更新日2011/2/3

http://www.kisc.meiji.ac.jp/~chs/banner-large2.jpg

Cultural Heritage Studies

 

   文化継承学U 2010年度 年間プログラム

2010年度に行われている文化継承学の発表リストです。
随時更新して行きます

 

報告日

報告者

タイトル

 

テーマ:

 

2010
4
30

越川芳明

「文化継承学への提言」

 

【報告要約】

ディアスポラの民の「文化継承」はいかになされるのか? キューバのサンテリア(信仰、抵抗、占い)を例にとって考えてみよう。西アフリカからカリブに持ち込まれたサンテリアでは、<変容しないもの>と<変容するもの>がある。前者としては、a.多神教  b.ヨルバ語  c. 音楽とダンス(神々の崇拝として)、動物の御供(神々への)、神聖な占い、トランス などがある。またキューバ人の文化人類学者フェルナンド・オルティスが文化変容“transculturación”と呼んだ<変容するもの>として、d. 支配者の宗教、キリスト教(ローマ・カトリック教会)の圧力によって生じた「習合」syncretism  e. アフリカ(ナイジェリア)→カリブの田舎(サトウキビ畑・精糖工場)→都会といった移動がもたらす儀礼の質的変容(他のアフリカ系信仰<パロ・モンテ>などとの習合) f.呪術から科学へ(政府の認知を得るため)。口伝的秘術から活字(聖典)・体系化へ。

  被支配者の文化継承は、さまざまな障害と圧力のもとでなされる。継承の経緯は、必ずしも活字や書物の形に残っていないので、支配者の文化の継承と同じような研究方法ではその内実を突き止めることは出来ない。研究者が研究対象を客観的に眺めて分析するだけでは不十分であり、自ら対象と一体となるような、研究主体と対象の双方をかねるような危うい道を行くことが求められるのではないだろうか。

 

<参考>

サンテリアのオリチャとカトリックの聖者の習合例

Santeria

属性

カトリック名

祭日 と 色

オロドゥマレ

Olodumare

 

 

エレグアEleggua

 

聖アントニー(San Anthony)

613日    赤と黒

イェマヤYemaya

海の女神、母性

レグラの聖母

97日     青と白

オバタラObatalá

秩序・道徳・伝統の守護神

慈悲の聖母

924日     

チャンゴChangó

雷と稲妻と火の神

聖バルバラ(Santa Barbara)

124日    赤と白

オグン

Oggún

鉄・戦争・犠牲の神、雇用

聖ペトロ(San Petro

629日    緑と黒

ババルアイェBabaluaye

病人や障害者の守護神

聖ラサロ(San Lazaro)

1217     

オチュンOchún

愛の神、結婚・出産、黄金

エル・コブレの慈愛の聖母

98日     黄と白

 

穴井佑

 

 

【報告要約】

17世紀イングランドのユダヤ人再入国問題について、とりわけユダヤ人不在の再入国議論に着目して、報告を行いました。イングランドの人々がユダヤ人について熱心に語った17世紀というのは、ユダヤ人がイングランドに存在することが、公的には許されていない時代でした。このユダヤ人不在の状況で語られた「ユダヤ人」を、17世紀イングランドの社会状況や人々の心性の表象として考察しました。

以上のような「ユダヤ人」、あるいは「ユダヤ人」像をめぐる議論から、イングランド社会やそこに住む人々の精神世界に分け入っていくことをねらいとしました。そこには、さまざまな宗教的な言動が噴出した17世紀イングランドにおける、既存の世界観や他者観の変容があったのです。そして、ユダヤ人再入国問題に関する議論というのも、実はそうした宗教的な言動の一つであり、またそれ自体がイングランド社会の変容の一齣だったのではないかと考えました。こうした問題に対して、「ユダヤ人」(像)の構築、そうした「ユダヤ人」(像)の拒絶・破壊という観点から報告を行いました。

 

