社会主義理論学会編『二〇世紀社会主義の意味を問う』(御茶の水書房、1998年)

   西川伸一  *「シンポジウム 司会者あいさつ」5-7頁。

 本日は社会主義理論学会第8回研究集会「20世紀社会主義の意味を問う ロシア革命80周年」にお集まりいただき、誠にありがとうございます。開会に際し、一言ごあいさつ申し上げます。

 まず、この社会主義理論学会とはいかなる学会か、ご存じない方もおられると思いますので、簡単にご説明いたします。当学会は1988年10月29日に発足いたしました。発会の「よびかけ」文には、「自由で民主主義的な社会主義を共に志向する人びとが、それぞれの立場の違いを認めあいながらも、たがいに学び、交流し、協同して新たな創造的研究に取り組む活動を、ここに開始したいと思います」とあります。

 すなわち、あらゆる権威を排した、他者との積極的な意見交換こそ、当学会の最も尊重するところであります。一方、ドグマにとらわれた、考え方の独善的な押しつけは、当学会の最も嫌悪するところであります。本日の研究集会も、独りよがりなモノローグの場ではなく、建設的なダイアローグの場になることを切に希望いたします。

 さて、今年はロシア革命80周年の記念の年です。もちろん、10年という客観的な時間の単位に大した意味はありません。しかし、ものごとを振り返るきっかけとしては便利です。そこで、10年ごとに各々の時点からロシア革命を捉え直す試みがなされてきたはずです。その点をみると、今年の80周年は70周年およびそれ以前の各十周年とはまったく異なる感慨を持って迎えざるを得ません。言うまでもなく、ソ連・東欧の社会主義体制(何とよぶかについての議論は、ここでは留保します)が崩壊してはじめて迎える区切りの年だからです。

 あるいは、80周年のちょうど半分の40周年を数えた1957年と比べても、興味深いものがあります。この年、ソ連は世界初の人工衛星スプートニク1号の打ち上げに成功し、アメリカは宇宙開発でソ連に先を越されたことに、大きな衝撃を受けます。いわゆるスプートニク・ショックです。わが国でもロシア語がブームとなり、理工系学部をもつ大学ではロシア語教育が盛んになったといいます。その1957年11月のモスクワでのロシア革命40周年記念式典では、フルシチョフ、毛沢東以下社会主義諸国の党・政府代表がずらり会して、クレムリンの観閲台から準中距離弾道弾を中心とする軍事パレードを観閲しました。社会主義の優位性と社会主義諸国の団結を世界に誇示した一大ページェントでした。

 ここを分水嶺として今日があります。ソ連が得意の絶頂にのぼりつめたのが40年前だとすれば、それからの40年は奈落へ落ちていった軌跡と言えそうです。この盛衰をいまなら落ちついて概評できるのではないでしょうか。門外不出だった様々な資料が研究者の目に触れるようになり、実像の解明が進んでいます。

 ところで、NHKは1990年5月27日から同年12月23日まで8回にわたり、「NHKスペシャル 社会主義の20世紀」を放送しました。タイトルから、21世紀には社会主義はないと言いたいのか、と勘ぐったものです。これを裏付けるかのように、ソ連が解体したのは、この放送終了から1年後のことでした。 

 一方、今日の研究集会では「20世紀社会主義」という言い方を使っています。同じく勘ぐると、「21世紀社会主義」もありうるというふうに読めます。当然そのためには、最新の研究成果に基づいて、20世紀社会主義の意味を考え直さなければなりません。

 このように、偶然の年のめぐりですが、20世紀最後のロシア革命節目の年は、20世紀社会主義の意味を問う格好の機会となりました。これが当学会の「よびかけ」文に謳われた「創造的研究」にふさわしい活動であると信じます。この研究集会において豊かな討論の輪が形成されれば幸いです。

 最後に、本日のパネラー3名の方々を報告順にご紹介いたします。まず加藤哲郎さんからは、インドでの生活経験から「何が社会主義ではないか」を考えることの重要性に気づかれたこと、その視点からの20世紀社会主義の総括、ならびに21世紀に向けた大胆な発想の転換の指針などについて、お話をうかがいます。次に大薮龍介さんからは、20世紀社会主義の歴史的規定から説き起こされて、ロシア革命が構造的に解放の中に抑圧を宿していた点、さらにそれが体制化する1930年代ソ連国家の欠陥と原因等々、お話いただけるかと思います。最後に伊藤誠さんからは、ロシア革命の世界史的意義を多形的な社会主義への発展移行の可能性を示したものとした上で、ソ連型社会主義経済の成果と限界、とりわけその実験でのポジティブな側面をめぐって、お話を展開していただけるものと存じます。

 また、加藤さん、大藪さんが政治学者、伊藤さんは経済学者ということで、問題の捉え方や接近方法の違いもおもしろいところかもしれません。

 それでは、報告に移らせていただきます。


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