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合田正人教授

 「合田」と書いて「ゴウダ」と読みます。関西出身の方々にはそれほど珍しい苗字ではないでしょうが、関東に来ると「アイダ」と呼ばれたり、体型も影響し ているのでしょうか、ジャイアン剛田の「剛田」または「豪田」と思われて、恐そうな名前ですねと言われたこともあります。「アイダ」も気に入っています。 ですが、一応「ゴウダ」と呼んでください。「讃岐うどん」で有名な香川県の西部、瀬戸内海に面した多度津(タドツ)という小さな港町で育ちました。弘法大 師の善通寺や金比羅山の近くです。「合田マリン」というのが実家の仕事です。四国にお出かけの際はぜひお立ち寄り下さい。小学5年のときビートルズが解 散、それからはロックの全盛期でした。海外への憧れはきっと音楽を通じて培われたのでしょう。高校をさぼって連絡船に乗って大阪、名古屋、広島とコンサー トに出かけました。夜行を乗り継いで港に着き、始発の連絡船で帰宅してから登校。今も、その頃の情感を表現しようと努めているような気がします。大学に 入って、ギターを書物に取り替えました。それまでの読書経験があまりにも貧弱だったので、逆に手当たり次第に読みました。サルトルなどを読み始めたのは 19歳頃。その時、恩師の鈴木道彦先生に出会いました。2年生の講読で「きみは半過去も知らないのか」と呆れられたのを覚えています。修論審査では14を quatrièmeと書いて伝説の人となりました。それにしても、幸せなことに、故足立和浩先生、野沢協先生と、本当にスゴイ先生たちにシゴカレました。 フランスには25年前に初めて留学しましたが、フランス語能力のあまりの低さゆえに、最初は難儀しました。でも、忘れがたい滞在でした。その後、琉球で新 米教師になり、好奇心の磁石が指す方位に気ままに「哲学と文学のあいだの小径」を散策してきました。主に、レヴィナスやジャンケレヴィッチなど19-20 世紀のフランス・ドイツの哲学思想、スピノザ以降の近代ユダヤ思想と係わっています。近年は精神病理学の分野を彷徨ってもいます。それにしても、なかなか いい仕事はできませんね。1957年生れですから、知らない間に52歳(酉年)になってしまいました。O型、水瓶座。相模川の近くで、家族三人(息子二 人)、三匹のパピヨン犬(雌)と住んでいます。よく酒を呑みます。神保町の居酒屋で呑んでいるのを見かけたらどうぞ声をかけてください。


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