オセアニア Oceania


交換が作る社会 −ミクロネシア・ヤップ島の「原始」貨幣経済−

■ミクロネシアのヤップ島は、ミクロネシアの中部に位置する人口7000人ほどの小さな島で、大多数の住民はオーストロネシア系の先住民である。(ただしヘスペロネシア系かオセアニア系かは不明。)

タロイモ畑で働くのは女の仕事とされる

■弱い雨季と乾季の交代があるものの、年中温暖多湿で、伝統的な生業はタロイモなどの根菜農耕と漁撈である。

■社会構造は、出自の規則からすると「二重単系」で、ガノン ganong という母系クランと、タビナウ tabinaw という父系リネージの両方が存在する。婚姻後の居住規制は夫方居住婚だが、むしろガノンのほうが外婚集団としての役割を果たしているので、その意味では母系社会ともいえる。

■政治・経済的には再分配経済を基本とした首長制社会で、各村は長老 pilbisir ko binaw ・村長 pilung ko binaw ・若者頭 langan e pagal の三人の首長によって統括され、島全体もまた三人の大長老 pibisir ko nam のバランスによって統治されてきた。現在はミクロネシア連邦のヤップ州の中心地としてアメリカ統治下で整備された近代的な政府も存在しているが、州政府が決定した法令も長老会議の承認が得られないと実際的な効力を持たないという二重構造が続いている。

■ヤップ島民の社会は贈与・交換を重んじる。とくに特徴的なのが石貨や貝貨などの「未開貨幣」が近代貨幣である米ドルと共存しているところだ。また、布、嗜好品であるピンロウジュの実やタバコもそれ自体の使用価値と同時に貨幣のような交換価値も持っている。

貝貨を持つ長老ピットマッグ氏

■たとえば結婚のときには、多くの文化のように夫側から妻側に一方的に婚資 bride price が贈られるのではなく、夫側と妻側の双方からの相互交換が行われる。夫側からは男性財である、チョウガイで作られた貝貨、魚などと、妻側からは女性財である、方解石でつくられた石貨と、イモ類が贈られ、交換される。

■ライ rai と呼ばれる石貨は五円玉のように中央に穴が開いていて、中に棒を通して運搬ができるようになっており、その形態から女性器の象徴とも考えられている。運搬が困難なほど大きな石貨は「銀行」と呼ばれる広場に「不動産 real property」として置かれていて、交換が行われると名義だけが変わる仕組みになっている。

村の広場の「銀行」に並べられた
巨大な石貨

■貨幣・貨幣経済は呪物(物神) fetish ・物神崇拝 fetishism の特殊な形態である。より抽象化された近代貨幣が画一的な量的価値を持つのに対し、石貨は固有名を持ち、いつ誰によって作られ、誰の手を経てきたのかという個々の物語を持っている。その伝統によって価値が決まるので、一般に年月を経るほど骨董品的のように価値が上がっていくことになる。これはどちらかというとインフレによって価値が下落しがちな近代貨幣とは逆である。

■ミクロネシアは米西戦争と二つの世界大戦を挟んで、スペイン、ドイツ、日本、アメリカと、次々に支配者が変わっていった歴史を持っている。そのたびに旧体制の貨幣は価値を失ったことを考えても、そのような紙切れよりも伝統的な石貨のほうが価値があり、婚姻などの格式を重んじる交換の場では今でもそちらを使うほうが好ましいと考えられているのだ。

■そもそもヤップ社会には近代的な資本主義の観念はあまり根付いていない。労働はあくまでも「食べていくため」のものであり、それ以上に時間を割いて働き、余剰分を将来のために投資して拡大再生産をしていくという発想が希薄なのだ。じっさい、アメリカの援助があって潤っているせいもあるのだが、温暖湿潤な気候に加えて人口は少なめであるため、人口を養うためだけであればそれほど長時間の労働をする必要がない(→生業と労働時間)。

教会の壁画。ふんどし姿のキリストに島の
男たちがさまざまな金品を贈与している。

■また、再分配経済(→経済と交換)は富の偏在を嫌う。持てるものは持たざるものに気前よく施すのが規範として存在するため(この規範を破ると嫉妬による呪術の攻撃対象となる)、ある個人が富を蓄積すること自体が困難なのである。

■州都コロニアなどの都市では米ドルを報酬として受け取り生計を立てる給与所得者が増えているが、いわゆる経済発展はあまり進んでいない。人々はあまり勤勉ではない。仕事がうまくいかなければとりあえず村に帰れば「食べていく」のには困らないと考えているところがあるようだ。

(2005-10-11修正/文・映像:蛭川立)

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