テーマ:

 

514

藤田怜史

アメリカの歴史教科書における第二次世界大戦と原爆投下

World War II and the Atomic Bombing to Japan in the U.S. History Textbook

 

【報告要約】

 本報告では、アメリカ合衆国で用いられている歴史教科書における、原爆投下記述について検証した。特に以下二つの観点から分析を試みた。一点目、原爆投下をめぐる歴史的事実―原爆投下の動機や、それによって救われたとされる命の数など―に関してどのように記述されているか。これは、原爆投下に関する知識や情報について検証するものである。二つ目、原爆投下という出来事を、歴史教科書がいかなる歴史的コンテクストの中に位置づけているかである。この観点は、原爆投下に関する考え方のプロセスや評価の基準を考察するものである。

 主に高校(第9-12学年)で用いられている歴史教科書30数冊を検証した結果、歴史的事実をめぐる記述に関しては、90年代ごろから顕著な変化が見られるようになった。歴史研究の成果を徐々に反映し、原爆投下をめぐる多様な解釈や事実が提示されるようになったのである。二点目の問題については、一貫して第二次世界大戦・対日戦・戦争終結というコンテクストに原爆投下は位置づけられていた。冷戦の中に原爆投下を位置づけてその含意を示す教科書もあるものの、こうした事実が示すのは、アメリカにおいては原爆投下が一連の戦闘行為の一つとして位置づけられる傾向がなお強いということであろう。

 

 

 

 

【報告要約】

 

 

テーマ:

 

528

 

 

 

【報告要約】

 

 

 

 

 

【報告要約】

 

 

文化継承学・合同授業

 

611

 

 

 

【報告要約】

 

 

テーマ:

 

625

 

 

 

【報告要約】

 

 

 

 

 

【報告要約】

 

 

テーマ:

 

79

新沼智之

演劇史研究について――Erika Fischer=Lichte, Theaterwissenschaft2010)をもとに

 

【報告要約】
 
表題にあるドイツの演劇研究者エリカ・フィッシャー=リヒテの近著『Theaterwissenschaft』の第五章「Theaterhistoriografie」をもとに、私がしている研究とはどういう研究なのかという基本的問題に立ち返る作業を行った。まずはその大本である「演劇研究」とはどういう研究なのかということを考えることから始め、「演劇研究」が他のジャンルの研究と異なって「演劇研究」であるところの、「上演」というその対象についての問題を検討し、そこから「一過的な現象」としての「上演」という特殊なものを研究対象とする「演劇史研究」の問題点、そしてそれへのアプローチの仕方を検討した。また、「どれもさまざまな推論を許すと同時に、どれも一義的な答えを与えはしない」性質をもつ「史料」というもののあり方を、発表者の研究領域である一八世紀後半のドイツ演劇における具体例を挙げながら検討し、「演劇史研究」を行う際の、問題提起、史料の吟味、独自な論の定立という作業過程の重要さを示した。

 

千田実

夏目漱石「趣味の遺伝」について

A Study of Natsume Sôseki’s Shumi no Iden

 

【報告要約】

本発表では、夏目漱石「趣味の遺伝」に見られる「趣味の遺伝」理論と、「趣味」を論じている『文学論』『文学評論』などとの関係について考察した。「文学」を「吾人の趣味の表現」とする漱石は、「文学」における材料の「選択」「配合」を「趣味」によるものとしている。この材料の「選択」「配合」とは、「文学論」で論じられている「文学的手段」のことだと考えられる。「文学論」では六つの「文学的手段」が論じられているが、この中の「仮対法」は、「趣味の遺伝」の「余」が「不思議な対照」から受けた「感動」を、同じく「文学的手段」の一つである「緩勢法」は、「余」の「趣味の遺伝」理論の「発明」を説明するものだと考えられる。「余」の「感動」や「発明」が「趣味」によるものとされている「文学的手段」で説明できるということは、「余」が漱石のいう「趣味」に支配されて「趣味の遺伝」理論を「発明」したということを示しているといえる。

