身体、つまり崇高な身体であると言える。本来身体の崇高性は、国家的身体に代表される男性的身体に見られる特性であるが、本作品において、それはイモジェンの女性的身体に投射されているのだ。このような崇高な身体としてのイモジェン表象には、母性の回帰という幻想と同時に、当時の社会における母性の根源的な欠如をも読み取ることができる。その意味で、物質性と非物質性が相剋する身体として表象されるイモジェンの身体は、崇高な身体の証として、それを媒介に母性が回帰するという幻想の身体であると同時に、埋めることが不可能な永遠の欠如を描き込まれた身体でもあるのだ。


 

千田実

(日本文学)

『話』らしい話のない小説」について

―芥川龍之介晩年の小説論―

 

【報告要約】

 本発表では、晩年の芥川龍之介がその価値を主張した「『話』らしい話のない小説」について、これが「最も詩に近い小説」「通俗的興味のない」小説とされていること、「文芸一般論」で詩と小説の「内容」の違いが論じられていることに注目し、「最も詩に近い小説」の「内容」がどのようなものなのか、そしてこういった小説がなぜ「通俗的興味のない」小説とされているのかを考察した。夏目漱石の「内容」論にもとづいて、「文芸」の「内容」を「感覚的F」「人事的F」「超自然的F」「思想的F」の四つに分類している芥川は、詩の「内容」を「思想的F」の少ないものとしていると考えられるが、この「思想的F」は「日常処世の際に切実に応用」できるものであるという点で、「通俗的興味」を与える「文芸」の「内容」に含まれるものでもあるといえる。「『話』らしい話のない小説」は「思想的F」の少ない「内容」をもつものだということになる。

 

 

 

 

特別シンポジウム

 

11月13日

 

比較都市研究の可能性

 

国際シンポジウム

明治大学大学院学内GP人文学的総合知を有する人材育成プログラム」企画

 

姜 竣(城西国際大学准教授)

「紙芝居と打令(タリョン‐東京とソウルの下層民と大道芸‐」

 

祁福鼎 (大連外国語学院講師) 

「近代都市文化における人称の問題‐自分をどう呼ぶか‐」

 

セップ・リンハルト(ウィーン大学教授)

「盛り場の比較社会学的考察‐ウィーンと東京‐」

 

 

 

テーマ:フランス現代文学

 

11月20日

森慎太郎

(仏文学)

一人称「かたり」の技法 ユルスナールの選択

 

【報告要約】
 
『アレクシス』の散文には箴言めいた文句がたいへん多く織り込まれていてその数二百ともいい、物語とエッセーがあやふやになってくる二十世紀の特徴があらわに出ている。言葉を用いることにためらいつつ、限りなく自分の言葉に無謬であろうとする人物の物語では、外的な事実の忠実なミメーシスは犠牲に附されはするものの、何とか語ろうとする「声」が残る。リアリズムはこの「声」に求められて直接それを聞かすに適した一人称が採られる。書かれることへの虚偽の意識から二十世紀の作家は逃れられないといったのはアウエルバッハだが、共通価値で摑まれる現実を呑気に提示することは信じられていずユルスナールもそうだった。「ヨーロッパ診断」というエッセーはこの世の価値の崩壊と多様さの眩暈とを述べる。『アレクシス』で語り手が過去へ遠近方のレンズを合わせて、伝統的なレシのようにミメーシスの結晶体を作り上げる運動のそばで、それに付きまとうためらいがあるいは箴言風の平板化をおこないあるいは独断の氾濫をまねく、といった分裂する運動がある。そこにはジャルーら文芸批評家が認めた一個の文体が出来ていた。

 

下井有子

(仏文学)

セリーヌにおける万国博覧会

 

【報告要約】
   
セリーヌは万国博覧会を痛烈に批判している一方で、小説では重要な源泉の一つでもある。また反ユダヤ主義的攻撃文書では万博がユダヤへと結び付けられ、万博批判は反ユダヤ主義の一端を担ってもいる。本発表では、セリーヌの万博に関する言説の検証と、そこに表れる憎悪の表現の源泉について考察した。小説『なしくずしの死』においてはエキゾチスムと機械信仰という万博を象徴するテーマが描かれ、攻撃文書『皆殺しの為の戯言』では、37年の万博で自らのバレエ台本を上演させることを強く望む。一方でセリーヌは万博が象徴する高度資本主義経済の発展はユダヤ人の産物だと主張し、万博批判の根底には彼のユダヤ人に対する強い恐怖感がある。

作家の万博に対する態度には渇望と拒絶がアンビヴァレントな形で両立し、それはユダヤ人フロイトに対する態度と同じ位相にある。つまりこの作家の反ユダヤ主義のコンテクストでは渇望と拒絶が表裏一体を成している。

 

文化継承学・合同授業

 

12月4日

 

 

 

 

【報告要約】   

 

 

テーマ:19世紀の日本

 

12月19日

神山彰

(演劇学)

失われた演劇ジャンル

 

【報告要約】
 
 演劇のみならず、ある時代に隆盛したジャンルについては論じられるが、その時代に衰退したジャンルについては、忘れられがちである。しかし、ある時代に衰退していったジャンルにも、その時代の特質が隠されているはずである。一九六〇年代の日本の演劇というと、いわゆる「アンダーグラウンドシアター」が中心的な位置にあるように語られらることが多いが、それは、無意識のうちに、大都市で学生生活を送った若い世代が経験したものを前提にしている。大都市でも、当時の四〇代以上の明治・大正生れの世代や、まだ、地域によっては大学進学率が二割に届かない時代の地方の若い世代が接したり、求めたりした「演劇」は全く別のものだった。一般的な言い方になるが、いつの時代も、ある特定のジャンルを前景化、中心化することで、見えなくなってしまう多くの領域が隠されている。

