研究成果の概要

 
 本研究は、従来の明治大学における研究上の弊害を取り除き、学部・学科・専攻等の所属組織にこだわりなく、3サブプロジェクトを組織して研究を企画した。そして、各学問領域から個別的に生み出された研究業績だけではなく、全体史的な古代文化学の構築を企図した。この面では、プロジェクト関係者は、古代文化学の総合化に向けて奮闘してきた。この学問精神は文学部・文学研究科内でかなり効果を発揮し、新たな歴史学と文学との交流が進んでいる。現在では、文学研究科博士後期課程科目「文化継承学」、前期課程の「総合史学研究」「総合文学研究」において、歴史学・文学・考古学教員が参加し、学際的な研究の発展と大学院生教育を実践している。平成20 年度大学院教育改革支援プログラム「複眼的日本古代学研究の人材育成プログラム」が採択されたことも、その証である。研究成果は、全体の書籍としては、『古代学研究所紀要』10冊と別巻特集号(合計11冊)、第1サブプロジェクト(以下、サブ@と略す)が『関東の後期古墳群』、サブAが『都城― 古代日本のシンボリズム』と『房総と古代王権』の2冊、サブBが『源氏物語―重層する歴史の諸相』、『源氏物語と平安京』、『源氏物語と漢詩の世界』、『源氏物語と仏教』の4冊、合計7冊の著書を出版社から刊行できた。これ以外にも、各自が学術論文、予稿集等のかたちで公表し た。また、研究成果の一部であるデータベースは、当該ホームページで随時公開してきた。まだ時間的に遅れている部分もあるが、おおむね計画調書に沿って進行してきた、と評価することが可能である。
 総合的研究を遂行するには、それぞれのサブプロジェクトが担う研究課題の基礎的データを共有する必要がある。このこと自体、人文学研究の発展に寄与していくものである。
 サブ@では、律令制国家成立以前の地域的動態を研究するため、弥生・古墳時代の墳墓資料の集成を対象とした。弥生墳墓の集成作業は、前方後円墳の出現に関係した西日本(計画調書で予定した関東から変更した)を対象とし、(a)遺跡の所在地、(b)墓壙形態、(c)遺構の個別データ、(d)時期、の属性ごとに整理した。古墳の集成作業は、対象を「東関東の古墳時代後期・終末期の墳墓」に限定し、(a)古墳群名、(b)所在、(c)文献、(d)備考(古墳数・墳形・年代・特記事項等)の、4項目について集成し、栃木県・茨城県・長野市の一部が完成している。「関東における古墳時代後期・終末期古墳群の諸相」については、『関東の後期古墳群』として公刊した。
 サブAでは、出土文字史料としては墨書土器(刻書土器を含む)と文字瓦、そして『令集解』である。データ集成の成果は、膨大なデータ量のために、書物のかたちではなく、当該ホームページで公開した。墨書土器については、現状把握のために研究・報告書等の集成である墨書土器研究文献目録を随時公開している。このデータを元にして、全国墨書土器データベース簡易版(釈文・遺跡名・所在地・出典)を作成し、ホームページで公開している。日本における唯一の墨書土器データベースであり、研究者には必須の工具となっている。文字の形状等の画像を含む詳細なデータベースは、関東の一部を公開中である。関東と九州・四国・中国については、完成に向けて奮闘している。ダウンロードして加工が可能な形態である。文字瓦については、文献目録稿を掲載(紀要3)したが、データベースの作成は日本で初めての試みであり、集成は難航している。出土が多い関東地域を中心に、常陸国・上野国・下野国・上総国文字瓦データベースをすでに公開した。こうしたデータベースの構築は公的機関で行うべきかと思われるが、継続して完成させたい。地域研究としては、千葉県栄町の五斗蒔瓦窯遺跡文字瓦の悉皆調査を実施し、研究成果の一部として『房総と古代王権』を公刊した。
 また、出土文字史料が出現する歴史的システムとして、公式令を基本とする『令集解』の電子媒体化が重要とされていた。当初は公式令が対象であったが、『令集解』全体に及ぼし、鷹司本令集解全文データと、「逸失巻・逸文」をホームページで公開した。ダウンロードして自由 に加工できる電子媒体データの公開は、日本古代史の研究に不可欠なデータの位置を占めている。また、版本の入手が難しかった石川介本を明治大学所蔵本の画像データとして公開した。さらに、日本の文字史料と比較研究のため、東アジア石刻文物研究所と共同で中国の石碑・墓誌等の調査を実施している。「北朝墓誌所在総合目録」「隋代墓誌総合目録」を作成した。
  サブBでは、物語・仏教説話を通した文化形成研究と、歌謡・伝承説話と祭祀研究が中心である。物語では、『国書総目録』に記載がない源氏物語注釈書・湯浅兼道筆『源氏物語聞録』の電子媒体化を行い、順次『古代学研究所紀要』に翻刻を掲載した。『源氏物語』の享受史研究に貢献する資料である。また、琉球王国の説話集『遺老説伝』と、その根本資料の『宮古島旧記』のテキストデータベースの作成と本文校訂、および校訂本文のテキストデータを作成中であり、その注釈の第一冊を刊行準備中である。
 このように、本プロジェクトでは史・資料と作品情報の共有を、教員・大学院生の共同作業を通して実施した。総合研究の基礎的作業として貴重な実践であり、ホームページ等で公開しているので、学界全体に裨益をもたらすと自負している。

