October 29, 2005 作成
Last update:
October 1, 2009
技術戦略論(Theory of Technology-Strategy)
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参考資料>
講 義 用 暫 定 メ モ
1.歴史的コンテクストの中での技術に関わる経営判断
(1) 歴史的環境との関係での考察
ユーザー層の構成という視点からの考察 ---> 主たるターゲットに応じた製品のあり方の歴史的変化を考察することの重要性
イノベーター(Innovators=革新者、市場全体の2.5%)
アーリー・アダプター(Early Adopters=初期採用者、あるいは、オピニオンリーダー、市場全体の13.5%)
アーリー・マジョリティ(Early Majority=初期多数採用者、市場全体の34.0%)
レイトマジョリティ(Late Majority=後期多数採用者、あるいは、followers フォロワーズ 追随者、市場全体の34.0%)
ラガード(Laggards=採用遅滞者、あるいは、伝統主義者、市場全体の16.0%)
製品に関する市場規模の歴史的変化という視点からの考察 --->市場の歴史的段階および規模に応じた対応・位置取り(positioning)の重要性
製品・市場に関するライフサイクル論的分析・・・前史的段階、形成期(初期)段階、発展期段階、成熟期段階、衰退期段階etc
技術や製品の歴史的段階という視点からの考察--->技術や製品の歴史的段階に応じた対応やイノベーションの重要性
多様なデザイン/アーキテクチャの製品の生成期(製品デザインの流動期、製品イノベーションが最も活発な時期)
支配的デザイン/アーキテクチャの形成=確立期(流動期から固定期への移行が行われる時期としての移行期、工程イノベーションが最も活発な時期)
支配的デザイン/アーキテクチャの固定期(固定的製品デザイン/アーキテクチャのもとでの漸進的イノベーションが進行する時期、製品イノベーションおよび工程イノベーションが徐々に少なくなっていく時期
パソコンで言えば、
キットおよびキット的製品としてのパソコンの登場
支配的デザイン/アーキテクチャの形成=
確立期(OSとBIOSの分離などソフトウェアの相対的分離の進行、拡張バスの重要性に対する認識、互換性の持つ意味、CPUとOSの相互的関係、インテル系CPU+マイクロソフトのOS)
支配的デザイン/アーキテクチャの斬進的発展期(インテル系CPUの性能向上、マイクロソフトのOSの進化など)
(2) 関連する理論的視点
経路依存性
採用技術方式の変更に関わるスイッチング・コスト
ドミナント・デザイン論(アッターバック)
要素技術 vs 技術統合(Technology Integration)
Product Innovation vs Process Innovation
互換性維持重視戦略 vs 互換性維持軽視戦略(性能発展中心主義)
ネットワーク効果
補完財(補完資産)
バリューチェーン(価値連鎖,Value Chain)
コア・コンピタンス(core competence)
アウトソーシング
規模の経済、範囲の経済
学習効果によるコスト低減(ある製品の累積生産量増加にともなう単位生産コストの減少に関する経験的曲線、経験効果曲線)
チャンドラーの経営戦略論的視点(量的拡大、地域的分散、垂直的統合、多角化)
アンゾフの経営戦略論的視点(製品市場分野、成長ベクトル、競争上の利点、シナジー効果
ポーターの競争戦略論的視点(コスト・リーダーシップ戦略、差別化戦略、集中戦略)
プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント(Product Portfolio Management)
2.CASE STUDY 1>パソコン市場への参入に遅れたIBMが1980年代初頭にパソコン開発に関して下した技術的決断
組織
外的
要因 |
産業構造 |
メインフレームやミニ・コンピュータといった製品から構成されていたコンピュータ産業に、1970年代中頃にパーソナル・コンピュータという製品が付け加わることになった。メインフレーム、ミニ・コンピュータ、パーソナル・コンピュータではそれぞれターゲットとする顧客層が異なった。
メインフレーム、ミニ・コンピュータの製造に関わるほとんどの企業は、垂直統合型構造を志向したが、パーソナル・コンピュータに関わったほとんどの企業は、応用ソフト、OS、CPU、記憶装置など主要構成要素に関して分業型構造を志向した。 |
市場 |
PC市場は1975年頃から急激な成長を開始し、1981年の米国パソコン市場は推定出荷台数70万台、推定売上10億ドルという規模にまでなっていた。 |
競合企業 | Apple社、Commodore社、Tandy=RadioShack社 |
先行製品 | AppleII(1977.4)、PET
