GM、UAW、そしてランシングーーー工場リストラ現場を訪ねた(更新日2004/02/02)

GM工場訪問記――リーン生産方式で企業再建?

 自動車の旧ビッグ3が本拠を構えるミシガン州。その頼みの自動車産業も日本車に押され気味で、つい先日、昨(2003)年の自動車販売台数でトヨタがフォードを抜いて世界2位になったと報じられた(トヨタ678万台、フォード672万台)。約860万台販売したGMは順調かといえば、そうではない。アメリカの意地を守るべく血みどろの努力を重ねているようにみえる。
 昨年、GMの4つの工場を訪問する機会を得た。ここでは印象に残ったその「血みどろの努力」の様子の一端を記しておきたい。

 ミシガン州の州都・ランシング市。州都とはいえ人口12万人ほどの小さな街で、街の誇りは、立派な州議事堂があること(左の写真)、GMの大きな工場があることぐらい。ランシング工場(Lansing Car Assembly)とグランド・リバー工場(Lansing Grand River Assembly)の二つの組み立て工場である。このうち前者のランシング工場は閉鎖が日程に登っている。
 GMの業績悪化とともに失業者が増え、少し街を歩けば荒んでいることを肌で感じとることができる。そのあおりを受けて、市の財政も火の車。教育予算が大幅削減され、スクールバスを一部廃止、学校統合、教員の解雇などと、穏やかではない。知人のある日本語教員は自分の職も危ういというので、日本語のブラッシュアップのため、昨秋からMSUの大学院のコースをとり始めた。

 もちろんGMの経営側も労働組合UAWも、そしてランシング市も黙っているわけではない。数年前から市のニックネームを‘Car Capital of The World’と命名し、デトロイトや豊田市と対抗しようというのである。しかもこれらが市と組合とGM経営者の三者の共同でおこなわれていると聞くと、日本の「企業城下町」を彷彿させる。

 さて私が訪問したのは、ランシング市内のこの二つの工場と、フリント(Flint)のGM第81工場を管轄するUAW599支部、そしてGMデトロイト・ハームトラ工場を管轄するUAW22支部の4カ所である。
 製造車種はマチマチであるが、この4つのGM工場に共通していることがある。それは工場の建て直し(リストラ)の基本コンセプトが「大量生産方式Mass Production System」から「リーン生産方式 Lean Production System」へ、これである。リーン生産方式の導入とは、チャップリンの映画『モダンタイムス』のイメージ(ベルトコンベアのスピードに合わせた単調・反復労働)のフォード生産システムから、多様な仕事をチームで工夫を凝らしながら協力しあうやり方、いわばトヨタのイメージへの転換のことをいう。具体的な中身はともあれ、訪れたどの工場も「リーン生産」と「チーム・コンセプト」がスローガンなのである。労働組合UAW全米自動車労組United Automobile Workers, 右の写真はデトロイトにある本部)もそれぞれの支部で考え方や行動に違いがあるとはいえ、この流れは受け入れざるを得ないという点でほぼ共通していた。

 しかし日本では「常識的」なこの方式、アメリカ人と労働組合にとってはただ事ではない。「これは俺の仕事、あれは奴の仕事さ。俺のこの仕事は時給23ドルだけど、奴のあの仕事は簡単だから20ドルなんだ」。人の採用と配置と処遇(賃金等)が仕事を基準におこなわれているのである。こういう「仕事基準」のルールに慣れ親しんできた職場に、チームになって仕事を互いに融通し、協力しあい、時には「俺の仕事」を「奴の仕事」と取り替えて、カイゼン(改善)をしていく、そういうやり方が簡単に受け入れられるはずがない。

 解決せねばならない課題は山のようにある。例えば、以下のことは不可欠だろう。
@仕事を互いに融通しあい、「これは俺の仕事だ!」意識を捨てさせねばならない。
  → 【具体的には仕事のローテーションを受け入れさせること】
A仕事を互いに融通するなら、これまでの職務給(Job based Pay, JBP)は通用しない。
  → 【どれだけの種類の仕事ができるかで決める賃金(Skill-Based-Pay or Pay for Knowledge, SBP)に変更すること】
Bそのためには実際に多様な仕事ができるように訓練する必要がある。
  → 【アメリカでは一般的ではない企業内教育・訓練の充実】
C勤続年数が長い者を優遇する慣行(Seniority rule)はリーン生産と両立するか
  → 【セニョリティ・ルールの廃止ないしは限定】

 しかし、カリフォルニア州のフリーモントにあるトヨタとの合弁会社NUMMIの「成功」から、GM経営陣は工場再建のカギはこのリーン生産方式の導入にある、そう考えたようだ。1987年、The Quality Network という名でリーンシステム導入を開始する。1990年には全国レベルでUAWの協力を取り付けている。とはいえ、単にこれで各工場レベルでリーンを導入できたわけではない。地方ごと、工場ごとの労使交渉で上記の@〜Cの詳細を協約する必要があるからである。
 
