更新日2017/01/10

Cultural Heritage Studies

 

   文化継承学U 2016年度 年間プログラム

2016年度に行われている文化継承学の発表リストです。
随時更新して行きます

 

報告日

報告者

タイトル

 

 

2016
5
6

出縄祐介

アーダルベルト・シュティフターの生涯とその作品について-シュティフターにおけるマクロとミクロの世界-

Adalbert Stifters Leben und seine Werke. - Makrokosmos und Mikrokosmos bei Stifter -

 

【報告要約】

アーダルベルト・シュティフター(Adalbert Stifter, 1805-1868)の生誕の地OberplanにあるStifter-Museumに展示されている肖像画をスライドで投影し、彼の生涯について述べる。その際に彼の人生を、彼に重大な影響を与えたと考えられる5つの転換期ごとにまとめ、彼の作品に与えた影響を述べていく。特に1848年に勃発した3月革命がシュティフターに与えた影響を考察し、シュティフター文体の転換期を述べる。次に、作家兼教育者としてのシュティフター作品におけるマクロ世界及びミクロ世界を考察する。その際、特に『石さまざま』(1852)の序文及び遺稿である自伝的断片『わが人生』などシュティフター文学における2極のモチーフ「klein-groß(小さい・大きい)」とは如何なるものであったかを考察する。

阪東知子

ホーフマンスタールの改作劇『エレクトラ』

Hofmannsthals Bearbeitungsstück “Elektra”

 

【報告要約】

本報告は、ホーフマンスタールの改作劇『エレクトラ』を題材に、ホーフマンスタールの改作の手法を分析するものである。『エレクトラ』は、「若いウィーン」の思潮やギリシア劇のドイツ語新翻訳の出版、ギリシア劇上演の復興、演出の重要性の高まりと演出技術の発展など、世紀転換期における思想や上演環境の変化の影響を受けて生み出された。これを顧慮すると、改作劇『エレクトラ』は、ソフォクレスの『エレクトラ』やそのドイツ語の既訳、ヒステリー研究を始めとする当時の新しい研究書などホーフマンスタールが改作にあたって取り扱ったテキストに関わる「読みのレベル」と、新しい上演技術の使用や上演に携わる様々な芸術家たちとの交流に関わる演出の実際的な領域「上演のレベル」という、二つのレベルが相互に作用する力学を内包して成立していると言える。二つのレベルの力学の関係は、伝統との繋がりの再構築と上演の効果が高い本格的な演劇の創作というホーフマンスタールが直面していた課題を収斂するもので、ここにホーフマンスタールの創作全体における改作劇執筆の意義を探る。

井戸田総一郎先生

鴎外のシュニッツラー翻訳

 

【報告要約】

 

 

2016
5
20

清水勇樹

よみがえる過去チャールズ・ラム『エリア随筆』における

都市生活と遊歩者的想像力

Animating Still Life – urbanism and ‘flâneurly’ imagination in Charles Lamb’s Essays of Elia

 

【報告要約】本発表では、チャールズ・ラム (1775-34) よる随筆集『エリア随筆』を取り上げ、ロンドンの都市空間を歩きながら過去を振り返る語り手の想像力が、同時代のロマン主義のみならず、ベンヤミンの提唱する「遊歩者」の思想にも通じることを指摘した。ロンドンに生まれ育ったラムの想像力は、周囲の無機物を観察し、そこに活き活きとした図像を付与する自身の視線に注目したことを特色とする。とりわけ『エリア随筆』中の一編『南洋商会』では、自身も勤務していた南海会社を題材に、過去の体験と、その過去からの懸隔に基づいた「私的な」歴史を語る体裁を取っている。ベンヤミンは、遊歩者の一見無目的な街歩きの視線に注目し、個人の私的な想像力で語られる歴史を、公的な権力から逸脱した歴史観として評価している。変化の激しい近代都市なればこそ、社会に対する個人の帰属意識も曖昧になり、現実と虚構、あるいは公の歴史と私の歴史との境界を攪乱し得たのではないか。

木村愛美

谷崎潤一郎「人魚の嘆き」論

 

【報告要約】

 

野田 学先生

忘却の痕跡:蜷川幸雄の『リチャード二世』、そして2015年の《声》をめぐる演劇

 

【報告要約】

 

 

文化継承学・合同授業

 

