シェフィールド便り(3)だから英語は通じない

   西川伸一  * 投書で闘う人々の会『語るシス』第3号(1998年9月)掲載

 さあみなさん、英語のレッスンの時間です。以下の単語を発音してみましょう。「LONDON, TENNIS, LOCAL, LEVEL, BUSINESS, WHITE」「ロンドン、テニス、ローカル、レベル、ビジネス、ホワイト」そうです、よくできました、、、といいたいところだが、おそらくこの発音では通じないか、相手が眉間にしわを寄せて「SORRY?(なんとおっしゃいましたか)」ときき返してくることだろう。

 答えは、正確には辞書で発音記号をチェックしていただくとして、あえてカタカナでそれに近い音をあててみる。「ランダン、テナス、ロクル、レヴル、ビズナス、ワイト」 恥ずかしながら、これら初歩的な英単語の正しい発音については、こちらにきてはじめて気づいたことである。カタカナの和製英語発音、あるいは英単語のローマ字読みはまず疑ってかからなければならない。

 また、日本人がLとRの発音の区別がつかないことはやはり知られていて、「RICE(米)」と「LICE(しらみ)」の混同はジョークのネタになっているそうだ。これはひとごとではない。あるとき娘の名前の由来を尋ねられ、「AFTER A RIVER(川にちなんで)」と応じたらけげんな顔をされた。あとで、「LIVER」にまちがわれたのだと合点した。焼き肉じゃあるまいし、レバーにちなんで命名するわけない。だいいち、私はレバーが苦手なのだ。

 文法的なミスもしょっちゅうだ。特に動詞はむずかしい。人称、時制を瞬時に判断して、正しい活用形にして話さなければなければならない。あまりに幼稚なまちがいばかりするので、一時は話すのがいやになった。すると、赤ん坊が言葉を覚えるのと同じだ、恥ずかしがっていてはだめだ、とイギリス人に叱られた。それ以来、「無料英会話教室」だと思って、どんどん使うように心がけてはいる。

 とはいえ、意思疎通するうえで一番困るのは、外見から英語ができないとはまず思われず、容赦なく早口の英語を浴びせかけてくること。きき取れるはずがない。なぜそうかといえば、ここが大英帝国であるからだ。かつての植民地政策のツケで、この国には多様なエスニシティの人々が住んでいる。この現実を考慮して、テレビアニメの登場人物は四、五人に一人は「有色」にしてあるようだ。

 もちろん、シェフィールドも例外ではない。うちから歩いて10分ほどでロンドンロードという大通りに出るが、名前はロンドンでも実態はマルチ・エスニシティ・ロード。様々な肌の色、言葉、服装に出会い、一瞬自分はどこにいるのかと錯覚する。つまりここでは、見た目で英語が達者かどうかは決して判断がつかないのだ。

 それでもこちらの英語をきけば、それが不自由なことはすぐにわかるはずである。しかし、あくまで彼らは、思いやりのかけらもなくまくしたててくる。彼らの潜在意識の中では英語はできて当然なのだ。英語を母語とする人々は特権的に恵まれていないか。英語帝国主義打倒!とこぶしを固めてしまう。

 こうして、イギリスに来た日本人はみな、学生時代にもっと英語の勉強をしておけばよかったと後悔することになる。英語だけが外国語じゃないとさぼってきた私もその一人。BETTER LATE THAN NEVER(遅くともやらないよりまし)と自分を励ますほかない。


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