2001(1977.4)、TRS-80(1977.8)などの8ビットパソコン |
先行製品の
採用CPU |
8080系マイクロプロセッサー(インテルの8080と互換性を持つマイクロプロセッサー)>シェア大
6800系マイクロプロセッサー(モトローラの6800と互換性を持つマイクロプロセッサー)>シェア小 |
ユーザー | 主要なユーザー層が、イノベーター(Innovators)からアーリー・アダプター(Early
Adopters)へと移行中の時期 |
組織
内的
要因 |
製品に関わる
技術力
(Product Innovation
に関わる技術力)
|
自社の
「技術開発」力 |
製品の差別化を可能とする要素技術の自社保有の有無およびそうした技術を開発する能力
パソコンでいえば、CPUの開発力、OSの開発力、アプリケーション・ソフトの開発力、プログラミング言語の開発力などがこうした「技術開発」力になる |
自社の
「製品開発」力
「製品デザイン」力 |
様々な要素技術や部品・ソフトウェアを組み合わせて「魅力」的な製品を企画・開発・設計する能力
パソコンでいえば、「どのようなCPUを採用するのか?」、「プレ・インストール用OSとしてどんなOSを採用するのか?」、「どのようなアプリケーション・ソフトをプレ・インストールしておくのか?」、「周辺機器接続のための拡張カードを利用するために、どのような拡張バス(ISAバスなのか、PCIバスなのか、AGPバスなのか、PCI-EXPRESSバスなのか)を採用するのか、あるいは、拡張バスをどれだけの数だけ設けるのか(あるいは拡張バスを設けないのか)?」、「外部周辺機器を簡単に接続してすぐに使うためにどのような接続ポート(ex.RS232C接続ポート、ジョイスティック接続ポート、USB接続ポート、IEEE1394接続ポート、外部ディスプレイ接続ポート)を採用するのか?」「どのようなマザーボードを採用するのか?」などといった異なる複数の技術的方式の選択に関わる技術的判断を必要とする事柄に関する能力
----なお、 「どのような容量のHDDを採用するのか?」「FDDは標準とするのか、オプションとするのか?」は、異なる複数の技術的方式の選択に関わるそうした技術的判断をさほど必要としないので異なる種類の問題として位置づけることができる) |
製造プロセスに
関わる技術力
(Production Processの
Innovationに関わる
技術力) |
自社の
「製造技術」力 |
製品の製造コストや製品品質を左右する技術力
パソコンの構成要素である応用ソフト・OS・BIOS・CPU・内部記憶装置(RAMなど)・外部記憶装置(HDD,FDDなど)・表示装置(CRTなど)の製造プロセスや、パソコンという製品の組み立て製造プロセスにおいて、製造コストや製品品質を左右する技術力。
|
IBMのパソコン事業参入というケース・スタディに関する概略的ストーリー
Q.1 出発点となる問題点「IBMは自社でCPUやOSといったPCの主要部品(基幹部品)を開発する技術的能力は持っていたにも関わらず、1981年のIBM
PCでは他社からそれらを調達したのはなぜなのか?」(自社でCPUやOSを開発していれば、IBMはIBM互換機が主流の現在のPC業界におけるインテルとマイクロソフトを合わせた巨大な収益を独占できていたのではないか?)
↓
上記の問に対する想定される答1「IBM PCの開発チームは1980年に1年間という短期間に開発し販売開始することを命じられていたので、自社で新規にCPUやOSを開発する時間的余裕はまったくなかった。」(1年間でそんなことはするのはとうてい不可能である。)
↓
Q.2 上記の答えに対して生じると思われる疑問「ではなぜIBMは、1年間でPCを新規に開発し販売開始するなどという無茶なことを決断せざるを得なかったのか?」
↓
上記の疑問に対する解答「それはIBMがPC市場への参入が極めて遅れたからである。これ以上、さらに遅れると取り返しのつかない結果に陥る可能性もあった。」
1970年代後半から1980年代初頭にかけてのPC市場が急成長を遂げたことが影響した決断として理解することができる。
こうした歴史的状況の中で、IBMは1980年中頃に「1年間で新規に製品開発をおこない、パソコン市場への参入を果たす」という決断を下した。
↓
Q.3 上記の解答に対する新たな疑問「ではなぜIBMは、PC市場への参入が遅れたのか?」
↓
上記の疑問に対する想定される答1 「巨大企業IBMにとってPC市場はかなり規模の小さな市場にしか過ぎなかった。そのためPC市場への参入は短期的な成長率確保という経営的視点からはさほど意味のあることではなかった。」
↓
しかし、この答えは事柄の一面しか過ぎないのではないのか?というのも企業の長期的視点からの成長(あるいは持続的発展)を確保しようとすれば、PC開発は絶対的に必要なことではなかったのか?
