オセアニア Oceania

 南島の茶道 −カヴァの伝統と現在− (1)

■それぞれの文化にはそれぞれの伝統に根ざした嗜好品があり、それぞれの文化の中で象徴的な役割を果たしている。オセアニアの場合、西部ではビンロウジュAreca catechu )が、東部ではカヴァPiper methysticum )がそのような植物として使用されている。

ビンロウジュの実
(ミクロネシア・ヤップ島)

■ビンロウジュの実には貝殻を焼いてつくった石灰をかけ、キンマ(Piper betle )の葉でくるんで噛む。アレコリンという興奮剤の作用によって眠気やだるさがとれる。興奮剤は世界中で広く使用されているが、われわれにもっとも身近な例を挙げるなら、コーヒーを飲む感覚に近いかもしれない。

■ビンロウジュの実がどちらかといえば日常的な嗜好品であるのにたいし、いっぽうのカヴァはもっと儀礼的な植物として認識されている。コショウ科の草本で、根にカヴァラクトンと呼ばれる一群の脂溶性物質が含まれており、酒のように心身をリラックスさせるが、むしろ感情は平穏になり、感覚は敏感にさせるという独特な向精神作用を持っている。カヴァを飲むと人は静かな感覚の世界にゆっくりと入り込んでいく。「酒は人間を乱暴にさせる気違い水、カヴァは人間を落ち着ける平和の水」だと人々は言う。カヴァは人間と人間、人間と自然、人間と超自然との距離を縮める役割を果たしている。

カヴァ(シャカオ)の根
(ミクロネシア・ポーンペイ島)

■カヴァに似た作用を持つ嗜好品をわれわれの文化の中で探すのは難しいが、その根から茶を点てる、静かな格式ばった「点前」は、意外にも日本の茶道によく似ている。

■カヴァ茶の点てかたは島によって少しずつ違う。ミクロネシアのポーンペイ島の場合、掘り起こしたシャカオ(カヴァ)の根を玄武岩の叩き台の上で、川の水とともに細かく砕き、ハイビスカスの樹皮でくるんで茶を絞る。カヴァラクトン類は水に溶けないので、ハイビスカスの樹皮のとろみ成分が沈殿を防ぎ、また口当たりをやわらかにする役割を果たしている。

絞ったシャカオ茶をココナツの茶碗で受ける。(ミクロネシア・ポーンペイ島)
【写真をクリックすると動画が再生されます】

■ポーンペイの社会ではシャカオの茶会は特別な意味を持っており、結婚式、収穫祭など、約30種類の儀礼で茶会が催されることになっているほか、かつては王の怒りを鎮め、家庭内のいざこざを収めるためにも使われたという。

■総じてオセアニアの社会は長幼の序、男女の区別を重んじる社会であり、シャカオの儀礼でも茶を回し飲みする順序が重要な意味を持っている。身分や年齢の高いものが先、低いものが後、男が先、女は後である。この雰囲気も日本の茶会に似ている。そして、あくまでも男が中心の世界であるところが、むしろかつてのサムライたちの茶道文化を想い起こさせる。

■カヴァがいつごろの時代からこのように飲まれていたのかははっきりしない。シャカオの根をかじって良い気持ちになっているネズミを見た人間が、その真似をして根を水に溶いて飲むようになった、という伝説がポーンペイには語り継がれている。また他の島には、大母神であるウナギの身体からカヴァなどの栽培植物が発生したという、ハイヌウェレ型の神話も伝えられている。

ナン・マトル遺跡の神殿跡に残されたシャカオ叩き台

■11〜15世紀ごろに栄えたポーンペイ島のシャウテレウル王朝の都、ナン・マトル遺跡の王の住居跡や神殿の跡地などからは、多数のシャカオ叩き台が発見されており、少なくともその時代には、すでにシャカオ茶がポーンペイ社会で重要な儀礼飲料となっていたことを示唆している。

■その後カヴァを飲む習慣は、多くの島でキリスト教のミッションや植民地政府によってによって禁止された。オセアニアの島々が次々と独立国家を形成し、民族意識が高まる中、現代はふたたびカヴァのリバイバルの時代を迎えている。

(→南島の茶道(2)につづく)

(2005-10-17修正/文・映像:蛭川立)
TOP> オセアニア> カヴァの伝統と現在(1)