<優れた成果があがった点>
 人文学分野で汎用性のあるデータベースの作成が、それ自体として優れた研究となることが、学界にも承認されるようになった。本研究プロジェクトの大きな貢献は、個人では作成不可能で、本来公的機関が集成すべき基本的な史・資料データベースの構築と、その一般公開にある。その意味では、すでに古代学研究所のホームページで公開し、すでに学界の共有財産となりつつある。全国墨書土器データベースと図像を含めた詳細な墨書土器データベースは、画像とともに閲覧できるため、今後の出土文字資料研究の基礎となる。さらに、鷹司本『令集解』の公開は、自由に加工できる電子媒体で、学界に寄与するところが大きく、史学会編集の『史学雑誌』で高い評価を得た。公的資金による研究成果であり、第三者評価としても、優れた成果を得たとして差しつかえないであろう。
 また、西日本の弥生墳墓データベースにより、弥生墳墓の微細な地域差を明らかにすることができた。全国的な文字瓦データベースの作成は作成途次であるが、日本で最初の試みであり、今後の文字瓦研究の出発点となるだろう。
 新出資料の『源氏物語聞録』の翻刻は、近世における『源氏物語』享受史研究に貴重な資料を提供している。また、『源氏物語』の研究を通じて、歴史学・考古学・建築史学との連携による作品研究の方法を提示したことも、研究史のうえで重要な意味をもつ。さらに、説話集『遺老説伝』のテキストデータベースの作成と、本文校訂・注釈は、沖縄に関する文学・民俗学・民話学と歴史学等の研究に対して、一定の資産価値を持ち、今後に益するところが大きい。
 ところで、本プロジェクトが研究対象としてきた弥生時代〜平安時代の歴史については、研究分担者の吉村・佐々木・川尻が、共同で『古代史の基礎知識』(角川選書、平成17年)を著した。また、吉村は「ヤマト王権と律令制国家の形成」(共編著『古代史の流れ』、岩波書店、 平成18年)、川尻は『揺れ動く貴族社会』(小学館「日本の歴史 平安時代」、平成20年)を、本研究の趣旨を汲み、歴史学・考古学・文学の研究成果を摂取しながら、歴史叙述を試みて公表した。
 いずれも出版社企画の著書であるが、本研究の考古学・歴史学部分が商業ベースにも適合する水準にあることを示している。大学の社会貢献、産学連携が進められるなか、人文学分野のひとつのあり方である。また、『源氏物語』に関係する日向一雅の著作も、源氏物語研究の進展に寄与していることは、誰しも認めることである。学際性・国際性を意識した本プロジェクトで、研究視野が広くなり、学識が豊かになった成果と認められる。永藤靖の著書も、研究関心と問題意識を拡大した、各分野の研究に示唆を与える研究である。