そのような推定の根拠1>ミニコン市場への参入遅れによるIBMの「失敗」の経験
メインフレーム市場ではIBM360シリーズ(1964年4月)などで大成功を収めたIBMであったが、ミニコン市場ではあまりうまくいっていなかった。1970年代後半から1980年代初頭においてもミニコン市場におけるIBMのシェアはかなり小さかった。
ミニコン市場は、デジタル・イクイップメント(DEC)社が1965年4月に1万8千ドルで発売開始した
PDP−8の成功およびそれに引き続くPDPシリーズによって確立された市場である。(世界初のミニコンは1963年12月に出荷された
PDP-5であると言われている。PDP-8はミニコン業界で最初に大量生産されたマシンである。ちなみにマイクロソフト社を後に創立することになるビル・ゲイツとポール・アレンがAltair8800用にBASIC言語を移植する際に用いていたのもDEC社のミニコンPDP-10であった)。
DECは、ミニコン市場の拡大とともに売り上げを伸ばし、1977年6月期決算には10億5900万ドルと10億ドル台を突破した。そして4年後の1981年6月期決算ではその約3倍の31億9800万ドルの売り上げを記録するまでに成長し、IBMに次ぐ業界第2位の売上げを誇るコンピュータメーカーとなっている。(なおIBMは1980年の12月期決算においてDECの約8倍の262億1300万ドルの売上げを記録している。)
IBMが同市場に参入したのは1969年と少し遅れたが、参入から10年を経過した1980年時点でも市場シェア(金額ベース)は4%程度であったし、1982年でもIBMはHewlet-Packard,Data
General,Honeywell,Texas Instrumentsに次ぐ第6位のシェア6.1%に留まっていた。1982年におけるミニコン市場の金額ベースでのトップシェアはDECで37.8%であった(ミニコン市場におけるIBMの1982年の出荷金額は6億3百万ドルと、DECの37億ドルという売り上げの約6分の1に過ぎなかった[坂本和一(1985)『IBM』ミネルヴァ書房,p.33])。
1982年のミニコン市場における売上金額および市場シェア
会社名 | 売上金額
(単位:100万ドル) | 市場
シェア(%) |
Digital Equipment | 3,700 | 37.8 |
Hewlet-Packard | 1,608 | 16.4 |
Data General | 804 | 8.2 |
Honeywell | 718 | 7.3 |
Texas Instruments | 650 | 6.6 |
IBM | 603 | 6.1 |
Prime Computer | 435 | 4.4 |
Tandem Computers | 335 | 3.4 |
Perkin Elmer | 198 | 2.0 |
System Engineering Laboratries | 170 | 1.7 |
Harris | 132 | 1.3 |
Modular Computer Systems | 92 | 0.9 |
Computer Automation | 68 | 0.7 |
General Automation | 58 | 0.6 |
Sperry(Univac) | 44 | 0.4 |
その他 | 193 | 2.0 |
合計 | 9,808 | 100.0 |
[出典]坂本和一(1985)『IBM』ミネルヴァ書房,p.33
[原出所]EDP Industry Report, July 8, 1983 ; September 30, 1983 ; August
15, 1984 ;October 25, 1984
1970年代後半から急成長を遂げつつあったパソコン市場への参入がこれ以上遅れると、ミニコンの場合と同じくパソコン市場においてもIBMのシェアは低いままに止まる可能性があった。
そのような推定の根拠2>コンピュータ市場における低価格化・ダウンサイズング化の傾向
コンピュータ技術の発展方向を見ると、1970年代後半当時においても、メインフレームからミニコンへというように低価格化・ダウンサイズング(downsizing)化の方向に向かっていることは明らかであった。将来的にはPCが主流になる可能性があることはその当時でも予想されていた。
↓
実際、IBM会長フランク・ケアリーも、PC技術やPC市場の「将来性」に確信を持ち、IBMもパソコン開発に早く乗り出すべきだ、と考えていた。