 

 

 

 

テーマ:

 

924

滿 茂明

「日本趣味建築」に対する戦前・戦後の評価

 

【報告要約】

本報告では「日本趣味建築」の建設背景及び、戦後における「日本趣味建築=軍国主義・ファシズム建築」論の形成要因について検討した。「日本趣味建築」とは主に1930年代に多く建設された「『洋風』デザインの建物に『日本式』の瓦屋根を載せた」建築様式であり、戦後においては「帝冠様式」と呼称され「軍国主義建築」「ファシズム建築」として評価されてきた。しかし近年では右の評価に対する再検討が行われており、本報告においても「周囲・内容との調和」や耐震・耐火を重要視した建築目的について検討し、日本趣味建築群の建築背景に軍国主義的要素が確認出来ないことを指摘した。また戦後における「軍国主義・ファシズム建築」論の形成要因については、日本趣味建築群の一部に存在する昭和天皇の即位大礼記念の建築が存在することや、地方官庁・軍施設での日本趣味建築の採用が考えられる。さらに1950年代以降にかつて「日本趣味建築」を否定・対立した「モダニズム建築」家が建築界の主流となったことにより、彼らによる1930年代の建築史評価が戦後に定着したことが最大の要因として考えられることについて指摘した。

 

 

 

 

 

 

【報告要約】
 

 

金鉉洙

日本における日韓会談反対運動

—在日韓国•朝鮮人運動を中心に−

 

【報告要約】
 本報告は、1951年から1965年まで行われた日韓国交正常化交渉(以下、日韓会談)に対する在日韓国•朝鮮人の対応を検討し、それぞれの運動の特徴を概観したものである。

 報告においては、在日本朝鮮人総聯合会(以下、総連)の運動と在日本大韓民国民団(以下、民団)が展開してきた14年間の運動を検討した。総連の運動は大きく4つの時期に分けてそれぞれの特徴を説明することができた。総連は一貫して日韓会談反対運動を展開し、その反対論理は、日韓会談が@朝鮮の自主的平和統一を妨害し、A極東とアジアの平和に重大な脅威なり、Bアメリカ・日本による二重の植民地化にされるということと、C韓国の朴正煕政権の正当性問題をあげている。一方、民団は日韓会談促進運動を展開して来たが、民団の主張を貫徹させるためには促進運動という消極的姿勢から、法的地位要求を貫徹させようとした。しかし、法的地位要求が貫徹されないまま会談が締結を向けて急速に進行すると、在日韓国青年・学生たちはこれに反発して日韓条約の反対、無効運動さえ展開した。民団と在日韓国青年・学生は法的地位問題の処理の仕方をめぐって対立(先国交回復、後諸問題の解決/諸問題の解決を前提にした国交回復)したが、反共イデオロギーを相対化したり、払拭することはできなかった。

 

テーマ:

 

10月日

 

 

 

【報告要約】

 

 

 

 

 

【報告要約】

 

テーマ:

10月日

 

 

 

【報告要約】

 

 

 

 

 

【報告要約】

 

 

 

テーマ:

 

11月日

 

 

 

【報告要約】

 

 

 

 

 

【報告要約】

 

テーマ:

 

11月日

 

 

 

【報告要約】

 

 

 

 

 

【報告要約】

 

文化継承学・合同授業

 

12月日

 

 

 

 

【報告要約】   

 

 

テーマ:

 

1210

伊勢弘志

「都市の近代化とその傾向 ‐東京・京都・横浜‐」

 