527

池田 喬先生

人間と非人間の境界を越えることについて:「人間の尊厳」を再考する

On Crossing the Line between Human and Nonhuman: Human Dignity Reconsidered

 

【報告要約】

西洋思想の伝統において、人間は、哲学的には「ロゴス(言葉、理性)をもつ動物」として、神学的には「神の似姿」として規定され、その他の生物に対する特別な優位が与えられてきた。「人間の尊厳」という道徳上の重要概念も、人間は、石、虫、動物などと同じように処遇されるべきではなく、特段の配慮を要する、という思想を含んでいる。

 他方、現在では、人間と動物のハイブリッド、人間と機械のキメラの存在(可能性)が話題になり、人間と非人間の境目はかなり曖昧になっている。のみならず、工場畜産や環境破壊などに顕著であるように、ロゴスをもつ動物の歴史的成果物であるはずの科学技術が、人間以外のいのちに与える(負の)影響は甚大であり、道徳的配慮の対象を人間(ホモ・サピエンス)だけに限定する従来の発想は、悪しき人間中心主義として絶えざる挑戦を受けている。今や、道徳的コミュニティを人間のあいだだけの共同体として構想することを止め、人間と人間以外の生物やクリーチャーの間の境界を越えることが現代の道徳哲学には求められているのだ。もしそうだとすれば、「人間の尊厳」という伝統的観念はその障壁にしかならないように見える。

 このレクチャーでは、まず、こうした思想史的背景を説明した上で、人間と非人間の越境のために「人間の尊厳」概念を古風な神学的・形而上学的概念として葬ろうとする功利主義者の考え方(ピーター・シンガー、ジェフ・マクマハン)を紹介する。その上で、マーシャ・ヌスバウムやエヴァ・キテイとともにこれに反撃したい。私の主張は、たしかに、人間と非人間の間の境界を越えることは必要であるが、その越境自体についても道徳的な正当性が求められるのであり、正当な越境がなされるのは、「人間の尊厳」の概念を葬ることによってではなく、逆にこの概念を道徳的思考の中心に据えることによってだ、ということである。

井上和人先生

日本古代の糞尿処理

Disposal of excreta in ancient Japan

 

【報告要約】

人間生活の基本的要素の一つである排泄行為とそれに伴う糞尿処理の実態については、尾籠かつ秘匿すべき事柄であるだけに、民俗学、歴史学の対象としては、あまりに些末事であると思われたからであったか、また、それゆえに記録として残されることがきわめて稀有であったからなのか、ごく一部の好事家の関心を引いてきたものの、従来積極的にとりあげられることが少なかった。

 ところが、今年、全国各地で進展している考古学的発掘調査を通じて、都市遺跡や都城遺跡、城館遺跡などで便所と密接な関わりがあると判断される遺構が確認される事例が蓄積され、その時代性や地域性などが議論の対象となりつつあり、生活文化の欠くべからざる分野としての関心が深められている。また糞便に由来すると考えられる埋没土壌の光学的解析の成果として、往時の食生活や衛生状況などの実態も解明されつつある。

 そうした中で、本報告では、日本古代−7世紀から9世紀にかけての時期−に属する便所とされる遺跡・遺構について、発掘遺構つまり考古学データの正当な評価のありかたという観点に立って、再検討を試みるとともに、排泄処理の実態が、通説とは異なることを示す。

 また、日本古代史の解明に多大な役割を果たしている出土木簡について、遺跡−地中−にあって腐失することなく遺存し、こんにち発掘されえたのは、古代の排便行為と密接な関わりがあったが故のことであることも、あらためて強調する。

 

 

 

610

小磯隆広

『英米』から『米英』へ−昭和戦前期日本の対外認識の一断面

From Britain-United States to United States-Britain: The foregin recognition by Japan in the early Showa era

 

【報告要約】

本報告では、満洲事変直後から太平洋戦争勃発直前にかけて、日本の軍部(陸海軍)や外務省が作成した政策文書における国名の記載順の変遷を手がかりとして、それら組織の対外認識、とくに対英・対米認識の一端を考察する。

満洲事変直後から1930年代後半にかけて、軍部や外務省が注意を払っていたのは、英国の存在であり、米国はその次に位置付けられることがしばしばであった。それは、東アジアに大きな権益を持つ英国の動向が日本の対東アジア政策に大きな影響を及ぼすと考えられたからである。しかし、日中戦争の進展や第二次世界大戦の勃発などにより、英国の東アジアに対する影響力が弱まるようになると、米国が英国に代わっていった。そのため、軍部や外務省は対米政策の確立に迫られるようになるのである。

徳重 豊

1860年代在露ブルガリア人民族再生運動家の言論活動:新聞『日』におけるライコ・ジンジフォフのスラヴ民族論

Bulgarian national revivalists and their journalistic activities in Russia during the 1860s

: Rayko Zhinzifov on the Polish Uprising in 1863.

