黄衣の巫女

コン・ムアン社会におけるトランスジェンダーなトランス儀礼

(北タイ、チェンマイ市とその近郊)


タイではテーラヴァーダ仏教(上座部仏教)が国家的なイデオロギーとして信仰されている。僧侶は人々から尊敬され、さまざまな特権を持っているが、出家して僧になる権利は男たちが独占している。女もメーチーと呼ばれる尼になることができるが、正式な僧侶としては認められず、僧侶のシンボルである黄衣をまとうことは許されない。

(写真:托鉢に出発する僧たち。チェンマイ市ラム・プン寺)

いっぽう、北タイ(コン・ムアン)の社会では、マーキー(馬乗り)と呼ばれる憑霊型のシャーマンたちが活躍している。マーキーのほとんどは中年の女性で、彼女らをとりまく人々が、一種の霊媒カルトを形作っている。

写真は、チェンマイ市郊外某村での、ある霊媒カルトの夜の集会。中央左の女性がリーダー格のマーキー。マーキーやその弟子たちは、メーチーと同様、白い衣装をまとうのが普通である。

写真は、チェンマイ市郊外の某村に住む、ある中年のマーキー。彼女にはプーサンという僧の霊が憑依するといい、そのときだけ彼女は黄色い衣装をまとう。

マーキーの守護霊は男であることが多く、彼女たちは憑依という超自然的な行為によって性別を反転させ、仏教/シャーマニズム=男/女という二項対立を越境する。

「ポーム(僕のだ)」。憑霊状態の彼女は、HIV脳症で先立たれた依頼者の息子のIDカードを、4枚のカードの中から正しく選び出した。彼女は故人の衣服を選んで身につけ、彼になりきって、男言葉で遺族たちに話しかける。

近年、北タイではエイズの流行が深刻な問題になりつつある。そんな中で、マーキーたちの存在は、とくに中高年女性たちの心のよりどころとなっている。

儀礼の後で、彼女に裏返したカードの模様を当ててもらった。使われたカードはもともとデューク大学でESP(超感覚的知覚)の実験用に開発されたものだ。憑霊状態の彼女は45枚のカードのうち14枚を当てた。5種類のカードから無作為に1枚を選ぶ確率は20%だから、当てずっぽうに選んだだけでは9枚しか当たらないはずだ。まぐれで14枚も当たってしまう確率は0.047しかないから、これは5%水準で統計的に有意な偏りだといえる。

仏教、とくにテーラヴァーダ仏教は呪術的、シャーマニズム的なものを嫌う。仏教は国家的イデオロギーとしてタイの近代化の中で重要な役割を果たしてきたのは事実だ。しかし一方で、人々の霊(ピィー)的なものへの信仰は衰えることはなかった。霊力とは何か、それがたんなる迷信なのか、それとも未知の物理的作用なのか、科学者の意見は未だに分かれたままだが、いずれにせよ、この北タイの社会では、周縁的カルトとしてのシャーマニズムが、中心的カルトとしての仏教にたいして相互補完的な機能を果たしているということができる。

(写真:チェンマイ市街からドイステープ山の夕焼けを望む。)

(謝辞→このたびの調査につきましては、チェンマイ大学と日本医科大学の合同調査隊の関係者の方々に感謝いたします。)

(タイ仏暦2543年11月5日)