「忘れえぬ人(50)保育園の先生と国語辞典」

   西川伸一『明大組合ニュース』第255号(2007年10月5日)

 もう10年ちかく前になる。運よく長女が近所の保育園に入ることができた。園への送迎が私の日課に加わった。

 この保育園では、0歳児から2歳児までのクラスの園児には、B6版の「れんらくちょう」が毎月配布される。1頁の左半分は「家庭から園へ」、右半分は「園から家庭へ」となっていて、毎日「家庭から園へ」を書いて登園する。

 記入事項には、睡眠、食事、排泄、体温などがあり、一番下が「連絡事項」で自由記載欄となっている。ここに子どもの家庭での具体的な生活ぶりや園へのお願い、さらには子育ての愚痴まで(私は)書くのである。

 一方、「園から家庭へ」の一番下もやはり「連絡事項」欄である。子どもを園から連れ帰って、その日の頁を開くのがちょっとした楽しみになっていた。ときにはこちらの愚痴に対して、温かい励ましもいただく。

 ある日、担任の先生との個別面談があった。園での子どもの様子を詳細にうかがう。その最中、私は先生の手元にポケット版の国語辞典が置かれていることに気づいた。保育園の先生にとって、「連絡事項」欄を記すのは毎日の大変な仕事である。50?60字にはなる。これを担任しているすべての園児に書くのである。表現に迷う、漢字が出てこない、ということは当然あろう。

 おそらくその場合、この先生は国語辞典で正確に確認して書き進まれていたに違いない。なかなかできることではない。

 この一件が頭から離れず、もう小4になった長女には辞書を引きなさいとうるさくいっている。

 私はこの先生を忘れることができない。そして心から尊敬している。


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