具体的にいえば、一九六〇年代も前半には、まだ新派、新国劇やレヴューの人気は続いていたが、六〇年代末には衰退していく。その間のメンタリティの推移の一端について、隣接領域との関連のなかで一考した。

 

太田翼

(日本文学)

森鴎外『灰燼』論

 

【報告要約】

 

テーマ: 都市 シンポジウムを受けて

 

2010年

1月8日

徳植隆真

(独文学)

都市とオペラ受容
モーツァルトの≪魔笛≫の場合

 

【報告要約】

本発表は先日のシンポジウムを受け、都市によってオペラにどのような改変がなされたのか検討し、都市によってオペラ受容がどう変わったのか紹介した。

18世紀末から19世紀への転換期において、ドイツオペラがドイツ語圏外で原語上演されることはまったくと言ってよいくらいなかった。ドイツオペラ、とりわけジングシュピールが外国の劇場で上演される際の問題点はディアローグである。対話形式の語りが、イタリアではその伝統から見てありえないことであった。その為イタリア語圏、及びドイツ周辺の宮廷劇場ではレチタティーヴォを含むイタリア語版で上演されていた。

又フランス、パリで≪魔笛≫はグランド・オペラに直され、レチタティーフが用いられるのみならず、他のオペラからの曲も使われパスティッチョと呼ばれる形式で上演された。

都市によって受容の形は異なっていることが明らかになったが、ドイツオペラが外国で上演されることがほとんど無かった19世紀初頭において、かなり異なった形であれ、上演されることでその存在が知られるということだけでも重要であったのではないであろうか。

 

新沼智之

(演劇学)

シンポジウム「比較都市研究の可能性」を受けて

 

【報告要約】
 
昨年11月13日のシンポジウム「比較都市研究の可能性」を受けての総括・議論を行うということで、議論の口火を切る報告として、比較する「都市」という概念が内包するものについて考えたことをまとめた。

まずはシンポジウムの各発表を整理しながら、都市空間や社会機構などが規定されることで外的に規定される「都市」という側面が各発表で強調されたことを指摘した。そして、18世紀後半から19世紀初頭にかけて活躍したドイツ人俳優イフラントの論考をサンプルとして挙げ、都市に生きる者たちの「精神」によって内的に規定される「都市」という側面があることを指摘した。そして、「都市」とは固定されたものではなく、常に「時間」、すなわち「歴史」を伴って、内的・外的に、相互に規定されていく動的な有機体であるとの主張をした。

議論の中では、都市に生きる者のみならず、都市の対立概念としての「農村」に住まう者の考慮、さらには都市の外から都市に移入してくる者の考慮などもすべきという意見も出て、比較すべき「都市」という概念が内包するものについての活発な議論が交わされた。

 

特別シンポジウム

 

1月23日

シンポジウム

都市と文学−−「マイナー文学」の表現をめぐって」

【概要】

  1月22日は、「都市と文学−−「マイナー文学」の表現をめぐって」と銘打ち、学外から三名の講師を招いて、特別シンポジウムを開催した。

 東京を日本の首都たらしめているのは、実はコリアンタウン新大久保に象徴されるような異文化の存在であり、日本文学を活気づけるのは、言語の異なる人の創りだす、いわゆる「マイナー文学」である。三名の講師は、都市(ロサンジェルス、コロンビアのバランキア、ベルリン)のバリオ(スラム地区)を創作の根っこに活躍している文学者の<越境>をめぐる「表現」について語った。

 また三名のパネリストは、それぞれの専門分野から、発表者に対して質問を行なった。今回は、外国文学についてのシンポジウムであったが、そのグローバルなテーマゆえに、日本語、日本文学について考えるきっかけになった。

 プログラムとして、次の通りである。

日時:2009年1月22日(金)午後6時〜9時 

駿河台キャンパス、リバティタワー19階 119HI教室

司会:越川芳明(明大教授、アメリカ文学)

講師:斉藤修三(青山短大教授、アメリカ文学)

「ディフラシスモの街−−East LAとチカーノ」

   久野量一(法政大准教授、ラテンアメリカ文学)

「ガルシア=マルケスとバランキーリャ」

   浜崎桂子(立教大准教授、ドイツ文学)

もうひとつのベルリン―「飛び地」から「首都」になった都市の片隅で

パネリスト:中村俊彦(明大大学院博士後期、英文学)

      太田翼(明大大学院博士後期、日本文学)

      徳植隆真(明大大学院博士後期、ドイツ文学)

 

 

 

2010年

1月29日

土田知則教授

(千葉大学大学院)

ポール・ド・マンの幾つかのキーワードをめぐって

【報告要約】

ポール・ド・マンはベルギーに生まれ、アメリカ合衆国で「ディコンストラクション」の理論家として一世を風靡した文学理論家である。著名ではあるが、彼の主著はまだ邦訳されておらず、その理論、思想の全貌が明かされているとはまったく言えない。土田氏はド・マンについて本邦初の本格的研究所を来年度刊行する予定であり、また、ド・マンの主著の翻訳を進めてもおられる。その土田氏から、アレゴリー、出来事などド・マンのキーワードについてきわめて詳細な説明を聞くことができた。フロアからも多数質問が出され、きわめて有意義な講義であった。         (合田正人記)

 

 

 

2008年度はこちらよりご参照ください。
2007年度はこちらよりご参照ください
2006年度はこちらよりご参照ください。
2005年度はこちらよりご参照ください。

 

   奥付


  All rights reserved.
  明治大学 文化継承学U