 新方式導入をめぐる課題を、それぞれの工場経営陣とUAW地方支部がどのように受けとめ、どのような姿勢で交渉したのか、出来上がったリーン生産システムとチーム・コンセプトの具体的な内容は、それにかかっている。私の工場訪問の目的はこの一点に絞ることができる。
 訪問した中で、リーン生産システムの導入にもっとも「成功」的だと思われるのは、グランド・リバー工場であった。この工場は、「ブラウンフィールド工場をリーン生産に変えていく」というかけ声の下、3年前にUAW652支部の全面協力を得て、老朽化した工場を全面改修したものである(写真は、GMとUAWのマークが「仲良く」掲げられている正面ゲート(Brown-Field とは既設工場のこと)
 構内に入った途端、Kanbanカンバン、Kaizenカイゼン、Pokayokeポカヨケ、Seiri-Seiton-Seiketsuセイリ・セイトン・セイケツ、Andonアンドン、こういう文字が飛び込んでくる。「ここはGMではない。トヨタの元町工場だ!」と錯覚を覚えるほどであった。かつてホンダのアメリカ工場の経営に携わっていた友人・A氏も、同工場を見学した後、同じ感想を漏らした。構内を歩けば、作業チームの目標や実績の資料、グループミーティングの予定表など壁に張り巡らされ、チーム・コンセプトが動いていることを実感できる。だが私の目からは、そういう作業ルールでの賃金制度はSBPが不可欠と思うのだが、それは導入されていない。

 これとは対極にあるのが、デトロイト・ハームトラ工場。工場内を実際に見学できなかったので、具体的な様子は確かではない。しかし、チーム方式は認めてはいても、ジョッブ・ローテーションの導入を制限し、賃金は相変わらず職務給のままである。始終、笑顔で対応してくれたここのUAW Local22の組合副委員長は、「一つの仕事が出来れば6つともできるはずであり、差をつけるのはおかしいし、ローテーションをすると仕事の質を保証できない。それにもし欠勤者があった場合、不慣れな人が応援にやってくると作業効率が悪くなるではないか」と、ローテーションとSBP導入の提案を退けた理由を熱く語ってくれた
(写真の左が副組合長Mr.George McGregor 右が機関紙編集長Mr.John Martinez)。しかしここでもチームで仕事をするという考え方だけは受け入れている。チームで協力すること、いろいろな仕事ができるようになること、チームの会合に出席すること、このような意味での「チーム・コンセプトを受容することと引き替えに大幅賃上げを勝ち取ったのさ」。にこやかな顔ながら、キッパリそう語ってくれた。

 残りの二つの工場も独特である。
 工場閉鎖が決定されているランシング工場
(右写真)では、チーム生産システムの導入によって、1993年に自発的なジョッブローテーションとSBPが導入されたが、その後1996年に、ローテーションが全員に義務づけられる。それに伴って賃金は熟練職を除いて同額に固定され、SBPは廃止された。昨年秋の交渉では、その強制的なローテーションも再び見直され、事情によっては例外を設けるなどの変更が加えられている。チームコンセプトの導入という点では労使の合意があるとはいえ、そのあり方をめぐる確執が今なお続いているようである。しかも工場の業績改善は一向に進んでおらず、本年1月にはレイオフもおこなわれている。

 フリント(Flint)にある第81工場。1980年代の初頭に、ジョブ・ローテーションとSBPを中心としたチーム生産方式を導入した。以後、このチームコンセプトは実に20年以上続いている。当初、業績悪化の中で、「高い離職率と激しい技術革新に対応できる生産システムを!」ということで、労使共同で導入を決めたのだという。フリント地区は1989年に解雇をめぐる大争議があったが、その「苦難」の時期を越えて、今に至っているのである。私たちがUAW599支部を訪れ(左の写真は支部長Mr.Joe Niedzwiecki と)、懇談をしたときに、その場には経営側の人事担当部長も出席し、話しに応じてくれた。チーム生産方式が20年にわたる長い期間定着してきた理由を彼はこう言う。「そりゃあ、労使の話し合い重視と従業員への教育訓練重視の姿勢さ。Key5と私たちが呼ぶ労使協議会は週一度会合をもって、労使の情報交換をするのさ」。この部長の自信たっぷりな話し方が際立っていた。

 さて、同じ州内のGMで、同じUAWに所属する労働組合で、そしてリーン生産方式の導入により企業再建という同じ経営戦略であるにもかかわらず、職場でおこなわれているリーン生産の実態はこのように実に多様である。ジョブ・ローテーションがないところ、SBPを使っているところ、一時は使ったが廃止したところ、まったくフラットな賃金のところ等々。4つの工場のどこがどのような意味で「成功」しているのか、評価するにはいま少し調査と研究が必要である。

※上記、ランシング工場の1993年までのチーム生産方式の実態については、篠原健一が『転換期のアメリカ労使関係』(ミネルヴァ書房)で詳しく分析している。


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