 

【報告要約】

19世紀のブルガリア民族再生運動は、政治的にはオスマン帝国、文化的・宗教的にはギリシア人(特にファナリオット)に対抗するものとして発展していった。従来のブルガリア史学では、民族再生運動の担い手の内、武力による蜂起・闘争を主導した革命派/青年派が注目されてきたが、本報告では従来革命派の影に隠れてきた列強の外交による運動目的の達成を志向した穏健派/長老派の知識人の中から、ジャーナリスト・詩人であったライコ・ジンジフォフ(Райко Жинзифов,1839-77)の言論活動を紹介する。1850年代にロシアに留学したジンジフォフは、同国の汎スラヴ主義者たちと交流し、1860年代からは後者の言論の拠点となった新聞『日』の寄稿者・編集者の一員となった。1863年にポーランド蜂起が勃発すると、『日』の編集部がポーランド人とそれに賛同するスラヴ人を批判する中、ジンジフォフは南スラヴ諸国のメディアを用いて、ロシアへの支持を表明すると同時に、同蜂起によりブルガリアの解放を含めた東方問題の注目の必要性をロシア世論へ訴えたのであった。

豊間梨乃

アメリカのシェイクスピア俳優エドウィン・ブース(1833-1893)について

コリー・シバー版『リチャード三世』との関わりの中で

A study on an American Shakespearian actor Edwin Booth (1833-1893)

about a relation of Cibber’s Richard the third

 

【報告要約】

エドウィン・ブースは、シェイクスピアの作品において、ハムレットを初めとする数多くの役で人気を博し、世界的な名声を得た最初のアメリカ人俳優である。彼は、1864年から1865年にかけて、ウィンター・ガーデン劇場において『ハムレット』の百夜連続公演を成功させており、その演技は「暗く悲しく、それでいて詩的で哀愁を帯びたアメリカのハムレット」と評された。

アメリカを代表する俳優として名を馳せたエドウィン・ブースの演技スタイルの特徴を明らかにし、そして、王政復古演劇を代表する俳優で劇作家のコリー・シバーが改訂し、シェイクスピアの原作に代わって150年以上に亘って上演されることとなった、シバー版『リチャード三世』との関わりを検討し、ブースが自身の改訂版である通称『Prompt Book』を発案、上演するに至るまでの経緯を辿ることで、シバー版の価値の再検討の一助とする。

 

 

 

624

鬼山曉生

逆オリエンタリズム:ハーンの『心』における「日本」の発明」

Counter-Orientalism: The Invention of “Japan” in Hearn’s Kokoro

 

【報告要約】

ラフカディオ・ハーン(Lafcadio Hearn)の随筆集『心』(Kokoro, 1896)において、先行研究があまり扱わなかった一面を取り上げる。

本作は、精神的(幻想文学的)日本の真実を描いたと評されてきたが、ハーンの日本像は歴史学・民俗学のそれと相異なる点も見られるもので、西洋思想具体的には英語圏(Anglosphere)の反近代主義、特にオクシデンタリズム(逆オリエンタリズム)に基づいていると思われる。

『心』には、西洋を否定的前提として非西洋(東洋)を肯定する傾向がある。その例は、フランス人画家ギュスターヴ・ドレへの言及にある。それは換言すれば、客観的・科学的に調査した過去よりも、情緒的に味わい深い過去を記述/創作するハーンの傾向であり、その開始期は「伝統」が大量生産された1870年代と重なる。『心』でのオクシデンタリズムの提起による、伝統的東洋の発明は、近代化/西洋化の産物と言えよう。それはハーン特有ではなく、当時のオクシデンタリズム的表象や近代化の推進の表れではないだろうか。

アリス、パッハー

現代日本の男女関係産後クライシスについて

 

