5-7 情報システム理論

明治大学情報コミュニケーション学部教授
メタ超心理学研究室 石川 幹人

 本項では,ラカドウが提唱する,PSIの情報システム理論について解説する。

<1> ラカドウの試み

 ドイツの物理学者(かつ心理学者)のウォルター・フォン・ラカドウは,量子論の理論構造を情報システムのレベルに適用することで,PSIの性質,とくにその「とらえにくさ」を説明できると考えた。量子論とPSIは,類似したところがある。観測前の重ね合わせの状態が持つ大局的性質は,PSIの現われ方と類似している。また,観測することが状態を決定するところは,PSIの実験者効果を連想させる。だから,量子論とPSIの理論を組合わせるアプローチは魅力があり,物理学に詳しい超心理学者の多くは,観測理論に注目するのであった(5-6)。
 しかしラカドウは,物理状態がどのようにPSIと関わるかといった物理学的レベルや,PSIがPSIの源の心理状態とどのように関わるかといった心理学的レベルは,理論の対象とはしない。代わりに,実験装置や被験者や実験者などをひとまとまりの「システム」と捉え,その「システム」に流入する情報と,PSIの性質との関連性を見つけるアプローチを取った。そのときの理論化の道具が量子論の理論構造である。
 彼の初期の着想はドイツ語の論文にあるが,最初の英語の論文は1983年に発表され,これは『超常現象のとらえにくさ』(5-1)の第30章に邦訳が収録されている。より包括的な論文は1995年のEJPにある。

<2> 語用論的情報

 ラカドウがPSIの説明に一定の寄与をするだろうと着目したのは,語用論的情報である。旧来のシャノンの情報理論は,符号化の理論であり,意味論的側面に欠けている。我々は,メッセージに込められている「意味」によって行動するのであるから,意味を扱えない情報理論では不十分である,というのは現代の情報学において確認されている事項である(8-3)。ところが,意味というのは,他の情報や信念と関わった,文脈性の高いものである(8-1)ため,情報理論として定式化が困難である。しかし,語用論的情報ならば,意味論的側面を部分的に含んだ検討が可能であるという。
 語用論的情報はワイツゼッカーによって1974年に提案された。それは,確認性と新奇性との積によって表わされる。情報は理解されねばならない(確認性)し,行動の変化を引き起こさねばならない(新奇性)という,両方の性質を同時に含む必要があることを示している。未知の外国語の情報が来ても,分からないので情報量はゼロ(確認性がゼロ)であるし,すでに知っている情報が来ても意味がないので情報量はゼロ(新奇性がゼロ)である。
 ラカドウはさらに,確認性と新奇性の間には不確定性関係があり,語用論的情報は離散的であると,量子論になぞらえた議論を展開するが,ここでは省略する。

<3> 語用論的情報がPSIを誘発する

 ラカドウによると,システムに語用論的情報が加わるときにPSIが起きるという。これによって,PSIの下降効果(4-1)が説明される。つまり,被験者が新たなPSI実験方法を経験するときに,その被験者を含むシステムに,語用論的情報が加わる。するとPSIが発生するが,何度も繰返しているうちに,語用論的情報が加わらなくなり,PSIは現われなくなるのだ。ジョークが最初だけ面白く感じるのも,同様の語用論的情報の流入によって説明される。
 PSIの実験者効果は次のように説明される。PSI実験をする被験者のシステムに実験者が加わることで,大きな語用論的情報をもたらすと,実験者の影響でPSIが起きることになる。実験の全貌が被験者に知らされていれば,被験者のシステムが語用論的情報の観点で「閉じて」いるので,実験者が加わることでPSIが起きることはまず無い。ただしその際には,被験者が理解できる情報が知らされてなくてはならない。これは,乱数発生手順と種数とを知っていても,問題なく過去遡及的PKが起きた実験結果(3-5)を説明する。それらを知らされていても,語用論的情報の全貌を知らされたことにならないからである。
 つまり,PSIは語用論的情報を取得した人間のところで起きることになり,「意識」が観測状態を決定するとした観測理論(5-6)と同様の議論となる。けれども,語用論的情報に基づく理論は,観測理論と違って,PSIの限界を示す。語用論的情報が新たに加わるかどうかが,PSIの発生の鍵となると想定しているからである。端的に言えば,信頼性のある確実で安定したシステムは(すなわちシステムが既知になってしまうと)PSIは起きず,常に新しい挑戦をする自律的なシステムであると,PSIが起きるのである。科学的解明とは,解明するとき(すなわち創造的発見のとき)にはPSIが起きるが,解明された後はPSIが起きにくくなると言えるだろう。科学の発展は,PSIをますます「とらえにくく」しているのだろうか。

<X> 付記

 本項の内容はSSPにおけるブラウトン氏の講演と,上述のラカドウの2論文をもとにしている。ドイツ語が読めれば,次のラカドウのホームページが参考になろう。
http://www.parapsychologische-beratungsstelle.de/


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