追悼・大津波の被災者



 日本でも、連日、インド洋で起こった大津波についての報道がされていると思います。イギリスでももちろんそうで、今日のところでも、テレビのニュース時間の半分は、大津波に関連した報道にあてられています。私もテレビのニュースを見たり、イギリスの新聞を読んだり、インターネットで日本の新聞を読んだり、していました。

 そして、今日になってわかったことですが、私がお世話になっているSOASの教員にも、直接の被災者がいました。経済学を教えている女性の先生のご家族です。スリランカでの被災です。本人も被災し、かろうじて助かったのですが、自分の両親、夫、2人の子供は、なくなってしまいました。ご本人の悲嘆は察するにあまりあります。クリスマス休暇を利用した「里帰り」だったのでしょうか。それとも、単に旅行だったのでしょうか。詳しいことはわかりません。先ほど、SOASの学内ネットで悲痛なニュースが簡単に配信されただけです。

 BBC1のテレビのニュースで、アンカーをつとめる1人も、数日前からスリランカに出張し、現地レポートをしています。その、おそらく最初のレポートでは、「ここが私の祖父母の家があったところです。しかし、津波の後のいまは、あとかたもありません。」というものでした。この人はきれいなイギリス英語をはなし(アンカーだから当然ですが)、イギリス生まれか、ごく小さいときにイギリスに来たのだと思います。私と同じくらいの年輩です。子供のころ、祖父母の家に「里帰り」をしたことがあったのでしょうか。

 ニュースが大津波がらみの報道になるのは、たとえば最近では、ブレア首相とブラウン蔵相(日本風にいえば、です)の不仲についての報道です。ブラウンの方が国会議員としてはブレアの先輩で、新人議員のブレアの面倒をみていて、2人は親友といわれていました。ブラウンが労働党党首の本命だったのですが、10年ほど前の党首選で、ブレアが先に立候補したために、争いを避けるために立候補せず、ブレアに党首の座を譲りました。その後の総選挙でブレア労働党は大勝し、ブレアは首相になりました。ところが最近の報道によると、イラク参戦批判で弱気になったブレアは、次期総選挙前にブラウンに首相の座を譲るとの約束を内々にしていたが、この約束を昨年6月にブレアが反故にして、次期総選挙後も首相をつづけるといいだしたため、両者の間は冷たくなったそうです。最近では、両者は「さやあて」発言の応酬のようなことをしています。これをみた保守党のハワード党首は「まるで子供のけんかだ。大津波の被災者対処など、やらなければいけない仕事はたくさんあるのに。」と批判しています。このように、大津波に関連させた発言や報道が多いように思います。

 津波は、イギリスでも「Tsunamiツナミ」と呼ばれています。これは国際語になっているとかつて聞いたことがありましたが、そのとおりです。イギリスでは、これがもともとは日本語だということを知らない人が多いようです。