【報告要約】

 

張 愛眞

一つの桔梗・二つの桔梗山田詠美「桔梗」論

 

【報告要約】

 

 

 

78

金子佳高

芥川龍之介「秋」評価のための前提の考察―大正78年の文壇におけるリアリズム提唱論概観

 

【報告要約】
 

 

テキ イチケイ

志賀直哉「矢島柳堂」論−東洋的世界観•宗教観の一考察−

 

【報告要約】

 

内田裕太

川端康成「むすめごころ」の諸相

 

【報告要約】
 

 

宮越 勉先生

座談会「歓楽極まりて哀情多し」について(太宰治・坂口安吾・織田作之助による)

 

【報告要約】

 

 

 

722

武藤翔太

統合型HTP法の臨床心理学的研究解釈法および有効なフィードバック法の検討を通して

A study of clinical psychology about Synthetic House-Tree-Person test ―Through examinations of interpretation and effective(collaborative) feedback―

 

【報告要約】
 
心理査定法の一つにA4の画用紙に「家と木と人を入れた一枚の絵」を描いてもらう統合型HTP法(Synthetic House-Tree-Person test;以下,S-HTP)がある。その施行の簡便さや臨床応用にしやすさから医療や教育現場で実践・研究が多数報告されているものの、その解釈法やフィードバック法に関しては事例研究が中心であり、未だ十分に基礎的な研究がされていない。本研究では@S-HTPで問題となる「簡略化表現」や「統合性の判定」の再検討 A2枚実施法および彩色を交えた新たな実施法・解釈の提案 B:@とAに鑑みたS-HTPのフィードバック法の開発(治療的アセスメント) C健常者および臨床群での事例研究、と量的・質的研究を交えた4点からS-HTPの心理査定面のみにとどまらない心理療法的効果の検討を行う。このことにより、S-HTPの臨床応用の幅がさらに広がり、S-HTPが備えている査定即治療という面が明らかとなる。

 

矢島國雄先生

我が国の博物館創設事情について

 

【報告要約】

 

根本美作子先生

プルーストの読者、三島

 

【報告要約】

 

 

 

 

 

930

内田裕太

昭和1112月の<女景>―川端康成「夕映少女」の射程―

 

【報告要約】

 

 

豊川浩一先生

18世紀ロシアの民主運動における古儀式派―プガチョーフ叛乱研究に寄せて

 

【報告要約】
  

 

 

1014

テキイチケイ

志賀直哉の「城の崎にて」について

 

【報告要約】

 

 

金子佳高

芥川龍之介「馬の脚」論―中流、中国、語り

 

【報告要約】

 

宮越勉先生

所謂「私小説」をめぐる断想−−志賀直哉の場合、その一斑−−

 

 

 

 

1028

豊間梨乃

続・アメリカのシェイクスピア俳優エドウィン・ブース(1833-1893)について―ブース劇場の存在を中心に―

A study on an American Shakespearian actor Edwin Booth (1833-1893) (continued)

about the effect of Booth’s Theatre―

 

【報告要約】
 
エドウィン・ブースが、シバー版『リチャード三世』からシェイクスピアの原作への回帰を目指し、『Prompt Book』を上演する際に念頭に置かれていたのが、ブース劇場である。

19世紀の前半に作られた建築上の発達やそれと同時に進化していた演出法における技術的な進歩の全てを組み入れた劇場」と称されるブース劇場は、186923日に、ニューヨークの23番通り6番街に『ロミオとジュリエット』の上演で幕を開けた。ブースが芸術のための殿堂とすることを意図した劇場は、この時代の先駆的な革新が随所に施されていたが、1873年に財政的な困難によりブースの手元を離れ、1883年にはその存在を完全に消した。それでも、この劇場においてなされた革新は、その後の様々な国の劇場でも独自の変化を持って取り入れられていくこととなり、この劇場の存在意義は大きい。そして、ブースの演技を分析する上でも切り離せない重要な存在であると考え、その分析の一端として取り上げる。

 

阪東知子

ホーフマンスタールとラインハルトの共同作業における『オイディプス王』

 

【報告要約】

 

