カヴァの肝毒性をめぐる議論


なぜ今ごろになって?
 カヴァは南太平洋の島々で伝統的に飲用とされてきた植物である。1990年代になって、うつや不安を軽減するという向精神作用が欧米で注目されるようになり、嗜好品、医薬品というよりはむしろ健康のためのハーブ、サプリメントとして急速に普及した。しかし、2002年に欧米で少数ながら、死亡、ないし肝移植を必要とするような重篤な肝障害が報告され、カヴァの販売は規制を受けるようになった。
 しかし、カヴァは南太平洋の島々では数百年にわたって飲み続けられてきたポピュラーな飲み物である。剥脱性皮膚炎などの副作用があることは伝統的に知られていたとはいえ、なぜ今、欧米で肝障害が問題になっているのか、これは謎だ。

考えられる仮説
 その後、カヴァの肝毒性に関する研究はいろいろ進んでいる。すべての研究を詳細に検討したわけではないが、ざっと見たかぎりでは、以下のような仮説が展開されているようだ。

【1】カヴァには肝毒性物質は含まれていない
【1−1】有害物質はカヴァではなく、同時に服用されていた別の何かに含まれていた(→しかし、アルコールの摂取とは関係がないらしい)
【1−2】有害物質は商品化の過程で混入した(←多くの症例がカプセル入りのカヴァサプリメントによって起こった)
【1−2−1】商品化の過程で有害物質が混入した
【1−2−2】有効成分をアルコールやアセトンで抽出したときに化学変化が起こり、有害物質が発生した(←カヴァの有効成分カヴァラクトン類は水溶性ではなく脂溶性)

【2】カヴァには肝毒性物質が含まれている
【2−1】有害物質は地上部に含まれる(たぶん樹皮?)(←伝統的に飲用にするのは根だけだが、商品化にさいしては経済的な効率から地上部も使われていた)
【2−2】カヴァの根自体に肝毒性物質が含まれているが、それによって肝障害が起こるかどうかは個々人の遺伝的な体質による
【2−2−1】カヴァで肝障害を起こす遺伝的体質を持っている人はごくわずかの割合なので、人口の少ない太平洋諸島では顕在化していないだけ
【2−2−2】太平洋諸島にはカヴァで肝障害を受ける遺伝的体質を持った人がいない(かつていたとしても長年のカヴァの飲用文化の中で死に絶えてしまった)

 というわけで、決定打がないのが現状のようである。もし「1−2」や「2−1」の可能性が正しければ、伝統的な飲み方の「作法」を無視したのがいけなかった、ということになり、「カヴァ茶道」に伝わる知恵が再評価されることになるだろう。

政治的・経済的バイアスを超えて
 ただし、カヴァの安全性をめぐる議論には、政治的、経済的な問題がからんでいる。南太平洋の島々では、カヴァは伝統文化の復興という民族主義的価値観と結びついていることが多い。島によってはカヴァの飲用がキリスト教のミッションによって禁止されてきたという歴史もある。また、カヴァを商業的に栽培し、販売してきた業者にとっては、カヴァブームの突然の中断は経済的な損失でもある。それゆえ、研究自体がカヴァの安全性を強調する方向に偏る可能性があることには注意しなければならない。
 とはいえ、いずれにしても早く安全な「飲み方」が確立し、安心してふたたび平和な気持ちでカヴァがいただけるようになりたいものではある。







(参考)東ミクロネシア、ポーンペイ島でのシャカオ(カヴァ)文化
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(2004/2547-07-21 蛭川立