1970年代半ば頃、IBMの経営幹部の多くはパソコンに消極的であったが、その当時のIBM会長フランク・ケアリーは「メインフレームの売上げは、必ず横ばいになる。そのときに例年どおり年15パーセント成長を維持するには、パーソナルコンピューター市場に移行するしか方法はない」(チャールズ・H.ファーガソン,チャールズ・R.モリス[藪暁彦訳](1993)『コンピューター・ウォーズ、21世紀の覇者
: ポストIBMを制するのは誰か! 』同文書院インターナショナル,pp.36-37)というように、低価格のパソコン市場が将来的に大きく成長する、と確信していたと言われている。
またフランク・ケアリーは後年のNHKのインタビューの中では、「私は、パソコンの分野は非常に将来性が高いので、IBMもこの分野に進出して他社に負けないようになるべきであると強く感じていました。もちろん、パーソナルコンピュータの将来が、最終的にどのようになるかわかっていたわけではありません。ただ、個人や企業向けの小型のワープロへやデータ処理マシンへの需要が大きいことは明らかでした。」[相田洋・大墻敦(1996)『新・電子立国 第1巻 ソフトウェア帝国の誕生』NHK出版,p.242]と述べている。
IBM PCの開発チームの責任者であったPhilip D. (Don) Estridgeは、1982年に受けたインタビューの中で「なぜIBMがパソコン市場に参入したのか?」という質問に対して、「もっとも単純な理由はビジネスの好機だったということです。(パソコン市場の)1977年から1979年にかけての爆発的成長とともに、パソコンは十分に興味深いビジネスとなったのです。("The
simplest reason is that it represents an opportunity for business. With the explosion
that occurred between 1977 and 1979, it became enough of a business to be interesting. ")」というように、1977年以降のパソコン市場の急速な発展を市場参入の第一の理由に挙げている。
↓
そのためIBMもパーソナル・コンピュータの開発を目的としたプロジェクト自体は1975年という比較的早くからあった。
http://sano.s20.xrea.com/history_of_IBM-PC.htm#preIBMPCDevelopment
MITS社のAltair8800とほぼ同時期の1975年9月には、IBM 5100 Portable Computerが発表されている。しかもそのIBM
5100シリーズはその後、IBM5110(1978)、IBM5120(1980)、IBM system/23 Datamaster(1980)というように開発が進められた。
↓
しかしIBM5100シリーズはパソコンとしては「成功」したとは言えない。IBMの主流に属する組織によって従来通りのやり方で開発をおこなったマシンは、オフィスコンピュータ(オフコン)としてはともかく、パーソナルコンピュータ(パソコン)としては成功したとは言えない。
↓
Q.4 なぜIBMはパソコンの開発に「成功」できなかったのか?
上記の問題に関して、以下でさらに詳しく様々な視点から考察することにしよう。
3.ケーススタディ分析のための「技術戦略論」的視点
(1)一番手戦略 vs 二番手戦略 --- イノベーションの性格による戦略優位性の変化 ---
イノベーション・マネジメントにおいて実践的に重要な問題は、製品イノベーションの先頭に立つ「一番手戦略」を取るのか、それとも後から製品イノベーションを追いかける「二番手戦略」を取るのかということである。
しかし先駆者が有利なのか追随者が有利なのかはケースバイケースである。「市場を先に取る」ことに関する先駆者の優位性(パソコン産業ではインテルやマイクロソフトなどのように、パソコン市場形成期における先駆的企業が先行者の優位を生かして成功をおさめている。また携帯電話におけるインターネットサービスにおいては、NTTがiモードでの先行により優位な地位を占めている。ポータルサイト市場では、市場形成期にExcite、Infoseek、Lycosなどの競合企業との競争に打ち勝ったヤフー(Yashoo!)が強く、追随者はあまり成功していない。)の一方で、「先駆者は製品イノベーションに伴う問題点やリスクに直面する。そうした問題点やリスクが明らかになってから市場参入をするかどうかを決める」ことに関する追随者の有利性もある。
「先駆者」が有利なのか、「追随者」の有利性を生かせるのかどうかということは、イノベーションの性格によって異なる。
こうした問題に関して、クリステンセンは Christensen,Clayton M.(1st 1997,revised 2000),The Innovator's Dilemma: When New
