権利者不明著作物等(孤児著作物)のデータに関するメモ (2013.5.21)

 

今村哲也 明治大学情報コミュニケーション学部

付記:簡易なメモですので,データの正確性については,注の出典をご確認した上で,ご自由にご利用ください。

内容

1.日本のデータ... 1

2.世界のデータ... 1

(1)全般的な傾向(すべての著作物):... 1

(2)印刷媒体(書籍,パンフレット,新聞,雑誌等)... 3

(3)録音物... 3

(4)写真... 4

(5)映像... 4

3.明治期刊行図書の権利者不明率が高いのはなぜか... 5

  

1.日本のデータ

国立国会図書館は,デジタル・アーカイブ事業を進める中で,著作権法第67条の規定に基づく文化庁の裁定制度を利用しており,裁定が認められた資料の点数では,同制度の最大の利用者となっている。同図書館による明治期刊行図書の著作権許諾作業によると,明治期刊行図書の場合,全著作者の7割(71.1%)に相当する51,712名の著作権の有無が不明であったそうである[1]

 

2.世界のデータ

(1)全般的な傾向(すべての著作物)

各著作物の分野について様々なデータが存在するが,調査方法の違いもあることには注意を要する。

著作物全般に関する傾向として,2009年にイギリスのCollections Trust Joint Information Systems Committee (JISC)が行った調査[2]がある。この調査では,イギリスの公的部門の所蔵作品(記録写真,録音物,手紙,日記,未発表の文書,アマチュアフィルム)に関して,平均して5%から10%が孤児著作物であると推計している。

他の調査ではこれよりも高い数字を示すものもあり,2006年の大英図書館(British Library. 英国図書館ともいう)の資料[3]では,15千万件の全所蔵資料(書籍,手稿(写本等),地図,新聞,雑誌,図面と版画,楽譜,特許明細書,録音物,切手などを含む)のなかで,著作権の存在が疑われる部分の40%以上[4]は孤児著作物(権利者不明著作物)ではないかと推定している。最近の資料でも,大英図書館は,「当館は著作権で保護されているすべての著作物の40%以上は孤児著作物であると推計している」[5]と述べたり,「大英図書館は,著作権で保護されている当館の所蔵資料の4割以上は孤児著作物である可能性があると推計している[6]と述べたりしている。なお,大英図書館が,所蔵資料のうち著作権保護の疑われる資料の4割以上が孤児著作物であると推計した根拠は,2005年のカーネギーメロン大学における調査結果や次の(2)で述べる同館のサンプル調査などを踏まえたものとのことである[7]

 

(2)印刷媒体(書籍,パンフレット,新聞,雑誌等)

大英図書館が2011年に行った調査では,サンプル調査した書籍(合計140冊)のうち,著作権保護期間中と疑われる作品(権利状態が不明のものも含む)の約43%(サンプル全体の31%)が孤児著作物であったとするデータを公表している。この調査では,1870年から2010年までの140 年間に出版された書籍を10 年単位に10冊ずつ(計140 冊)を不作為に抽出して調査したものである。その結果,29%は著作権保護期間満了,57%は 著作権期間中であり,残りの14%は著作権の状態が不明であった(不明状態の場合,デジタル化プロジェクトの目的との関係では,著作権の保護があるものとみなして考えている)。そして,著作権者とのコンタクトを試みた結果,保護期間が満了した作品以外の著作物の43%(サンプル全体の31%)が孤児著作物となった。孤児著作物と評価された作品の時期は1870年代から1990年代にまで及んでいる[8]

他方,欧州委員会の資料[9]では,ヨーロッパでの調査が示す最も一般的かつ控えめの推計でも,EU加盟国の図書館における所蔵作品のその510%が孤児著作物ではないかと判断している。

 

(3)録音物

大英図書館の報告書では,以下のようなデータが示されている。「大英図書館が4000時間以上の録音物をデジタル化し,研究者のためにオンラインで利用できるようにするためのプロジェクトには,1980年代後半に大英図書館が作成したジャズミュージシャンとプロモーターの220件の口述資料の録音物が含まれていた。録音物の部分だけでも,200件の許諾を得る必要があったが,53名の権利者(26.5)は追跡することができず,13名(6.5%)は死亡しており相続人や遺産財団もなかった。要するに,録音物の33%は孤児作品となった。更に27名(13.5%)は当図書館の調査に対して回答をよこさなかった」[10]

 

(4)写真

写真の著作物は孤児著作物が多い分野といわれることがある。書籍等と異なり,撮影者が誰かといった書誌情報等が作品上に全く示されないことが多いためである。

2006年の資料では(Gowers Review, 2006年),イギリスのMuseum Copyright Groupの代表者が,70の施設で収蔵している1900万件以上の写真のうち,著作者が判明している作品は10%程度であるという意見を述べている[11]。欧州委員会は,このデータを取り上げて,ある調査によると90%程度が孤児著作物である可能性がある,と整理している[12]。また,未発行の写真の場合,孤児著作物の比率は更に高まる。Library Copyright Alliance[13](米国)の資料[14]によると,コーネル大学の労使関係センターの所蔵する35万件の未発行の写真のうち,写真の撮影者が判明しているのは1%にすぎないというデータが示されている。