【報告要約】
 
 本報告では都市問題を日本近代史の視点から考察することを目的に、特に都市の形成過程にどのような傾向や性格が見られるかという点に留意しながら、東京・京都・横浜の近代と都市化を検討した。まず、東京においては松山恵氏の報告「都市の幕末維新‐東京奠都と江戸の改造‐」における東京の祖形としての「郭内」の問題を受け、江戸の縄張りとしての郭に規定された東京市の範囲が「大東京」、さらに「首都圏」へ拡大されていく過程を検討し、第一次世界大戦を背景に鉄道の電化と人口問題を課題としていた東京市一五区の都市計画においては、「都市の範囲」が鉄道路線によって把握される傾向があり、更に「震災復興」を経ると首都圏の概念・認識も交通インフラによって規定されていったことを説明した。

 京都の事例では近代都市と伝統都市との性格付けの間で葛藤があった様子を採り上げ、当初は地域に拒絶され勝ちであった近代化も手法を変えて次第に受容され、伝統と近代の折り合いをつけながら「歴史都市」「伝統都市」としての性格を担っていった様子を見た。

その一方で、新興都市としての横浜では都市の歴史の創出に戸惑った事例が見られ、京都と比較する際には前提状況の異なる都市においても近代都市への移行過程に歴史性との葛藤や抵抗が見られた。従って、都市化の過程では地域の「生い立ち」がそれぞれの近代化への「課題」と衝突し、均衡のとれた合意点・折衷点によって、都市の独自の性格や役割を帯びていく傾向を指摘した。

 

 

 

 

【報告要約】

 

テーマ: 

 

2011

1月14日

吉田遼人

〈小説〉模索期における、泉鏡花「露肆」の可能性           

A possibility and perspective of Izumi Kyōkas Hoshimise

 

【報告要約】

 泉鏡花「露肆」(『中央公論』明治442)には、独特の感性に依拠して夜店の情景を映し出す表現主体が存在するものの、その実体はきわめて捉え難くある。その一因には、〈私〉といった自称詞が一切明記されないこと、つまり、一人称体の叙述が展開しながらも、一人称の不在といった現象がもたらされている点が考慮される。このような特質は、「露肆」において、一人称体の語り手には本来なしえぬはずの、他者の内面に踏み込んだ叙述の遂行を違和感なく支えるものとしてある。

 こうした「露肆」の特異な話法は、近代小説の表現史上でいかなる意義を含み持っていたのだろうか。当時が写生文を基礎とした新たな〈小説〉表現の模索期であったことをふまえ、その試行錯誤のなかでまとめられる田山花袋「描写論」(『早稲田文学』明治444)との相違を明らかにしながら、鏡花の表現意識の一端に迫ってみたい。

 

蔡欣吟

『浮世風呂』『浮世床』における準体法、準体助詞、連体形

 

【報告要約】

 江戸末期の資料『浮世風呂』『浮世床』における「連体形準体法」、「準体助詞ノ」、「連体形+名詞」三者の使用状況について、全数調査を行うことにより、準体助詞ノの出現から定着までの間で、それぞれの使用にどのような特徴があるのか、どのような棲み分けをしているのかを明らかにし、連体形準体法の消滅の過程を探ることを目的とする。調査の結果、全体における顕著な特徴として、以下のことが明らかになった。一、準体助詞ノは地の文での使用が見られず、会話文でのみ使用される。その理由準体助詞ノ古語に接続しにくいこと、また、準体助詞ノは会話から浸透し始めることが考えられる。二、連体形+名詞は一定の役割を保っており、連体形準体法の補償は主に準体助詞ノによって行われたことが考えられる。三、登場人物の発話からは、男女ともに準体助詞ノを使用するが、女性が比較的多く使用する、また、上方出身者による使用が見られない。四、文構造の観点から、「内の関係」と「外の関係」において、それそれ多用される表現があることから、使用上の選択があると考えれる

 

 

2009年度はこちらよりご参照ください。

2008年度はこちらよりご参照ください。

2007年度はこちらよりご参照ください
2006
年度はこちらよりご参照ください。
2005
年度はこちらよりご参照ください。

 

   奥付


 
 All rights reserved.
 
 明治大学 文化継承学U