Technologies Cause Great Firms to Fail,Harvard Business School Press[邦訳 伊豆原弓訳,『イノベ−ションのジレンマ ---
技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』(増補改訂版 ) 翔泳社,2001年]においてハードディスク業界等を例に取りながら、同一のバリュー・ネットワークによって対応可能な持続的イノベーションにおいては先行しようが多少遅れようがたいした問題ではないということを実証的に論じている(たとえば、同翻訳書,pp.172-176を参照のこと)。クリステンセンよれば、「率先して持続的技術を開発し、採用した企業が、出遅れた企業より競争上、あきらかに優位に立ったという事実はない」(同翻訳書,p.176)のである。またクリステンセンは、同一のバリュー・ネットワークによっては対応不可能であり新しいバリュー・ネットワークによる対応が不可欠な破壊的イノベーションにおいては先行者が有利であることを論じている。
「持続的イノベーションなのか、破壊的イノベーションなのか」ということによって、「一番手戦略を取らないと絶対的に不利なのか?二番手戦略を取り後発者の優位性を生かせるのかどうか?」ということが変わるという視点から市場形成期のパソコン産業を考察すると、パソコンはメインフレームやミニコンとは異なるバリュー・ネットワークに属する製品であるから、技術的イノベーションで先手を取り製品開発をおこなう一番手戦略の方が相対的に有利であることになる。
このことは8ビットパソコン市場においてFDDに早くから対応するとともに搭載メモリーを他社よりも大きくしたアップル社の技術戦略や、16ビットパソコンを世界最初に販売開始したIBMの技術戦略などの成功にみることができる。
1981年におけるIBMのパソコン市場参入に関しては、2面的理解が可能なことに注意する必要がある。1981年におけるIBMのパソコン市場参入は、16ビットパソコンを世界最初に販売開始したという意味では、一番手戦略であるとして位置づけることができるが、1975年のMITS社のAltair8800や1977年におけるApple社、Tandy
Radio-Shack社、Commodore社の商業的成功の後の数年後に参入したという意味では二番手戦略として位置づけることもできる。(たとえば、クリステンセンは上記書p.186において、IBMは二番手戦略を取り、新しい市場が「うまみのある規模になる」まで参入を控えることによって成功した、としている。)
(2)IBMにおける、IBM PC以前の「パソコン」開発の「失敗」に関わる諸要因 ---- 有能なマネジメントによる組織的有能性が組織的無能力でもあるというジレンマ
Christensen(伊豆原弓訳,2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版』翔泳社のp.18では、「組織の能力は無能力の決定的要因になる」という刺激的なタイトルのもとにこの問題が論じられている。クリステンセンは「ミニコンの設計を管理するのに有効なプロセスは、デスクトップ・パソコンの設計には不適切だろう。また、収益性の高い商品を開発するためにプロジェクトの優先順位を決定する際の価値基準は、収益性の低い商品に当てはめることはできない。」と主張している。クリステンセンによれば、組織を構成する個々の人間はきわめて柔軟性が高いが、そうした柔軟性の高い諸個人から構成される組織の柔軟性はきわめて低い。組織が一定の価値・目標・理念に従ってきちんと組織化されていればいるほどそうである。したがって、ある特定の製品特性(例えば高利益率、高信頼性など)を持つ製品・サービスに対応した組織は、それとは反する製品特性(例えば低利益率、低信頼性など)を持つ製品・サービスには対応困難である、ということになる。
IBMが1980年に新たなパソコン・プロジェクトの立ち上げに際して、IBMの従来型組織から切り離された独立組織であるIBU(Independent Business Unit、独立事業単位)を設置することでパソコン事業をうまく成功させることができたのは、こうした「有能なマネジメントによる組織的有能性が組織的無能力でもある」というジレンマの回避策として理解できるものであった。
組織的行動の方向性を規定するValue Network(規範的な価値体系)という要因
---- イノベーションを遂行する組織を支配するValue Network(規範的な価値体系)----
「メインフレーム(大型計算機)」の開発・製造に適したValue Networkと、「パーソナル・コンピュータ」の開発・製造に適したValue
