書評・土屋光芳、井田正道他共著『概説 官僚制と政治過程』学術図書出版

   西川伸一  * 明治大学政治経済学部『政経フォーラム』第10号(1999年12月)掲載

 「この問題は重要ですから政府委員に答弁させます」

 かつて、国会の委員会質疑でこう発言して失笑を買った大臣がいた。大臣が「重要な」問題について答える自信がなく、政府委員すなわち官僚に任せたのである。実質的には、官僚が日本の政治過程を取り仕切っていることを象徴的に示したエピソードといえる。

 こうした事態を打開しようと、今年の通常国会(第145回)で国会改革関連法が成立し、政府委員制度が廃止された。とはいえ、官僚は「政府参考人」として答弁できる。彼らに肝心な答弁を代行させる大臣が、再び現れないことを祈るのみである。

 さて、本書はいま述べた「官主導」の政治過程を、「将来に向かって広い視野をもって、明快な議論と変革を志向する政治的アクターが参加する」民主的政治過程へ転換させたいという熱意にあふれるテキストである。構成と執筆者は次のとおり。

  第1章 政治過程と政策過程の基本的視座(三田清)

  第2章 社会経済の変化と官僚の役割の変貌(藤岡祐次郎)

  第3章 日本型政策過程の特徴と問題点(高橋秀行)

  第4章 政治過程における公共利益集団(NGO)の可能性(土屋光芳)

  第5章 代表選出の政治過程(井田正道)

 以下、章別にその内容を簡単に紹介する。

 <第1章> 実質的な政策決定は官僚が担い、国会審議はそれを追認するセレモニーになっている。そこで野党は、与党に政策論争を挑むより、「国対政治」で法案の成立数を減らすことに力を注いできた。また、政策は官僚任せなのだから、官僚に「やる気」がなければ政策化されないことになる。これでは、民意とのズレが生じても仕方あるまい。

 いうまでもなく、国民の審判を受けない官僚は、政策形成に対する民主的正当性をもたない。政党や「民」が政策立案能力を高めて、国民の政策ニーズに応え、官僚をその本分である行政に専念させること。これが、民主政治のあるべき姿であろう。

 <第2章> 戦後復興期には「先進国に追いつけ」という国家目標に対して、「官主導」はきわめて合理的であった。高度成長期にも、官僚が牽引役となってキャッチアップを達成する。一方で、公害問題の噴出は住民運動を招き、顕著になった貿易摩擦は規制緩和を不可避にした。いずれも「官主導」から「民主導」への転換の契機となった。

 これを加速させたのが、高度成長後の財政危機である。民営化やPFI(社会資本の整備などに民間の資金や経営ノウハウを用いること)導入に踏み切り、「官」の比重は低下した。いま「官」に求められるのは、政策を非妥協的に示すのではなく、複数の選択肢を用意して「民」の意思に委ねる姿勢である。

 <第3章> 日本的経営とメインバンク制からなる日本型システムと、政・官・財トライアングルを特徴とする日本型政策過程。両者の「制度的補完性」は、前者の融解により過去のものになりつつある。それでも、後者が生き残っているミスマッチに、近年の政策判断の失敗は起因しよう。

 この日本型政策過程は、族議員の台頭で党高政低といわれても、実際は「政治家主導の仮面をかぶった官僚主導」である。ここから、市民の生活実感とはかけ離れた政策が導き出される。現状変革の担い手として、対抗勢力(野党やローカル・パーティーなど)の成長が期待されるが、その未成熟が日本型政策過程を存続させている。

 <第4章> NGO(非政府組織)の歴史は古く、国際連盟創設当初からその「補佐役」とみなされていた。国連では経済社会理事会の「協議機関」という正式な地位にある。だが、日本でNGOの活動が開始されるのは、1960年代になってのこと。とくに海外支援型NGOは少なく規模も小さい。

 しかし、こうしたNGOが、いまでは新興国の政治過程に欠かせない存在になっている。政府レベルの援助では行き届かないグラスルーツのレベルで、南北NGOが活躍してきた。それは「民際外交」という新たな国際交流を生み出している。国際援助の分野でも、「官」の独占状態は崩れ、「民」が重要なアクターとして登場してきているのである。

 <第5章> どの選挙制度にも一長一短があるが、衆議院の小選挙区比例代表並立制の場合、とりわけ重複立候補と復活当選が批判される。が、政党側には候補者選定の事情があり、その廃止はむずかしい。

 ところで、自社両党の衆議院での議席占有率をみると、55年体制が93年でついえたことがはっきりする。58年の総選挙では両党で実に97%に達したが、長期低落を続け、93年の総選挙では57%に落ち込んだ。また93年以降、政党の流動化現象の結果、無党派層が年齢を問わず急増している。政党支持は投票行動に直結する。投票時間の延長などで投票率は回復気味だが、楽観はできない。

 このように、政官関係、官民関係をめぐる今日的な問題の所在を、多角的に扱っており、現代日本政治への格好の入門書といえよう。その意味で、地方分権についての記述が割愛されたのは残念だ。


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