| 実施日 | 2010年8月19日(木)~8月25日(水) |
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| 参加教員 | 日向一雅,加藤友康,牧野淳司,沈慶昊 |
| 参加研究推進員 | 高橋麻織 |
| 参加院生 | Kurubonaova Gulnoza,櫻井智浩,佐野愛子,冬木喜英,朴知恵,久保田由香 |
第4回明治大学・高麗大学校院生交流プログラムは2010年8月19日~25日に行われました。参加者 は8月19日に韓国の慶州に到着し、前半(8月20日~22日)に慶北大学校の朴天秀先生の案内で慶州市内のフィールドワークを行いました。また、後半(8月23日、24日)はソウルの高麗大学校において「第9回韓国語文学国際学術会議、第4回明治大学・高麗大学校学術交流会議」が行われ、8月25日、一行は帰国し、無事に全日程を終えました。

明治大学の参加者10名(うち院生6名) は8月19日に韓国の慶州に到着し、8月20日~22日に慶北大学校の朴天秀先生の案内で慶州市内のフィールドワークを行いました。慶州は新羅千年の都です。新羅時代は仏教が重んじられたので、仏教関係の史跡を多く回ることとなりました。第24代真興王が建て始め、第27代善徳女王の時に完成した寺院、「皇竜寺」。
皇竜寺の隣に位置する、善徳女王が建てた寺院、「芬皇寺」。三国統一の偉業を成し遂げた第30代文武王が建てた護国寺、「四天王寺」。文武王が倭寇の侵略から国を守るために建て始め、文武王の息子である第31代神文王が完成させた寺院、「感恩寺」。第35代景徳王の時代に建てられ、世界文化遺産とされている仏教遺跡、「石窟庵」。同時代に建てられ、同様に世界文化遺産に登録されている仏教寺院、「仏国寺」等。

また、王族の墓である古墳も多く訪れました。善徳女王が眠る「善徳女王陵」。第29代武烈王の「武烈王陵」に残された亀形の亀趺と、竜が彫られた螭首は印象的でした。また、文武王の海中陵、「文武大王陵」。神文王のものではなく、第32代孝昭王のものではないかと言われている「神文王陵」。それに関連して孝昭王のものではないと考えられている「孝昭王陵」。第33代聖徳王の「聖徳王陵」。誰のものかは分からないけれども、おそらく王族の墓であると考えられている「九政里方形墳」。第38代元聖王の墓であるという説が有力な「掛陵」。天馬を描いた馬の泥よけが出土した古墳、「天馬塚」等。
他には、善徳女王が建てた東洋一古い天文台、「瞻星台」や、新羅時代の文化遺産を一目で見ることができる、韓国の代表的な博物館、「国立慶州博物館」等を見て回りました。
韓国の三国時代、日本は百済と関係が深く、663年の白村江の戦いでも日本・百済軍と唐・新羅軍が戦ったことはよく知られています。日本と新羅は敵対関係だった時代もあったのですが、日本と新羅は戦争をしつつ、交易も行っていたようです。日本は新羅に翡翠を輸出し、新羅から金や鉄を輸入していました。古代日本とさまざまな意味で関係を持っていた新羅。今回のプログラムでは新羅時代について知るとともに、古代日本の歴史を見直すきっかけにもなりました。
8月23日、24日はソウルの高麗大学校において「第9回韓国語文学国際学術会議、第4回明治大学・高麗大学校学術交流行事」が行われました。明治大学の参加者は13名(うち院生8名)でした。国際性に富んだ、非常に有意義な学術交流でした。詳細については、「第4回明治大学・高麗大学校学術交流行事」プログラムページをご覧ください。
(文責:文学研究科博士後期課程2年 久保田由香)

〔2010年度高麗大学校プログラム調査レポート〕
「高麗大学校プログラムを通して培った視点について」
(0.3M)
(文学研究科日本文学専攻博士前期課程1年 櫻井 智浩)