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小島久和教授

 小さい頃から古いもの好きで、小学生から中学生にかけて縄文土器や石器の収集に夢中になりました。近くの畑や切通しで縄目模様の土器片はもちろんのこ と、棒で引っかいたものや、ニキビのようにポツポツと表面が盛り上がったもの、さらには縄文人の指紋がついたものなどを集めました。あの頃の情熱が持続し ていたら、別の職業に就いていたかもしれません。しかし、今でも縄文時代への関心は残っていて、三内丸山遺跡や尖石遺跡・井戸尻遺跡などを訪れたときに は、土偶を見てゾクッとしましたし、動物の描かれた土器を見て縄文人の宗教に思いを馳せました。
 この古いもの好きはフランス文学の好みにも反映したようで、私が興味を持ったのは16世紀の文学作品でした。そのきっかけになったのがフランソワ・ラブ レーの『ガルガンチュアとパンタグリュエル物語』という作品で、岩波文庫版を大学1年生の夏休みに読み、フランス・ルネサンス期の知識人が抱いていた哲人 王の理想や新時代の文化形成への熱情を感じたように思いました。次にミシェル・ドゥ・モンテーニュの『エセー』を読み始めましたが、20歳前半の私には難 しく、30代になってようやく内容が分かるようになりました。
 私が文学作品を読むときに注意していることは、語り手(作家)への質問を欠かさないということです。辞書で単語の意味を調べて文章の内容を理解するだけ でなく、「いったいこの文章は何を言いたいのだろうか」とか、「なぜこの意味の単語を多用するのだろうか」いう質問を投げかけて、文章の意味を段落全体あ るいは作品全体で把握するようにしています。なぜこのような読み方を心掛けているかというと、作品全体を通じて語り手(作家)のメッセージを確認したいと いう気持ちがあるからです。
 文学作品を読むという行為は、いつも楽しいことばかりではありませんが、皆さんと一緒に「これはどういう意味だろうね」と言いながら、作品を読めたらいいなと思っています。


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