ミシガン州の日本(更新日2004年5月25日)

 日本からの直行便が到着するデトロイト・メトロポリタン空港 (Detroit Metropolitan Wayne County Airport)、右の写真はそのターミナルの一部をイラスト化したもので、広い場内には赤いボディのしゃれたトラムが走っている。この真新しい空港に降り立つと、いきなり日本語表示の看板が目につく。「お荷物受取所」「旅券査証」「バス・タクシー・レンターカー」等々。おまけに時折、「デトロイト空港へようこそ。ただいまの時刻はアメリカ東部時間午後2時15分です。お手元の時計をお直し下さい」の場内日本語アナウンスさえ聞こえてくる。ここは本当にアメリカかと錯覚に陥ってしまう。

 デトロイト空港がこのようになったのも1980年代半ば以降、たくさんの日系企業がミシガン州に進出したからである。デトロイトにある日本領事館の在米邦人数調べをみると、19801,980人、852,692人、906,400人、それ以降も増え続け、2003年には9,042人にもなった。
 下の表は2003年の地域別日本人数である。なんといってもデトロイト地区が他を圧倒している。

ミシガン

長期滞在者

永住者

合計

County(郡名)

男性

女性

男性

女性

デトロイト、アナーバー地区

3,339

2,966

6,305

347

564

911

7,216

Macomb, Oakland, Wayne, Washtenaw

バトルクリーク地区

348

351

699

24

41

65

764

Branch,Calhoun,Hillsdale,Jackson,Kalamazoo

ランシング地区

73

87

160

16

30

46

206

Ingham, Clinton, Livingston

その他

239

250

489

90

277

367

856

-

ミシガン州合計

3,999

3,654

7,653

477

912

1,389

9,042

-

上の二つの欄が日系企業の多いところ、ランシング地区はミシガン州立大学があるところ。9千人近くの在ミシガン日本人は圧倒的に企業の駐在員たちであることが一目瞭然だ。

 どのような企業か。これについては日本領事館が実施した調査がある(200210月1日現在調べ)。
 ミシガン州全体352か所(前年比1.9%減)の日系企業事業所が活動している。その内訳をみると、製造業関係が236か所(全体の67.0%)、次いで商業(卸・小売、貿易)が61か所(同17.3%)、サービス業が31か所(同8.8%)となっている。
 製造業の中では、自動車・自動車部品関連事業所が最も多く(約6割を占める)、次いで電気、機械関係(工作機械、精密機械、その他機械)、化学、金属各事業所の順であった。
これら日系企業が雇用する従業員数は34,823人で、そのうちの95%を占める32,955人がアメリカ人であったというから、かなりの程度現地化が進み、ミシガン全体の経済に少ない影響を与えているといってよい。とりわけアメリカ北部の自動車産業への影響は量的にはいうに及ばず、経営や労使関係の質的な面でも大きな影響を与えているといえる。

 これだけ日本人がいると、それなりの日本社会が成立するはずである。確かに日本人向けのレストランや本屋、スーパーマーケット、また駐在員の子どものために「日本人補習校」もある。上表のデトロイトとバトルクリーク地区にそれぞれ1校ずつあり、毎週土曜日に州内の各地から日本の子どもたちが元気に集まってくる。
 しかし、駐在員同士の強力なネットワークはあるのだろうが、それが企業の枠を越えたものなのかどうか、きわめて疑わしい。私自身はそういう立場にいないので断定は禁物ではあるが、しかし事の善悪、価値判断を抜きにして考えてみるに、同じアジア人の中国や韓国の人たちは、私たちとは違って、強力で幅広い人的ネットワークを作り、異国の地で互いに助け合って生きている。これにたいして日本人の場合は、企業内のネットワークはきわめて強力だが(=仲間同士の絆は深いが)、企業の枠を越えたものにはなっていない。いや、むしろそれを遮断しているようにさえみえる。それほどに企業の壁は厚いということなのだろうか。

 日本人だけが凝り固まってしまう傾向はしばしば指摘されるところだが、実は正確には、民族としての日本人ではなく、企業を核とした仲間内で固まる傾向なのである。民族として固まってしまうのも問題だが、仲間内(理解しやすい集団)で固まるのも大きな問題である。狭い身内(仲間)だからこそ絆は強力で、だからこそそれ以外のヨソ者(たとえ日本人であっても)にたいする排除の論理に転化しやすいからである。「企業の殻を破る」、グローバリゼーション下の私たち日本人の大きな課題なのだろう。

 というのも、先日大きな話題になったイラクで人質にあった人たちへの「自己責任」に名を借りた個人攻撃、これに驚きを禁じ得なかったからである。
大きな組織や企業に属さない、その意味で破るべく「殻」を持たない人、このような人たちが、他ならない自己の信念と自己の責任で国際的に意味のある仕事をしようとするときの困難さ、日本人という「身内」からの疎外を覚悟しなければならないのだろうか。何ともやりきれない話しである。グローバリゼーションと呼ばれる時代の、あるいは企業意識からの脱却が叫ばれる時代の、私たちの大きくて重い課題である。

 ところが、その一方で、例えば,日本人がたった160人しかいないミシガン州立大学の周辺に日本レストランが8軒もあったり、スーパーマーケットの一角にSUSHIコーナーが設けられ、鉄火巻き、カッパ巻き、にぎりの詰め合わせなどパック詰めの寿司を発見したりする(左の写真は近くのスーパーにみられる寿司コーナー)。また例えば、「宿敵」トヨタの車造りのやり方カンバン方式を世界の車の王者GMがKanbanSystemとして採り入れ、多能工ならぬMulti-skilled operator を育成しているのを発見する。しかし海苔が内側に巻かれたアメリカの海苔巻き、またスプーンを使ってMiso-soup(みそ汁)を飲む姿、、さらには絶対に残業や時間外のミーティングをしないKaizen活動、チューインガムを噛みながらアンドンのコードを引く、これらを見るにつけ、それはもはや日本の寿司ではないし、日本のトヨタシステムでもない。寿司ではなくSUSHI、カンバン方式ではなくKanbanSystemなのである。良い意味でも悪い意味でも、アメリカは他国の文化ややり方を自国流にアレンジし自国のものにしてしまう。

 さて私たち日本と日本人は如何に。

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