2001年に読んだ本

   西川伸一  * 『QUEST』第17号(2002年1月)

 1)康煕奉『こんなに凄いのか!韓国の徴兵制』(スリーエーネットワーク)

 韓国からの留学生に徴兵制について聞いたことがある。「完全にばかになる」とその彼は言っていた。本書によると、その現実たるや、非合理さのきわみである。韓国で男性と生まれたら30歳になるまでに26カ月の兵役を終了しなければならない。

 日本軍の悪弊である部下に対する暴力制裁。不幸なことに、それが韓国軍に受け継がれた。「キハップ」(気合)とさえ言えばいかなる体罰でも許容される。軍隊内で死亡する人数は年間3000人ともいわれ、過酷な訓練、いじめ、暴行などが原因と考えられる。「俺は軍隊で便器までなめさせられたんだぜ。・・軍隊の連中には人間性なんてこれっぽちもなかった。あのクズのような上官たちの仕打ちは絶対に忘れないよ」

 2)立花隆『ぼくが読んだ面白い本・ダメな本 そしてぼくの大量読書術・驚異の速読術』(文芸春秋)

 つくづく本を読むのが遅いと思っている。しかも読んですぐに忘れる。すると、どうせ忘れるのだからとますます本を読まなくなる。そこで、本書のように速読術などと銘打たれた本をみると思わず手が伸びる。70頁におよぶ長い「序」には立花流速読術のエッセンスが紹介されている。いわく「速読にはチャートを作れ」「全体の流れとキーワードをつかめ」。自分にもできるのではないかと思わせるのが、立花氏の文章の巧みなところ。

 続いて、本書の圧巻である「私の読書日記」。1995年11月から2001年2月まで、『週刊文春』誌上に立花氏が執筆した書評が再録されている。素粒子論から障害者プロレスまで、ありとあらゆる分野の本が取り上げられ、立花氏の好奇心の広さにただ驚嘆。「私は書物というのは、万人の大学だと思っている」すこしでもあやかりたい。

 3)水木楊『田中角栄 その巨善と巨悪』(文春文庫)

 田中角栄ときくと「悪人」というステレオタイプが私には染み着いていた。しかし、本書を読むと、そんな単純なレッテル張りでは収まらない巨人であることを痛感した。

 無名の衆院議員時代に手がけた議員立法33本。道路特定財源もこの中から生まれた。本書の第2章は「田中社会主義」と題されている。社会主義を人間解放の思想ととらえれば、角栄はまぎれもなく「社会主義者」だった。彼の思想の核心には、雪国に暮らす人々の解放にあったからだ。農村から攻め上る毛沢東流の選挙戦術も「社会主義者」らしい。

 「表日本」=先進国との格差を解消して、「裏日本」=第三世界を解放する。その手段が新幹線であり高速道路網であった。「だめなのをでかすのが政治」といって高級官僚と渡り合う交渉力、課長補佐クラスの妻の誕生日までそらんじるという人心収攬術、学生運動の猛者で公安でフダつきだった早坂茂三を秘書に雇う度量の広さ、、、。

 だがもちろん、それらで巨悪が免罪されるわけではない。

 4)小林照幸『政治家やめます。』(毎日新聞社)

 親の地盤を継いだある二世議員が衆院議員3期10年をつとめただけで、あっさりと引退した。「誰にでも笑顔で振る舞うピエロはもう嫌だ」として。その10年を描いた本書からは、政治家稼業はタレントと同じ人気商売である実態がひしひしと伝わってくる。

 いかに政治家たちは再選を第一に考えて日常活動に励んでいることか。阪神・淡路大震災でさえ、そのネタに使われたのである。当時、多くの国会議員が現地に「見舞い」に入った。しかし、真の目的は、震災現場で自分の写真を撮って選挙区にアピールすることだった。高潔な政治理想の実現など二の次、三の次。落選しては元も子もない。それを避けようと合理的に考えれば、「誰にでも笑顔で振る舞う」しかないのか。

 5)いかりや長介『だめだこりゃ』(新潮社)

 私が小学生のころ、どの小学生も土曜日の夜は8時からドリフターズの「8時だヨ!全員集合」をみるものと決まっていた。この番組は1969年10月にはじまり、1985年9月に終わるまで、毎週生放送で実に803回も続いた。人気絶頂時の視聴率は50%に達し、一方で小学校の先生や親が子どもに見せたくない番組の堂々1位を続けていた。本書はドリフのリーダー・いかりや長介の自伝である。

 ドリフはコミック・バンドとしてスタートし、ビートルズの来日公演では前座をつとめている。それが運命のいたずらとリーダー・いかりや長介の才覚によって、お笑い界の国民的人気者にのし上がっていく。しかし、毎週が生放送の舞台裏では、いかりや長介はネタ作りに追いまくられ、「疲れた、疲れた」が口癖となる。「一度こっきりの生本番なのだ。『この次』がない」からだ。そのプレッシャーは当事者にしかわからない。本番が終わると「私などは解放感で、もう待ちきれずに車のなかでビールを飲んだりしていた」

 著者の謙虚で抑えた語り口や行間ににじみでる純朴さにとても好感をもった。


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