1-5 奇術トリック研究

明治大学情報コミュニケーション学部教授
メタ超心理学研究室 石川 幹人

 以下では,超心理学研究に奇術トリックの研究が不可欠であることを述べる。また,奇術トリックを理解するための,若干のヒントを示す。

<1> 超心理学における奇術

 奇術によって似たようなPSI現象が演じられるからといっても,PSI現象がすべて偽物であることにはならない。しかし奇術で演じられるのであれば,そのPSI現象が本物であることの「社会的受容」はかなり低下するのは間違いない。一方で,奇術で「演じられない」ことを示すのはほとんど難しい。将来可能な奇術トリックをすべて挙げ連ねることは不可能だからである。PSI現象の真偽を確実のものにするひとつのあり方は,懐疑論争である。懐疑論者が奇術によって演じられることを示したら,そのトリックでは該当のPSI現象が引き起こせないという主張を超心理学者が行なう(あるいはより厳密な再実験を行なう)といったプロセスの中で,社会的な認知が高まっていくのだろう。ところが,そうした健全な懐疑論争はなかなか行なわれない(1-4)。
 こうした状況で超心理学者に求められるのは,基本的な奇術トリックに関する理解である。だが,それも並大抵ではない。モリス教授(エジンバラ大学ケストラー講座)は,奇術師はひとつの職業であり,自ら新しいトリックを開発して演じるには,テクニックはもとより,心理学・芸術・工学に関する深い素養が必要なのだから,大学に奇術師のコースが存在してもおかしくない,という(欧米では日本よりも奇術師の社会的地位が高い)。

<2> PSIに見せかけるトリック

 読心術などのESPに関するトリックは「メンタル・マジック」と呼ばれ,奇術のひとつのジャンルになっている。メンタル・マジックは多くの場合,人間の思考の特性を利用する。一般に人間は極めて常識に沿った思考をする。だから「封筒に入れます」などと言えば,「ちゃんと見えないようにしまわれた」と反射的に思い,普通は「封筒の裏に切込みがある」などとは思わないものである。人間はまた,抽象的思考や確率的思考に弱い(6-6)。偶然に起きえることも,「こんなことは起きるはずがない」などと,ときにはESPを信じ込んでしまう。たとえば奇術師がなかば強制的に選ばせている(「フォース」という)ものを,「自分で自由に選んだ」と思い込んでいると,なおさらである。
 PKに関するトリックは数多い。考えてみれば,奇術の効果のほとんどはPKに見えるとも言える。奇術師のフィツキーの分析によれば,48の出現,48の消失,50の移動,49の変形,54の貫通,46の回復,16の遠隔操作,13の空中浮遊トリックがあるという。最近の技術開発により,これらのPKトリックの幅が広がっているだろう。たとえば,肉眼ではほとんど見えないが,非常に強度の強い糸があればどんな現象が実演できるか,考えてみるとよい。また,トリックをいくつか知っている者が,既知のトリックではできないからとしてPKを信じてしまう傾向がある。未知のトリックの可能性に常に注意を払うべきである。

トリックの実演
(写真:ヘリコプターカードの実演)

 では,このようなトリックを把握するには,どうしたらよいであろうか。アメリカであると大きな町には必ず1軒はあるマジック・ショップに行けば,多くのマジックの手引書が購入できる。最新のトリックを知るには,数種類刊行されているマジックの雑誌を見ればよい。残念ながら,日本語で読める情報は限られてしまう。(株)テンヨーが翻訳出版している『ターベルコース・イン・マジック』(全8巻)が,少々古くはなっているが,網羅的にトリックが掲載されて読みやすい。雑誌は日本奇術連盟が刊行している『奇術界報』が代表的である。

テンヨーのホームページ:http://www.tenyo.co.jp/magic/

<3> 能力者を演じる

 奇術師が能力者を偽って,超心理実験の被験者になった場合,舞台での演技とどのような違いが出るのだろうか。まず第1に,舞台での演技では失敗が許されないのだが,実験被験者のときは「今日は調子が出ない」などと言って実演しないという選択がありえる。その意味では,実験被験者のほうがやりやすいであろう。しかし第2に,舞台での演技では自分で舞台設定をして,ネタを仕込むとかサクラを準備するとかができるが,実験被験者のときは実験者が提供する環境で行なうので,事前準備が難しい。この点が能力者を演じるためにクリアしなければならない,最大のハードルだろう。だがそれについても,「○○がないと調子が出ない」などと理由をつけて,実験の主導権を握る手法が考えられる。
 統計的な繰返し実験がかえって,奇術師に「舞台設定」の機会を与えてしまうこともある。古典的な実験環境では,繰返し使われるESPカードに爪で印をつけておくとか,ひそかにカードをすりかえるとかの可能性が問題となった。何度も実験に参加しているうちに実験の不備が発見できて,奇術師の発想で効果的なトリックに思い至ることもある。
 超心理学者には,実験の主導権を維持しておくこと,考えうる限りのトリックの可能性を洗い出して対策を立てることが求められる(2-1)。

<4> 一般被験者が思わず使うトリック

 奇術師でない一般被験者であっても,トリックを使ってしまうことがある。それもときには,知らず知らずのうちに行なうことがある。自ら注目を浴びたいときとか,実験者の実験成功願望に同情したときなど,成功動機が高まってくるとそうしたことが起きがちになる。ESPカードの裏面の模様が微妙に違うのを無意識に判別していたり,テレパシー送信者の表情を無意識に読み取ったりするのだ。人間の通常感覚器官の能力を過小評価してはならない。
 透視の実験では,透視対象物が決定される前から被験者のコール記録後まで,その対象物を物理的に遮蔽することが必要である。また,テレパシー実験の場合は,ターゲットが決定される前から受信被験者のコール記録後(さらには判定後)まで,送信者と受信者双方を隔離して会わせないことが重要である。その点,予知の実験では,被験者のコール記録後にターゲットが無作為に決定されればよいので,管理が比較的容易である(2-1)。

<X> 付記

 本項の内容はSSPにおけるロバート・モリス教授とダリル・ベム教授の講演がもとになっている。モリス教授は数人の奇術師と一緒に超心理学の研究を行なっており(8-5),講演でも奇術のトリックをいくつか披露していた。ベム教授は心理学者(3-4)であるが,奇術師でもあり,1時間以上にわたって本格的な奇術を演じた。
 関連活動実績:モリス氏追悼 ベムの実験


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