「変則的体験」と「解離性体験」


 超自然的体験ないし変則的体験
 古今東西、世界の各地にシャーマンや呪術師という人たちが存在し、占いをしたりお祓いをしたりしてきた。神様や幽霊にかんする神話や伝説もたくさんある。そのような、自然界や人間界を超えた現象や存在のことを、総括して超自然現象といったり、心霊現象といったり、超常現象といったり、あるいは変則的体験といったりする。このような現象は、古代社会や未開社会だけに残っているというわけでもなく、近代化された都市社会でも、それが文化的な制度になっていないだけで、じつは意外にふつうにみられる。
 たとえば、幽霊が存在するとか、未来が予言できるのかといったことは、それぞれの現象ごとに、それが客観的な事実であるのかどうかを調べる必要があり、それぞれの現象ごとに、肯定的な結果や否定的な結果が得られている。しかし、たとえ客観的には幻覚であることが明らかになっても、たとえば幽霊を見たという主観的な体験は、そのレベルでは事実であり、それがどのような心理現象であるのかということは、探求するに値する。

 変則的体験群の内部構造
 変則的体験というものは、じつのところ「変な体験」という程度の、あいまいかつ消極的に定義されたカテゴリーであり、変則的体験と呼ばれるいろいろな体験が、ひとつの同じメカニズムから起こっているのか、それともいくつかのグループに分類されるのか、研究は進んでおらず、はっきりしたことはわからない。しかし、メカニズムの問題は別にしても、どんな人がどんな体験をするのか、たとえば、金縛りにあいやすい人は幽霊を見やすいかどうか、といった統計的な傾向だけなら、表面的な調査だけからでも明らかにできるはずだ。

 精神医学的モデル
 変則的体験は、精神病理モデルを援用して説明されることが多い。変則的体験群と関連するであろう疾患としては、統合失調症(精神分裂病)(とくに陽性症状)、てんかん(とくに側頭葉てんかんに伴う精神障害)、いわゆるヒステリー(解離性障害、転換性障害など)などが挙げられてきた。とりわけ近年注目されているのは解離性障害である。これは、解離性障害(と現在名づけられている疾患群)自体がここ半世紀ほどの間に北米圏を中心に増加してきたことによるところが大きい。解離性障害の度合いは、解離性体験尺度という自己申告制の質問紙によって見当をつけることができるので、これをひとつの軸としてそれぞれの変則的体験との相関関係をみていくという道筋がひとつの可能性として考えられる。
 もっとも、ある変則的体験と解離性体験の間に相関が見られたからといって、即、その体験が精神病理であるということにはならない。生理的、解剖学的な背景があったとしても、それが「病」と認識されるかどうかは、その文化の中で当事者がどれほど適応困難を感じているかという文化的な要因によるところが大きいからである。そして、あるていどの解離は、われわれの文化の中ではむしろ正常なことと見なされる。たとえば、過去の経験を忘れずにすべて覚えていたり、どんな状況でもまったく人格が変化しない人がいたとすれば、そのほうがむしろ生きにくくなってしまうだろう。また、現実とは違う架空の世界をつくりあげ、そこで物語を構築したり、劇中の登場人物になり切って演技する能力などは、むしろ創造的とさえいえる。
 そもそも解離性障害(とくに解離性同一性障害(多重人格))がなぜ近年になって北米圏の女性に偏って増加しているのか、その原因は小児期の(とくに性的)虐待が多いと言われているが、それがまた近年の北米圏の女性に偏って増加しているというとは考えにくく、この疾患自体が一種の「文化結合症候群」である可能性が高く、比較のための普遍的な軸にはなりえないかもしれない。

 事後効果ないし世界観
 かりに多くの変則的体験が幻覚や妄想であり、客観的現実とは無関係であったとしても、なおそれが注目に値するのは、それらの経験が興味深い人生観や世界観の変容をもたらすことが多いからで、むしろこの側面からの研究はもっと注目されてもよい。たとえば典型的なものに臨死体験がある。臨死体験者の多くが人生観の変容を報告している。外面的な成功よりも内面的な充実が、競争よりも協調が重要だと思えるようになり、人生がより生きやすくなるという。もっとも、良いことばかりではなく、たとえば世界は終末に向かう運命にあるとか、邪悪な力に操られているとかいった、被害妄想的、運命論的な世界観が事後効果として色濃くあらわれることもある。これらは伝統的な宗教的世界観の中にも見られるものだが、それと個々の変則的体験との関係についてもまだ詳しいことはわかっていない。


















超自然的体験に関する質問紙








[参考]
トラウマと解離性精神障害
赤城高原ホスピタル
(日本語で書かれた一般向けサイトとしてはかなり充実した内容です)
(2004/2547-09-28 蛭川 立