6-1 文化人類学的方法

明治大学情報コミュニケーション学部教授
メタ超心理学研究室 石川 幹人

 本項では,事例調査の方法について概説した後に,文化人類学的な研究の方法について触れる。

<1> 事例調査の研究方法

 前にPSIの実験的研究法について述べた(2-1)が,真のPSI現象はそうした管理状態では起きにくいと考える超心理学者も少なくない。クジラの生態を狭い水槽に入れて研究するようなものだ,という批判である。それに対し,PSI現象の事例調査研究は,「生の」PSI現象を研究対象にするので,PSIの本質に直接迫るアプローチであると言う。しかし,事例調査研究法は,科学的方法論(8-2)のような厳密な形には確立しておらず,安易に行なえば信頼性の低い結果がもたらされてしまう。研究方法自体の研究が,今後の大きな課題となっている。
 事例調査研究法は,対象事例に密着する程度によって分けると,次の3種類の方法が挙げられる。対象に最も密着した方法は,対象事例に研究者自らが潜入して体験に基づく分析報告を行なう参与的方法である。この方法は,1事例の研究に時には数年の歳月が必要である。次に,事例が発生する場におもむいて,関連事項の調査(フィールドワーク)や,関係者の面談(インタビュー)を行なう方法がある(7-5)。参与的方法ほどには手間がかからないが,それでも1事例に数日から数週間の時間を要することも多い。最も簡便で多数の事例に関わる調査が行なえるのが質問紙調査法(6-4)である。しかし,紙を介した調査だけでは,事例の個々の深い特徴は見失われがちである。質問紙で興味深い事例が見つかったならば,より密着した調査が行なわれるべきである。

<2> 文化人類学と参与的方法

 文化人類学は,人類の文化の多様性と普遍性を明らかにする学問であるが,PSIとの結びつきの高さが指摘できる。というのは,PSI現象の発生に社会文化的要因が推測されるからである。社会文化的に許容されているPSI現象は起きやすい傾向にあるようだ(5-1)。もちろん,社会的に許容されているので,偽のPSI体験が本物のように受取られている可能性も高いのであるから,その可能性も含めて文化人類学的に調査する必要があろう。
 一般に,異なった文化圏に発生している事柄を調査するのは難しい。言語が違う上に,言葉の概念も違うから,そこの人々に質問しても回答が理解できなかったり,自分の概念で勝手に解釈して誤解に陥ったりしてしまう。また,思いもよらない世界観や価値観で人々の行動が支配されていることもあるので,行動の理由を問うと,容易には納得できない返事が返ってくることもしばしばである。異なった文化圏に発生している事柄の調査には,実際にその文化圏に身を置いて,そこの人々と共に社会生活を営む中からヒントをつかんで行くのがよい。原始的な迷信に見える風習が,独特の合理性に基づいた構造を持っていることも,そうした参与的方法によって見出されてきた。
 科学的方法が,距離を置いて対象を客観的に観察することをよしとするのに対して,参与的方法は,研究者が対象と接続して変化を与え,また与えられる経験を蓄積することをよしとする。参与的方法では,そうして得られた様々な情報の,類縁性や対応関係を重視する。そして,直観的な意味づけや創造的なパターン化によって多様性を記述し,普遍性を求めていくのである。

<3> 文化人類学的なPSI研究

 文化人類学の研究対象として興味深い研究テーマには,次のような「PSIと見られる現象」がある。トランス状態にあるシャーマンや,宗教の実践家,特有の占い師などが示すESP現象やPK現象,火渡りなどの超常的儀式,精神治療や心霊手術,果ては大道芸や幻覚剤の効果なども含めることができる。研究目的のひとつには,現象の(トリックである可能性も含めた)事実性の記述が挙げられる。だが,文化人類学上でより興味のあるところは,現象がそのコミュニティにおいてどのような意味づけがなされ,どのような役割効果を持っているかである。現象だけを切り出して考察するのではなく,社会的文脈の中に置いて包括的に検討することが重要なのである。
 パトリック・ガイスラーは,超心理学的文化人類学として,社会的文脈の中におけるPSI現象の多面的な研究アプローチを推進している(JASPR, 1984)。そこで鍵になる1つのアプローチは,社会的文脈を破壊することなく実験的手法を交えていく方法である。その例には,心霊治療の前後で患者の血液を採取して,状態を比べるといった方法が挙げられる。心霊治療の研究の一端が『ブラジルの心霊治療』(東長人&ガイスラー著,荒地出版社)に,日本語で紹介されている。
 変わったところでは,PSIを許容しやすい文化圏の人々に通常のPSI実験を行なわせる研究がある。アボリジニとマオリとインディアンの人々で有意な実験結果が報告されている一方,サモアとリベリアの人々では有意性が出なかったとも報告されている。こうした個々の実験結果から普遍性を導き出すのは,結構骨の折れる仕事だろう。

<X> 付記

 本項の内容はSSPにおけるトム・ロビシュー氏,ロバート・ヴァン=ド=カースル氏,スタンリー・クリップナー氏の講演がもとになっている。
 クリップナーのホームページ:http://www.saybrook.org/fackri.html
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