明大からの処方箋
 公務員制度改革-II.「ゼッケン」を外せるか

西川伸一『明治』第40号(2008年10月)58-61頁。

4 懇談会報告書をどう読むか
 当時の安倍首相が首相の私的諮問機関として設置した「公務員制度の総合的な改革に関する懇談会」(以下、懇談会)は、12回の議論を経て今年2月に報告書をまとめた。そのうち、本稿のテーマにかかわる提言をピックアップしておこう。

「キャリア・システム」の廃止─採用試験に基づく幹部候補の固定化を改める。現行のT・U・V種試験などに代わって、一般職試験、専門職試験、総合職試験を創設する。
「幹部候補育成課程(仮称)」の導入─採用後2年程度の働きぶりを評価して、この課程への選抜を行う。一般職試験、専門職試験採用者からも選抜する。
「内閣人事庁(仮称)」の創設─国家公務員の人事管理について、同庁による内閣一元管理を実現する。これにより、縦割り行政を打破し、各府省横断的な人材の育成・活用を行う。

 これらにより、T種試験採用者=幹部候補という入り口を「出自」としたカースト制は、姿を消すことになるのだろうか。
 確かに、試験にパスさえすれば幹部候補になれるという仕組みはなくなる。新たに実施される3種類の試験について、報告書は「あくまで採用の際の区分であり、いかなる意味でも将来の昇進や身分の保障を意味するものではない」と念押ししている。
 とはいえ、幹部候補として想定されているのは、総合職試験採用者であり、その他の採用者については「なれることもある」にすぎないのではないか。たかだか2年ほどの勤務で、幹部候補としての適格性を判定できるはずもあるまい。露骨な入り口カースト制は「幹部候補育成課程(仮称)」を隠れ蓑に、マイルドな形で存続することになろう。
 ちなみに、人事院は2007年度のいわゆる国家公務員白書を6月30日に国会と内閣に提出した。同白書は、キャリア制度について「特権的な意識を生じさせているなどの批判を受けている」とも述べ、能力・実績重視の人事運用への移行を主張している。前回に指摘した「ゲートウエイ・クリア能力」偏重の人事評価への反省が、霞が関にも共有されつつあるようだ。
 ならばなおさら、試験名称の事実上の書き換えに終わらない大胆な改革が求められる。たとえば、採用試験は高校卒業程度、大学卒業程度、大学院修了程度という学歴別の3種類とする。そして、幹部候補への選抜は、この「出自」にかかわらず、少なくとも5年程度の執務実績に基づく資質の評価に委ねてはどうか。

5 国家公務員制度改革基本法の成立
 先の通常国会の終盤になって、与野党が急転直下歩み寄り、国家公務員制度改革基本法(以下、基本法)が成立した。報告書にあった「内閣人事庁(仮称)」は、基本法では内閣官房に置かれる内閣人事局へと縮小された。「庁の新設は行革の流れに反する」との民主党の主張を受け入れたためである。
 ただ、その中身は報告書の提言にむしろ近いものとなった。2月の報告書提出から4月の基本法案閣議決定に至るまで、幹部人事の内閣一元管理をめぐる政府・与党内の調整は難航した。ついに政府案では、幹部人事案の作成権限は各府省に残すことになった。内閣一元管理による縦割り主義の打破の観点からみて、後退の感は否めなかった。
 これに対して、成立した基本法は、「幹部職員の任用については、内閣官房長官が、その適格性を審査し、その候補者名簿の作成を行う」と謳う。そして、各大臣が首相・官房長官と協議して幹部職員の任免に当たる。「議院内閣制の下、政治主導を強化」する公務員制度改革の基本方針に合致していよう。
 内閣の要である官房長官は重責を担うことになる。そのスタッフとして働く内閣人事局が、各府省のひも付き役人に牛耳られては元も子もない。ここの設計を担うのが、首相を本部長とする国家公務員制度改革推進本部(以下、推進本部)である。実務を取り仕切る事務局長・次長をだれにするかは、改革の成否を占う当面の焦点であった。
 人選は迷走を重ねた。ようやく7月4日になって、事務局長に立花宏・日本経団連参与、事務局次長には松田隆利・前総務事務次官と岡本義朗・三菱UFJリサーチ&コンサルティング主席研究員というキャスティングに落ち着いた。
 当時の渡辺喜美・行政改革担当相は、「三人の顔触れは、これからの公務員制度のあり方を象徴している。松田さんは次官経験者だが局長の下で仕事をされる。年功序列人事では考えられない人事だ。六〇歳の松田さんと四九歳の岡本さんが机を並べるわけですから。年功序列とか縦割り主義を完璧に打破する布陣になっている」と絶賛した。
 立花は10年前の橋本行革のメンバーを務めていた。行政改革の知識・経験は豊富にちがいない。松田も行革推進本部事務局長の経歴が示すとおり、行革のプロをもって自任する。官僚のとりまとめ役が期待されよう。それでも、報告書提出から今日までの経緯を振り返ると、内閣一元管理が看板倒れにならないか懸念はぬぐえない。

6 見逃されている課題
 さて、話を懇談会の報告書に戻すと、「公務員を府省等機関別に固定化させない (「ゼッケンを外す」)」という記述が出てくる。国家公務員のゼッケンにはもちろんチーム名(○○省)が書かれている。しかし、実はゼッケンの地の色には4色あるのである。つまり、各自のゼッケンには、前回指摘した「四民」のどこに属しているかを示すカラーの地の上に、府省名がプリントされているといえよう。
 内閣一元管理は、ゼッケンにプリントされたチーム名を消す作業である。本稿4で取り上げた入り口選抜方式の廃止は、4色を2色に塗り替えることを目指している。だが、これらによっても、まだゼッケンは外せない。事務官・技官という2色のゼッケンが残ってしまうからだ。
 前回述べたように、入り口を「出自」としたカースト制は、キャリア・ノンキャリアの別だけでなく、事務官・技官の間にも存在している。よって「四民」不平等なのである。報告書も基本法もこの点の問題関心が希薄なのではないか。
 すでに2001年12月に閣議決定された「公務員制度改革大綱」には、事務官・技官の別は廃止すると明記されている。しかし、そのための法的措置は取られないままである。安倍政権下の昨年4月に閣議決定された「公務員制度改革について」では、事務官・技官の別について一切言及はない。その安倍の私的諮問機関として設置された懇談会であるから、2色のゼッケンを視野に収めていないのはむしろ当然かもしれない。
 あるいは、基本法にある「能力及び実績に基づく適正な評価を行う」「能力及び実績に応じた処遇を徹底する」という文言に、事務官・技官のカースト制を撤廃する意味を読み取ることもできよう。とはいえ、「四民」平等を真に達成するためには、技官冷遇の現実を直視すべきである。
 変化の兆しもある。7月の経産省の人事異動では、資源エネルギー庁次長と官房会計課長にはじめて技官が登用された。当時の甘利経産相が能力重視の方針を貫いた結果である。同じ7月に厚労省は、舛添大臣が自ら議長を務める人事政策検討会議を新設した。技官人事のあり方などを検討し、来年度からの人事に反映させる方向だという。
 霞が関に「ゲートウエイ・クリア能力」ではなく、国民全体の奉仕者としての執務能力を重んじる組織風土が定着することを願ってやまない。
 (文中一部敬称略)

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