読売新聞「憲法改正2004年試案」を読む

   西川伸一  * 『Quest』第31号(2004年5月)

        

 2004年5月3日の憲法記念日に、読売新聞は紙上で憲法改正2004年試案を発表した。以下、それを読んだ感想を記したい。

 まず、この10年間で三つの憲法改正試案を出しているという異常さである。1994年11月3日に読売が提言した憲法改正試案(以下、第一次試案)は、今回で2回も「改正」されたことになる。これは、一連の試案が国の基本法に必須の安定性と伸展性に乏しいことを意味している。現行憲法の骨太・簡素な規定に時代後追い的な文言を加えているため、この「小手先の条文いじり」の部分を、時代に反応して絶えず補っていかなければならないのである。

 たとえば、現行憲法第90条第1項は、第一次試案、第二次試案(2000年5月3日)ではまったく手つかずであった。ところが、2004年試案になって、次のように文言が加えられた。「国の収入支出の決算は、会計検査院がすべて毎年度検査し、内閣は、次の年度に す み や か に 、 その検査報告とともに、これを国会に提出しなければならない。」(試案第109条第1項、隔字部分が2004年試案で追加された部分)

 なぜ「すみやかに、」が加えられたのか。これは、2003年通常国会から具体化した参院の決算重視の流れ、とりわけ2004年に予定されている決算の早期提出に対応したためである。しかし、現行条文の問題性は実は、決算を「提出」と規定していることにある。そのため、決算は「議案」とみなされず軽視されてきた。

 同様に、裁判員制度導入が日程に上っているのに合わせて、2004年試案では司法権などを定めた第92条に第3項を新設した。「司法への国民の参加については、法律でこれを定める」と。

 いずれにせよ「21世紀にふさわしい憲法」を掲げて、刻々変化する時代状況を条文に書き込むとすれば、頻繁な「改正」が避けられない。

 第二に、恒久平和主義を謳った前文の配列と文言が、2004年試案では大きく変わっている。現行憲法前文では戦争への深い反省と不戦の誓いが格調高く説かれている。第一次試案と第二次試案もそれを無視できず、前文の第2段落で「日本国民は、世界の恒久平和を念願し、国際協調の精神をもって、国際社会の平和と繁栄と安全の実現に向け、全力を尽くすことを誓う」とした。

 これに対して、2004年試案の前文はこの記述を第4段落へと後退させた。のみならず、「日本国民は、世界の恒久平和を 希 求 し、国際協調の精神をもって、国際社会の平和と繁栄と安全の実現に向け、不 断 の 努 力 を 続 け る 」と改めている。戦争への反省の希釈化であろう。(隔字部分が2004年試案で変更された部分)

 そして、「世界の恒久平和」より大事な論点として前文で格上げされたのが、「個人の自律と相互の協力の精神」であり(第2段落)、「民族の長い歴史と伝統を・・未来に活か」すことである(第3段落)。とりわけ、前者は邦人人質事件で自己責任論を煽った読売の論調と通底するものを感じる。

 第三に、2004年試案の目玉である、家族は「社会の基礎」とした家族条項の新設である(「家族は、社会の基礎として保護されなければならない。」/試案第27条第1項)。これは生存権を定めた試案第28条に、社会連帯に関する次の第3項を追加したことに連動している。「国民は、自己の努力と相互の協力により、社会福祉及び社会保障の向上及び増進を図るものとする。」

 これらは福祉国家の否定にほかならない。福祉の充実は国民の自助努力によるものとされ、その基礎単位として家族が憲法により「制度化」されたのである。少子・高齢社会の到来、年金制度の危機を大時代的な「家族の制度化」で切り抜けようとしている。

 この考え方は、すでに1979年に自民党が主張した「日本型福祉社会」の内容にきわめて近い。そこでは、「制度としての家族」のなかで各自が「ふさわしい」役割分担を行うことが期待されている。女性の社会進出は、「人生の安全保障システムとしての家庭を弱体化するのではないか」と否定的にとらえられる。従来の性別役割分業観へひとびとの意識を縛ろうとするこの「家族福祉イデオロギー」は、子育てや高齢者の在宅介護のために女性を家庭に閉じ込めることになる。

 一方、家族条項についての読売の解説記事は、「家族が本来のあり方から大きく外れているような場合には、立法措置も含め、社会全体として手を差しのべることも意味している」という。「本来のあり方」は「日本型福祉」に沿うように国家が決めるのであろう。それに外れることは許されない。

 その意味で、現行憲法第24条第2項の「配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項」というくだりを、「財産権、相続、離婚その他の家族及び婚姻に関する事項」(2004年試案第27条第3項)と簡略化していることも気にかかる。解説記事は「配偶者の選択や住居の選定については・・悪しき慣習はほぼ消えている」ことをその理由としている。しかし私には、読売の否定とは裏腹に戦前の「家」制度のヴァリアント(変異体)がここに想定されているようにみえる。

 最後に、読売の改憲試案提言も、新たな「押しつけ」ではないのか。


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