Networkという異なる二つのValue Network
IBMは、1975年のIBM 5100 Portable Computerに見られるように、「個人がスタンドアローンで使うコンピュータ」を製造することができたが、「個人が買うことのできる手頃な値段のコンピュータ」を製造することには成功しなかった。
メインフレームという高価格・少量生産=少量販売の製品に適応するように適切な形で組織されていたIBMの従来型組織は、高利益率・高信頼性・高コストの製品に最適化された組織であり、低利益率・低信頼性・低コストの製品の開発・製造には不向きであった。
「メインフレーム」的Value
Network |
大企業の基幹業務向けコンピュータ |
↓ |
|
↓ |
安定性・信頼性を重視
(価格よりも安定性や信頼性が重要)
|
小量生産・小量販売 |
↓ |
↓ |
多少値段が高かったとしても
より安定で信頼できるもの
であれば構わない
|
営業マン経由での販売 |
↓ |
利益率が高い市場 |
|
vs |
「パソコン」的Value
Network |
個人購入=個人利用向けコンピュータ |
↓ |
|
↓ |
価格を重視
(安定性や信頼性よりも価格が重要)
|
大量生産・大量販売 |
↓ |
↓ |
少し不安定で信頼性が低くても、
あるいは少し性能が低くても
より低価格の方が好ましい
|
小売店経由での販売 |
↓ |
利益率が低い市場 |
|
|
<参考Webページ> 佐野正博(2003)「イノベーションに関するクリステンセンの見解」 |
|
メインフレーム |
ミニコン |
パソコン |
価格 |
極めて高価格
(数十万ドル〜) |
高価格
(数万ドル) |
低価格
(数百ドル〜数千ドル) |
利用場面 |
大企業の基幹業務で
専門部署が
使うコンピュータ
|
中小企業や研究所などで
集団または個人で
使うコンピュータ |
企業または自宅で
個人が単独で
使うコンピュータ |
重視項目 |
極めて高い
信頼性・安定性 |
信頼性・安定性 |
価格
(個人が買える
手頃な価格) |
関連参考Webページ>佐野正博(2004)「メインフレーム
, ミッドレンジコンピュータ、ワークステーション、パソコンの日本国内における出荷台数・出荷金額の歴史的推移」
(3)メインフレーム産業とパソコン産業における産業構成(産業アーキテクチャ)の差異
(4)IBUが課題遂行のために取った事業戦略 --- パソコンという製品の特性に適した事業構成(事業アーキテクチャ)の選択
販売チャネルの変更 --- 大量生産・大量販売に適した販売チャネル(ターゲットとする顧客層の違いに対応した販売チャネル)への変更
従来のIBMの販売チャネル(メインフレームのような高価格品を少量販売するのに適した販売チャネル)とは異なる販売チャネルの利用 ・・・
大企業の専門部署や経営トップに対するダイレクト・セールス中心の販売から、シアーズ・ローバック社やコンピュータランド社などの小売店経由による一般消費者に対する間接販売中心の販売へ
(ただしパソコンをメインフレームの端末として売り込む場合は、パソコンはメインフレーム事業の中の一構成要素としての性格が基本となることから、従来型の販売チャネルが利用されることになる)
製品の構成部品や構成ソフトに関する外部の経営資源の活用 ---- 低価格化・開発期間の短縮などが目的
---- 製品の構成要素(パソコン本体を構成するCPUやマザーボードなどのハードウェア部品、および、パソコン本体の動作に必要な基本ソフトウェアであるOSソフトなど)に関わる事業戦略
----
OSやCPUなどの主要な技術的構成要素に関しても、外部の経営資源を活用(アウトソーシング)
開発・販売開始まで約1年間という時間的制約の克服
市場で一定の評価を得ており、一定の信頼性がある製品の活用
インテル系CPUの採用、マイクロソフトの開発言語(BASICなど)の移植
補完財(補完資産)の速やかな充実のためにサードパーティの活用およびオープンアーキテクチャ戦略を採用
市場で一定の評価を得ており、一定の信頼性がある企業の製品開発能力の活用
オープン・アーキテクチャ戦略の採用 ---- 製品に対応するアプリケーション・ソフトや対応周辺機器の素早い充実が目的
---- 製品の補完財(パソコン本体に対する補完財としての、対応アプリケーションソフトおよび対応周辺機器)に関わる事業戦略
----
パソコン産業における後発者としての立場に対応した戦略
ハードウェアとしてのパソコンに対する補完財としてのソフトウェアや周辺機器の重要性