<問題点>
 本研究プロジェクトでは、3つのサブプロジェクトを組織した。当初はサブプロジェクト内の共同研究と連携を重視し、RAは8名で出発したが、RA人数の多寡により研究の進展に差が出た(RAは、平成17年11名、18年9名、19年以降13名)。そのため、研究分担者とRA全 員が参加するような公開研究会・シンポジウムを、初年度より定期的に開催し、研究の意思疎通をはかった。なお、研究代表者を含むプロジェクト委員の研究報告が圧倒的に多いが、研究分担者の報告数には差が出てしまった。ローテーションを組むなど、個人研究を、全体の共同研究に結びつける努力をさらに強める必要があった。
 また、研究成果を大学・社会に還元する面でも、研究分担者によって差異がでた。文学部関係者は、大学院文学研究科博士後期課程において「文化継承学」を複数で担当し、RAを含む大学院教育に意を注いだ。そして、学部授業で最新の研究成果を活用した(文学部以外の教員は、それぞれの学部教育で研究成果を反映させた)。ただし、学外の研究分担者は個人的都合もあり、明治大学で兼任講師を全期間勤めることはできず、それぞれの職場で活用した。やむを得ないことであろう。

 

事業開始後の研究成果一覧 (丸数字は担当のサブプロジェクト)

@国家形成と文化・宗教 A文字・図像研究 B伝承・宗教文化研究

吉村 武彦  A(@を兼務) 氣賀澤保規 A(Bを兼務)
佐々木憲一 @(Aを兼務) 石川日出志 @
古山 夕城  @ 山内 健治  B(@を兼務)
日向 一雅  B 永藤 靖    B
上杉 和彦  B 林 雅彦    B
居駒 永幸  B 川尻 秋生  A
吉村 稔子  A 山路 直充  A
有富 純也  A


 

研究成果の評価体制

  日常的にはプロジェクト委員会、年度初めと必要時には研究所会議・RA会議を開いて、研究目標と課題について議論を進める態勢を取ってきた。年度別の研究概要は、明治大学人文科学研究所に提出しており、同研究所で本プロジェクトを評価する仕組みになっている。さらに、全体の研究倫理としては、明治大学の研究者規範に基づいて運営した。
 研究費は、総合研究を円滑に進行させるため、さらに研究経費の使用内訳から、@プロジェクト全体経費(研究所維持・設備費、図書費、招聘旅費を含む公開研究会費、紀要費、研究支援者雇用費等)、A各サブプロジェクト研究費(旅費を含む調査費、入力謝金費、図書費等)、B個人研究費等に区分して運用した。プロジェクト委員会では、A・Bについては前年実績に応じて配分し、全体として運営するように努めた。研究分担者のファカルティ・ディベロップメント(FD)経費として勘案するとともに、公開研究会・シンポジウム、紀要(11冊)、書籍(7冊)、ホームページ等を活用して社会的に還元してきた。公開研究会・シンポジウムについては、原則的に考古学および歴史学についての情報誌『文化財発掘出土情報』(ジャパン通信情報センター)の「学会動向」に予告を掲載するようにした。この公開研究会・シンポジウムでは、本研究プロジェクトの研究について、参加者から意見・評価を聴取している。
 このように、研究報告には多くの第三者が参加して、プロジェクトの評価ができるようになっている。研究代表者の吉村武彦が、『日本歴史』(日本歴史学会、平成18年1月号)の特集「共同研究の成果とゆくえ」において、「文字瓦・墨書土器のデータベース構築と地域社会の研究」(科研費補助金共同研究)のなかで、本プロジェクトについて触れ、研究の社会的意義を説いた。そして、『史学雑誌』(116-7、平成19年7月号)において、「さらに古代学の風を−「学際」を乗り越えて−」を執筆し、個別研究と共同研究の関係や問題点を指摘した。おおむね好意的評価が個人的に寄せられた。
 ただし、今回は外部から評価する仕組みを導入することができなかった。この点は、本プロジェクトの社会評価の体制として問題点である。研究に関する各種の史・資料や会計書類については、大学当局のほか古代学研究所で日常的に管理してきたので、外部評価は必ずしも不可能ではなかった。反省点として記述しておきたい。
 なお、蛇足かと思われるが、グーグルの検索で、「古代学」を入力すれば、他のキーワードとして「明治大学 古代学」が、また「古代学研究所」の場合は「明治大学 古代学研究所」が紹介される。この5年間で旺盛に研究を進めてきた結果として、一つの社会的評価と判断す るのは自画自賛であろうか。