 

(5)映像

2009年のヨーロッパ映画協会(Association des Cinémathèques EuropéennesACE)の調査では,24施設の映画アーカイブに所蔵されている映画作品(約1064千件)のうち,平均して12%(129千件)は,孤児著作物であるとの推計を示している[15]。ただし,経験則上の仮定に基づく部分もある調査結果であり,権利者が不明であるが調査もしていないというものも含まれている(31%/約325千件)ことには注意を要する。

 

3.明治期刊行図書の権利者不明率が高いのはなぜか

大英図書館の書籍サンプル調査(上記2(2)参照)によると,イギリスでも孤児著作物の割合が1900年代は50%,1910年代は80%,1920年代は50%だったようで,日本の明治期における権利者不明著作物の割合が71.1%と高かったという事実と概ね符合している。理由としては,未だ各作品の著作権の存続が疑われるもののなかでも古い年代になるため,権利者の所在がより突き止めにくいということが挙げられるだろう。

出典:大英図書館『Seeking New Landscapes (2011)<http://pressandpolicy.bl.uk/imagelibrary/downloadMedia.ashx?MediaDetailsID=1197>2013521日最終閲覧)。

 

 


[1] 田中久徳(国立国会図書館総務部企画課電子情報企画室長)『過去の著作物の保護と利用に関する検討課題について‐国立国会図書館のデジタル・アーカイブ事業への取り組みと課題‐(平成19427日)』<http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/021/07050102/009.htm>参照(2013521日最終閲覧)。

[2] JISC, In from the Cold: An assessment of the scope of ‘Orphan Works’ and its impact on the delivery of services to the public <http://www.jisc.ac.uk/publications/reports/2009/infromthecold.aspx >2013521日最終閲覧)。

[3] Call for Evidence submission, British Library http://webarchive.nationalarchives.gov.uk/+/http://www.hm-treasury.gov.uk/media/5/6/british_library_375_132kb.pdf 2013521日最終閲覧)。

[4] いうまでもなく,全資料15千万点のなかには,著作権の保護がそもそもないものや,保護期間が確実に切れている資料も含まれている。したがって,ここでいう40%という数字の意味は,全資料15千万点の40%が孤児著作物であるということではなく,15千万点の所蔵資料のうち著作権の存在が未だに疑われる部分の40%が孤児著作物と推計される,という意味となる。

[6] HM Government Consultation on Copyright: A Response from the British Library<http://pressandpolicy.bl.uk/imagelibrary/downloadMedia.ashx?MediaDetailsID=1423 >2013521日最終閲覧)。

[7] HM Government Consultation on Copyright: A Response from the British Library<http://pressandpolicy.bl.uk/imagelibrary/downloadMedia.ashx?MediaDetailsID=1423 >2013521日最終閲覧)。

[8] この調査結果については,知的財産戦略本部コンテンツ強化専門調査会(第2回)野口委員配布資料でも紹介されている。http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/contents_kyouka/2013/dai2/siryou4.pdf2013521日最終閲覧)。

[9] EUROPEAN COMMISSION, COMMISSION STAFF WORKING PAPER, SEC(2011) 615 final Brussels,  (24.5.2011), <http://ec.europa.eu/internal_market/copyright/docs/orphan-works/impact-assessment_en.pdf>2013521日最終閲覧)。

[10] Response from the British Library to the Independent Review of Intellectual Property and Growth. March 2011.

http://pressandpolicy.bl.uk/imagelibrary/downloadMedia.ashx?MediaDetailsID=8872013521日最終閲覧)。

[11] Gowers Review of Intellectual Property <http://www.hm-treasury.gov.uk/media/6/E/pbr06_gowers_report_755.pdf>2013521日最終閲覧)

[12] EUROPEAN COMMISSION, COMMISSION STAFF WORKING PAPER, SEC(2011) 615 final Brussels,  (24.5.2011), p.11 < http://ec.europa.eu/internal_market/copyright/docs/orphan-works/impact-assessment_en.pdf >2013521日最終閲覧)。

[13] 米国図書館協会(ALA),北米研究図書館協会(ARL),米国の大学・研究図書館協会(ACRL)により構成される。

[14] LIBRARY COPYRIGHT ALLIANCE, Re: Orphan Works Notice of Inquiry <http://www.copyright.gov/orphan/comments/OW0658-LCA.pdf>2013521日最終閲覧)。

[15] Association des Cinémathèques Européennes, Results of the Survey on Orphan Works 2009/10 <http://www.ace-film.eu/wp-content/uploads/2011/12/ACE_Orphan_Works_Survey_Results_final_1004014.pdf>2013521日最終閲覧)。