先発者が築いているハードウェアに対応するソフトウェア群や、ハードウェアに対応した周辺機器群に匹敵するものを早急に確保することが、競合他社との競争を成立させるための条件として必要不可欠であった。そうした対応ソフトウェアや対応周辺機器の開発を促すためには、自社製品のアーキテクチャのオープン化が必要不可欠であった。すなわち、対応ソフトウェアや対応周辺機器に関して外部経営資源を活用するためには、オープン・アーキテクチャの戦略が必要不可欠であった。
「互換性維持」重視戦略
パソコンという製品の構成要素(構成部品+基本ソフト)、および、補完財(対応アプリケーション・ソフト+対応周辺機器)のそれぞれに関して内部経営資源および外部経営資源の有効活用を考える際には、「既存部品・既存ソフト・既存周辺機器がどの程度まで利用可能なのか?」という「既存構成要素・既存補完財の活用可能性」、および、「どのようにすれば自社の製品に対応する構成部品・対応基本ソフト・対応周辺機器をより低コストで新規開発できるようになるのか、あるいは、より短期間で新規開発できるようになるのか?」という「新規構成要素・新規補完財の開発可能性」に対する配慮が必要不可欠である。
新規製品の低コスト/短期間での開発・製造、補完財の低コスト/短期間での充実を考えた場合には、先行製品との「互換性」維持を重視した戦略が取られることになる。というのも、そうすることにより、「既存構成要素の活用可能性」がより高くなるとともに、既存構成要素に対応する開発能力・開発知識の有効活用が図られることにより低コスト/短期間での「新規構成要素・新規補完財の開発可能性」がより高まることになるからである。
もちろん新製品の開発・製造がまったくの一からスタートする場合には、すなわち、これまでの既存製品とはまったくの関連を持たない形で無から新規に開発・製造する場合には、これとはまったく戦略が採用されることになる。
(5)外部の経営資源の活用(アウトソーシング)におけるコア・コンピタンス確保の重要性
A.関連基礎知識
a.外部の経営資源の活用(アウトソーシング)の諸形態
ファブレス(fabless)
ファウンドリ(foundry)
b.外部の経営資源の活用(アウトソーシング)のメリットとデメリット
(i)メリット
(ii)デメリット
品質問題
iPodの電池の品質問題
Matthew Broersma(2003)「iPodの「汚い秘密」に抗議--ネット上で注目浴びる」(2003/11/27)
http://japan.cnet.com/news/tech/story/0,2000047674,20062263,00.htm
Matthew Broersma(2003),"iPod's
'dirty secret' wins Web fans",CNET New.com,2003/11/26
http://news.com.com/2100-1027-5112066.html
Alorie Gilbert(2005)「アップル、iPodのバッテリ関連訴訟で和解--50ドル分のクーポン提供へ」(CNET
News.com,2005/06/03)
http://japan.cnet.com/news/tech/story/0,2000047674,20084123,00.htm
<注>
情報の非対称性により、品質問題は自社製造のものよりも、他社製造のものに起こりやすい。
ただし品質問題は、下記の東芝のFDDのコントローラの不良に関わる問題のように、自社製のものであっても深刻な問題を引き起こすことはある。なおこの品質問題訴訟に対する東芝の対応には様々な批判がある。
- 他社との製品差別化の困難化
互換機や模倣品の登場
c.コア・コンピタンス
外部の経営資源を活用して部品やソフトウェアを調達する場合でも、既製品を調達する場合と、自社独自の仕様やアイデアに基づく特別注文品を他社に発注する場合とでは、製品差別化に関わる自社のコア・コンピタンスの確保に大きな違いが生じる。
既製品を調達する場合には、自社への独占的供給を義務づけるような特別の契約を交わさない限り、調達したモノに関して自社が特別の法的権利を主張することはできない。これに対して、自社独自の仕様やアイデアに基づき自社で企画・設計したモノを特別注文品として他社に発注する場合には、競合他社に対抗可能な法的権利(特許権・著作権・実用新案権などの知的財産権)を自社で保持できることになる。そしてそうした法的権利により、模造品や互換機を市場から法的に閉め出すことが可能になる。
Gary Hamel and C. K. Prahalad, (1990) "The Core Competence of the Corporation", Harvard Business Review, vol. 68, no. 3, May-June 1990, pp 79-93.
