ネーダーの3度目の挑戦

西川伸一  * 『QUEST』第12号(2001年3月)掲載

 昨年のアメリカ大統領選挙は、フロリダ州の開票をめぐりすったもんだしたあげく、マイノリティ・プレジデント(総投票数では2位だが、獲得選挙人数で勝利)となったブッシュ氏の共和党政権が1月20日スタートした。各州ごとの「勝者総取り」という選挙制度のゆがみが、端的なかたちで明らかになった。

 さて、それらの報道に埋もれがちになったが、全米3位の得票をあげた候補者はだれだったか。消費者運動の草分けとして名高いラルフ・ネーダー氏である。得票数264万票あまり、得票率3%。ブッシュ、ゴアがそれぞれ4800万票以上であるから、大敗にはちがいない。とはいえ、選挙制度、メディア報道、資金面などから「まったく勝ち目がない」状況でこれだけの支持を集めたことに、むしろ私は注目したい。

 以下はネーダーの2000年米大統領選奮戦記である。

 まず、ラルフ・ネーダーについてざっとおさらいしておく。1934年2月生まれで現在67歳。ハーバード大学を出て1958年に弁護士に。1965年10月に出した『どんなスピードでも自動車は危険だ』が一躍ネーダーを全米の有名人に押し上げた。訴訟人の主張に基づき調査を進め、ゼネラル・モーターズ(GM)の乗用車コルベアは横転しやすい欠陥車であることをつきとめ、GMはそれを知りながら販売していると告発したものだ。

 これをきっかけに消費者運動の旗手となり、大量生産・大量消費の産業社会を警告し続ける。自動車へのエアバッグ導入や飛行機内での禁煙を実現させたのも彼の力によるところだ。最近では「パブリック・シチズン」というNGOを立ち上げ、「企業の利益追求と市場原理を優先しすぎる世界貿易機関(WTO)の体質」を批判。1999年11月30日開幕のWTO閣僚会議を前に、開催地シアトルへ集まるよう世界のNGOに呼びかけた。それに応えた6000人が会場を包囲し、開会式を中止に追い込んだことは記憶に新しい。

 実はネーダーの大統領選挑戦は今回で3度目。1992年にはマサチューセッツ州予備選に民主党候補として出馬し、1996年には今回同様「緑の党」から大統領候補の指名を受けている。だが前回は得票率が0・7%(約68万票)とまったくの惨敗を喫した。これに対して、ネーダーは「前回選挙では党に名を貸しただけで、選挙運動もろくにやらなかった。今回は選挙資金も集め、本気で闘うつもりだ」と選挙戦を前に決意を示していた。

 もちろん、はなから当選できるとは思っていない。ネーダーがめざしたのは二大政党制の打破、そしてその第一歩としての全国得票率5%の獲得である。この5%が連邦政府から選挙活動資金として公的助成金を得る基準となっている。アメリカ国民に「第3党」を認知させるためにどうしてもクリアしたい数字だった。そのために、ネーダーはなにを訴えたのか。

 「今の米国は企業による繁栄でしかない。民主、共和両党ともそれを支持しており、毎年事態は悪化するだけだ。大企業が支配する寡頭政治を打倒するために、第三の政党が必要だ」(2000年7月14日・ミネアポリスでの講演会)

 たしかに、1990年代に史上最長の拡大を続けたアメリカ経済であるが、貧富の格差はむしろ広がり、約1割にあたる1000万世帯が低収入のため、銀行口座を持っていない。一方で、大企業の経営者は数十億円の退職金を得る。金満文化と弱肉強食社会、それを後押しする既成政党。そこに不満を感じる人々の気分をネーダーが吸い上げる素地は十分にあった。

 ネーダーを支持するグループは二つに分類できる。第一は既成の二大政党に失望している若者たち。「彼ら(ゴアとブッシュ)はトップ10%の裕福な層の代表だ。僕たちのことなど考えていない」「発展途上国の生活と環境を破壊して、大国アメリカが富を貪るのは許せないという彼ら(若者たち)の気持ちを、政治の場で形にできるのは・・ネーダーなんだ」

 第二は民主党のリベラル派勢力。右寄りが目立つクリントン政権に対して「このままでは民主党の存在意義がなくなる」と見切りをつけ、ネーダー支持に回った人々である。彼らの存在が選挙結果を左右したといっても過言ではあるまい。というのも、フロリダ州でネーダーが獲得した票は約9万6000票。ネーダーの民主党支持層への食い込みが、皮肉なことに、ブッシュ当選に寄与してしまった。

 こうした事態は選挙期間中より心配されていた。たとえば全米でもっともリベラルな環境保護団体「フレンド・オブ・アース」は、2000年9月5日にゴアを組織的に支持する方針を表明している。その代表であるブラックウェルダー氏は「我々はネーダー氏の政策に大方同意しているが、第三党が大統領選で勝つことがないのも事実。我々の主張を実現するには有力候補の中で選択せざるを得ない。・・共和党が政権を握れば環境保護派にとって暗黒時代が訪れることになる」と述べた。

 これこそ、私たちが政治的選択を行ううえでの難問である。投票と支持はちがう、より少ない悪の選択こそが政治なのだ、と言い聞かせて戦略的に投票するか。あるいは、先の若者たちのように、双方とも同じ程度の悪とみなして「良心に従って投票」するか。ただここでいえるのは、戦略的に考えてゴアに入れたリベラル派や環境保護派がずいぶんいたであろうということである。民意が正確に反映される選挙制度の下ならば、ネーダーはもっととれたにちがいない。

 選挙資金についても触れておこう。連邦政府からの公的助成金は今回6756万ドル(約74億円)。ブッシュ、ゴアの両候補はこれを受け取ったうえに、ソフトマネーと呼ばれる企業、政治団体からの献金(規制なし!)をたっぷり集めた。その結果、2000年11月1日時点での各候補の選挙資金は以下のとおりであった。

 第1位 ブッシュ 1億8720万ドル(約205億円)

 第2位 ゴア   1億3311万ドル(約146億円)

 第3位 ブキャナン(改革党) 2903万ドル(約32億円)

 第4位 ネーダー  600万ドル(約6億6000万円)

 ネーダーはハイテク株取引などで得た私財500万ドルを投じた。それ以外はほとんど個人献金である。ちなみに、彼ら4人の選挙資金を合計してネーダーのそれの割合を出すと、わずか0・16%。これで3%の得票率をあげたのであるから、「健闘」といってよかろう。「企業に買い取られた政治」への批判は強い。まさに大統領の座はカネで買われるのだ。これでは民主主義は滅びる。ネーダーの投じた一石には、金権政治から民主主義を救わなければという危機感が込められていた。

 「デイリー・デモクラシー」というネーダーの造語がある。主権者としての市民一人ひとりが、毎日の生活のなかでコツコツと民主主義の織物を織っていかなければならないという意味だ。アメリカ国民の「デイリー・デモクラシー」の実践によって、企業の思惑とは無縁な第三党が成長することを願わずにはいられない。

 《参考文献》

 「朝日新聞」「毎日新聞」「読売新聞」のアメリカ大統領選関連記事

 「ラルフ・ネーダーと緑の党が闘ったアメリカ大統領選」『日経エコ21』2001年1月号


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