鬼山曉生

『知られぬ日本の面影』におけるハーンの家族国家観

Hearn’s View of Family-State in Glimpses of Unfamiliar Japan

【報告要約】

ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の紀行文『知られぬ日本の面影 (Glimpses of Unfamiliar Japan) (1894) は日本を肯定的に描いているが、同時期の書簡には西洋賛美や日本への嫌悪も見られる。ハーンの好意の対象としての日本は、思索よりも血筋や本能に根ざす神話的家族国家であり、その母、父、虫の要素に注目して検討する。

『面影』の日本は各所で、女性性そしてハーンの母国ギリシャの神話との類似性が強調され、彼にとっての母権/母国の代替と読める。しかし同時に、日本には神道・仏教の文脈で父権も見出されている。父なる天皇を戴く日本は、軍事力の高い侍の国であり、かつ日本人は宗教的父権である仏性をも備えている。その天皇もまた、女王蜂/蟻に喩えられる両義的存在で、日本人の無意識的/非思考的忠誠は、昆虫の本能のような進化の結果である。これについてのハーンの論拠は、生物から宇宙までをも統一的に認識する、スペンサーの社会進化論という《科学》にある。

以上を踏まえると、『面影』でハーンはまず日本の土台を神話的な母権とし、さらに父権的権威や本能的結束力をも加えて補強している。そこには、強大な指導者である《虫の女王》/天皇の下で、葛藤もなく本能に従う強固な《家族》像がある。

 

 

 

1118

張愛眞

1985年、その「美味しい」恋愛へようこそー山田詠美『ベッドタイムアイズ』論ー

 

【報告要約】
   

 

小磯隆広

荻外荘と近衞文磨

Tekigaiso and Fumimaro Konoe

 

【報告要約】
本報告では、昭和戦前期に首相を3度つとめた近衞文磨の別邸「荻外荘」の日本政治外交史における位置づけを考察する。

近衞は「館政治」を当然視し、それゆえ、荻外荘では重要な会議や会合が多く開かれた。戦前期には、閣僚の人事や内閣の進退はもちろんのこと、たとえば、日中和平工作(1937年12月)、保険社会省設置問題(37年12月)、独伊との提携強化および東南アジアへの積極的進出(40年7月)、大政翼賛会の中央人事(40年8月)、日米交渉の重要案件の1つである日本陸軍の中国駐兵問題(41年10月)などが閣僚らとの間で話し合われた。また、終戦直後、近衞は荻外荘において憲法改正草案を作成した。 

このように、昭和期の政治外交の転換点となる重要な会議が開かれるなど、荻外荘は宮中や首相官邸と並んで日本政治の一中心地であったといえる。

徳重豊

1850年代ロシアにおけるファルメライアー論争:在露ブルガリア人による民族再生運動の一断面

 

【報告要約】

 

小島久和先生

フランス文学史の授業実践報告

Sur la chanson de geste et le troubadour

 

【報告要約】
今回はフランス文学史の授業で使った資料に基づいて、「武勲詩」と「トルバドゥール」をテーマにして説明する。

 「武勲詩」では「ロランの歌」を取り上げて、先ず11世紀後半の十字軍派遣の時代を反映する内容から説明する。しかし、フランス文学史の「公式な説明」から離れて、作品を詳細に読むと、「ロランの歌」が誤ったイスラーム社会像の流布に加担していることがわかるので、このことについても説明する。

 「トルバドゥール」では代表的な詩人達の作品を部分的に引用して、文学的表現である「至純の愛」がどのようなものであるのか説明する。また、「トルバドゥール」の活動を支えた南仏社会がアルビジョア十字軍によって崩壊したことに関連して、カタリ派の異端審問記録を新たな視点から研究した『モンタイユー』にも言及する。

 

文化継承学・合同授業

 

1125

鄭雨峰先生高麗大學校

朝鮮通信使の来日と文化交流 : 1711年朝鮮通信使を中心として

Korean Diplomatic Missions to Japan: Aspects of Cultural Interchange between Korea and Japan

 

【報告要約】

庶子出身という身分的制約を抱いていた李東郭(イドングヮク)は、1711年の朝鮮通信使の派遣をきっかけに、江戸の知識人とさまざまな分野にわたって活発な交遊を結んだ。李東郭は江戸の知識人ら(特に雨森芳洲)に出会って詩文唱和や筆談交換以外にも、江戸学者編纂の書籍に序文を書くなどの交流活動を行った。こうした彼の日本での活動は日韓知識人の文化学術交流の範囲をさらに拡大する道をつけた。李東郭の通信使としての活動やそれに伴う作品成果は、両国の知識人の学術文化交流がより拡大される時代の流れに相応した結果といえるだろう。