 
 

研究成果の副次的効果

  本プロジェクトは、多くの副次的効果を生んでいる。まず国内外における最新の調査結果が、直接的に大学の講義・演習として教育面に活用された。作成した「鷹司本 令集解」や『遺老説伝』データベースは直接授業で使用され、研究成果が十分に生かされた。また、このプロジェクトが、学部・学科・専攻の交流を強めたので、大学院では歴史学・考古学・文学担当者が複数で授業を受け持つ学際的・横断的科目が実現した。博士後期課程の「文化継承学」や博士前期課程の「総合文学研究」「総合史学研究」で、古代文化の総合化を実践している。
 また、明治大学が生涯教育部門として開講しているリバティアカデミーにおいて、積極的に市民向けに研究成果を公開し、社会的貢献に努めている。第2年度から「古代学最前線」(吉村武彦・石川日出志・佐々木憲一・山路直充・川尻秋生らが主に担当)を開講し、研究内容と成果を社会的に還元した。また、「源氏物語を読む」(日向一雅)・「日本の神話を読み解く」(永藤靖)・「万葉集の世界」(居駒永幸)・「日本書紀の世界」(吉村武彦)・「考古学の方法」(石川日出志、以上平成20年度)のほか、林雅彦が、熊野伝承の研究を進める「国際熊野学会」の代表委員となり、リバティアカデミーなどで熊野学に関する市民向けの講座を開催している。
 さらに、地域連携として、古代学研究所が積極的に地方自治体と結んで社会貢献を実現してきた。茨城県では、教育委員会の後援のもと、県内の研究者と共催した常陸国シンポジウムを、ひたちなか市で2日間開催した(のべ299名参加)。また、文字瓦の調査対象である五斗蒔瓦窯跡のある千葉県栄町の教育委員会と共催して講演会をもった(179名)。このように古代学研究所が取り組んだ講演会のほか、継体天皇即位1300年にあたり、吉村の講演は福井県のほか、福井県・滋賀県高島市・大阪府枚方市との連携の講演会にも協力した。また、市川市の講演会では、吉村が『万葉集』の手児奈関係の歌、山路が国府・国分寺の現状を講演し、市川市史の編纂などの地域連携を強化している。さらに、林雅彦が関係する国際熊野学への貢献も、新宮市との地域連携と関係している。こうした地域と連携した研究も、これからの人文学分野の社会貢献の一つである。

 
 

研究期間終了後の展望

 研究を継続し、本プロジェクト研究の総合化をさらに進行させるため、私立大学戦略的研究基盤形成支援事業に「日本列島の文明化を究明する古代学の総合的研究」に応募し、採択された。このプロジェクトでは、新しい人材を補強して総合的研究を深化させ、@列島文化の基層と表層、A支配・統治と文字使用、B物語りと伝承、という視角から日本古代学として統合化していく決意である。そのため、これまでの研究施設・設備は、引き続き有効に活用していきたい。
 また、文部科学省の平成20年度大学院教育改革支援プログラムとして、「複眼的日本古代学研究の人材育成プログラム」が採択された。その研究施設として日本古代学教育研究センター(大学構内に2室)を設置し、活動を開始した。古代学研究所の兄弟組織にあたり、共同して研究に取り組みたい。このプログラムは大学院の教育支援プログラムであるが、研究推進員・RAを任用し、大学院生と若手研究者の支援とした。本来、教育と研究とは一体で進める必要があり、意欲的に展開していきたい。新しい研究とともに、明治大学における大学院教育の改革を実践していくつもりである。
 なお、本プロジェクトの学術書として7冊を刊行したが、さらに第1サブプロジェクト関係で『常陸の古墳群』(仮称)を刊行することになっている。

 

 

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