映画評 ジョージ・オーウェル原作、ジョン・ハラス&ジョイ・バチュラー監督『動物農場』

西川伸一『プランB』第19号(2009年2月)64頁。

 ジョージ・オーウェルの小説である『動物農場』が、イギリス初の長編アニメとなったのは1954年のことである。それから半世紀以上を経て、この冬に日本のスクリーンに初登場した。
 オーウェルの代名詞といってよい逆ユートピア小説『1984年』は、1948年に書き上げられた。その4年前の1944年に、彼はこの『動物農場』という傑作を完成させている。モチーフとなったのは、ロシア革命とソ連国家の成り行きである。
 自身の農場から追放されるジョーンズ氏はツァーリを、動物たちに革命を呼びかけ直後に死ぬ豚のメージャー爺さんはレーニンを暗示している。革命を成就させ動物農場の建設に尽力するものの、やがて追放されるスノーボールはトロツキーを連想させ、それを画策し実権を奪うナポレオンはスターリンそのものだ。両者いずれも豚である。
 また、ナポレオンの命令一下、動物たちを震え上がらせる5匹のどう猛な番犬は、さしずめチェーカーといったところだろう。
 さて、スノーボールは革命直後に、動物農場のスローガンを納屋の壁の高い所に大書する。
「すべての動物は平等である」「すべての動物は、他の動物を殺してはならない」「四本足はよい、二本足は悪い」
 しかし、ナポレオン独裁の下に動物農場が運営されていくにつれて、このスローガンには付け足しがなされていく。まず、「すべての動物は平等である。しかしある動物はもっと平等である」と加えられる。
 実は動物間の能力差は著しく、豚以外はアルファベットをA、B、Cまでしか覚えられない。それをいいことに、動物農場の命運をかけた風車建設では、肉体労働は他の動物にやらせ、豚は「頭脳労働」を決め込んでいた。そして、豚だけは豪華な住まいと十分な食料を摂る一方、他の動物は革命前よりひどい待遇を強いられる。まるで豚階級の所業は、ノーメンクラツーラの登場を予言しているようだ。
 当然、他の動物から反革命の動きが起こるが、ナポレオンはくだんの番犬を使って制圧する。そして、「すべての動物は、理由なく他の動物を殺してはならない」とスローガンは書き改められた。
 やがて豚階級は農場外の商人(資本主義国)と交易をはじめ、他の動物たちの労働の成果を搾取・輸出して安逸をむさぼり出す。人間のようなタキシードを着て、胸には勲章が付けられる。豚以外の動物たちを「下等な動物」と露骨に蔑視する。ついに、豚たちは二本足で歩きはじめ、スローガンは「四本足はよい、二本足はもっとよい」に変えられる(このシーンは映画にはない)。
 小説は二本足で歩く豚が人間と見分けられなくなるところで終わるが、映画は「下等な動物」が豚階級を打倒するところまでを描く。しかし、この中からまた、新たな支配階級が生まれ、豚の二の舞にならないとも限らないのであるが。
 アニメの出来は50年前とは思えない見事なものである。動物たちの能力を考えて、農場の看板の「ANIMAL FARM」の「N」がひっくり返って、「И」になっているところなど、心にくい配慮もみられる。
 倒すべき相手が明確である「破壊の過程」はたやすい。むしろ、革命後の「創造の過程」にどの新政権も苦しむことになる。人びとの期待は飛躍的に高まるが、一朝一夕にはそれに応えきれない。その期待を力で押さえつける必要も生じよう。この政治の公理を、オーウェルは冷静に見つめていたのである。

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