林詠能先生(國立臺北教育大學)

台湾の博物館――最近の様相――

Recent Aspects of Taiwan’s Museums

 

【報告要約】

台湾初の博物館が開設されたのは1882年。その後初の公設博物館が1902年に作られ、植民地政府により18の文化施設が創設された。戦後、緩やかな発展を遂げてきた台湾の博物館は、1965-80年にかけて台湾独自のアイデンティティ形成に寄与することとなる。1980年代には、教育省の科学教育促進のために大規模な博物館が複数創設され、台湾における博物館の発展は黄金期を迎える。その後、都市部のみならず地方における博物館創設が盛んになり、2010年代には再び政府により大規模博物館が創設されるに至って、新たな黄金期の到来を見ることもできるだろう。本講演では、台湾における博物館の歴史、現在の状況、訪問者の動向、台湾独自のアイデンテンティをめぐる博物館政策、ならびに新規テクノロジーの積極的な活用などを紹介することで、台湾における博物館の現在を論じる。(林先生講演概要文責:野田)

 

 

129

武藤翔太

統合型HTP法の統合性の判定を困難にさせる要素に関する検討

 

【報告要約】

 

 

出縄祐介

Andreas Baumgartnerについて

Über Andreas Freiherr von Baumgartner – Ein kurzer Überblick –

 

【報告要約】
 本発表は、Andreas (Freiherr von) Baumgartner (1793-1865)の生涯を概観し、彼がAdalbert Stifterに与えたであろう影響を考察する。Andreas Freiherr von Baumgartnerは、1793年にボヘミアのFriedberg に生まれ、1810年からウィーン大学にて数学並びに自然科学を収めた。1815年から1817年まで、同大学の哲学学部の助手として勤め、1817年から1823年までOlmütz にあるLzyeumにおいて物理学を教える。この期間に彼は、本発表で取り上げる „Naturlehre“(『自然学』)を執筆している。Baumgartnerは、1823年よりウィーン大学の物理学教授として招聘された。Baumgartnerの『自然学』や彼の論文『自然における大きいものと小さいもの』、そしてA. Stifterが大学時代に受けたBaumgartnerの講義は、Stifterの思想形成にきわめて大きな影響を与えたと言える。佐原(2001)が述べているように、Stifter文学、特に彼の(二元論的な)世界観を読み解くためには、今後、自然科学の分野まで視野を広げる必要があるであろう。

神山彰先生

折口信夫と近代歌舞伎

Orikuchi Sinobu and Modern Kabuki

 

【報告要約】
 近代は、内面的な価値観が優位に立つ時代である。元来目や耳で、時には鼻で感じる演劇の世界でも、立派さや美貌、声という身体的魅力より、「性根」「肚(はら)」が重視され「内面的演技」が評価される。「解釈」さえできれば、全く「仁(にん)」にない役でも演じる事ができてしまう。

 折口信夫の歌舞伎論を読む魅力は、そういう近代的価値観への異論を満喫する所にある。というより近代―反近代という、二項対立思考を突き崩す所にある。

折口は難しいことを言うのではない。官能的な目で見、耳で感じ、陶酔と悪口を語るのだ。役者の「肌自慢」「押出し」「容姿」「貌(かお)」「悪声」への偏執、「解釈力より表現力」という評価。それが近代的価値への批評なのが、その歌舞伎観の真髄である。

折口は近代的解釈をするなというのでなく、解釈を身体を通して行うのが演劇なのを知っていた。外面に現れなければ、見えもしない「解釈」を信用しなかったのである。

 

 

2017

113

 

 

 

【報告要約】
 

 

 

 

 

【報告要約】

 

 

 

 

 

2015年度はこちらよりご参照ください。

2014年度はこちらよりご参照ください。

2013年度はこちらよりご参照ください。

2012年度はこちらよりご参照ください。
2011
年度はこちらよりご参照ください。
2010
年度はこちらよりご参照ください。

2009年度はこちらよりご参照ください。

2008年度はこちらよりご参照ください。

2007年度はこちらよりご参照ください。
2006
年度はこちらよりご参照ください。
2005
年度はこちらよりご参照ください。

 

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