d.事業展開の諸類型 ---- 垂直統合型、垂直分業型、水平分業型 ----
|
パターン1 |
パターン2 |
パターン3 |
「垂直」的統合
(
全面的内製化) |
「垂直」的分業 |
「水平」的分業 |
製品の企画・設計
(and/or 製品プラットフォームの企画・設計) |
自社開発 |
自社開発 |
自社開発 |
製品そのものに関わる中核的技術
(製品そのものに関わる特許や著作権
の対象となる中核的技術)
|
外部の経営
資源の利用
(既製品の発注/
調達したモノに関して
自社が特別な権利を
有しない) |
製品の要素的部品や周辺機器製品に関わる技術 |
外部の経営
資源の利用
(特注品の発注/
調達したモノに関して
自社が特別な権利を
有する ) |
製造ノウハウなど製品の製造プロセスに関わる技術 |
|
IBMのメインフレーム事業 |
Apple社のMacintosh
Apple社のiPod |
IBM社のIBM PC事業 |
B.パソコン市場における優位性確保に関するIBM PC開発時のIBMの意図
後知恵的に考えれば、パソコンの「頭脳」に当たるOSやCPUといった中核的構成要素を外部の会社の「既製品」から調達してIBM PCを作ったのでは、IBM PCに関するコア・コンピタンス(中核的能力)を構成する中核的技術を他社に依存することになり、IBM
PCというパソコン・アーキテクチャに関してIBMは自社の優位性をまったく保持できないように思われる。実際にそうなったことであるが、他社はマイクロソフト社からOSを、インテル社からCPUを調達することでIBM
PCの互換機を比較的簡単に製造することができるからである。
OSやCPUといった中核的構成要素を外部の会社の既製品から調達したのでは、IBMは互換機の登場を阻止する法的権利(特許権や著作権などの知的財産権)を持たないだけでなく、自社の製品差別化がきわめて困難になるように思われる。
このことに関してIBM PCの開発に関わったJack Sams[1980年にIBMを代表してMicrosoftやDegital Researchを訪問し、IBM PCに関する秘密保持契約の締結などの交渉に当たった人物]は、既製品の外部調達およびIBM PCの規格や周辺機器に関するオープン・アーキテクチュア戦略を採用したとしても、BIOSの著作権による法的保護を含む以下の4点によって、パソコン市場における自社の優位性を長期的に確保できるのではないかと考えていた。
1.By being the lowest cost producer of the core system
(中核システムに関して最も低価格の製造者であること)
2.By asserting copyright protection for the bios chip(s).
(BIOSチップの著作権保護を主張すること)
3.By quickly offering a series of cheaper, faster, better upward compatible systems and upgrades.
(より低価格で、より速くて、より優れた上位互換性を持ったシステムおよびアップグレード製品を連続的に素早く提供し続けること)
4. By staying out of the PC software development business.
(パソコン用ソフトウェアの開発事業に参入しないこと)
[出典] Robert X. Cringely(2001)"Bill to Linus: You Owe Me", http://www.pbs.org/cringely/pulpit/pulpit20011122.html,2005年10月22日午前0時59分アクセス
C.パソコン市場への参入に当たって、なぜIBMはOSやCPUを自社で新規に開発しようとはしなかったのか?
IBMのパソコン事業参入時の戦略をどのような視点からどのように理解するのがよいのかをここで考えてみよう。
M.ポーターは、経営戦略として「差別化」戦略「コストリーダーシップ」戦略「集中」戦略という三類型を挙げている。単純に考えると、「CPUやOSを他社製とする」というIBMの技術的決断は、低コストの部品調達を目的としたものとして「コストリーダーシップ」戦略的視点から理解すべき事柄に過ぎないように思われる。しかし果たして事態はそう単純であろうか?
そもそも「パソコンの製品競争力とは何なのか?」ということを突き詰めて考えてみると、「CPUやOSといったパソコンの基本的=中核的構成要素を他社製とする」というIBMの技術的決断は、その決断がなされた時点において差別化戦略を可能とするための必要不可欠な決断という視点から理解すべき事柄としても位置づけることが必要である。すなわち、「パソコン本体という製品がより大きなパソコン・システムの一要素に過ぎない」こと、また「パソコン本体の内的構成それ自体がシステム的である」ことを考慮に入れ、パソコン事業の理解のためには、プラットフォーム・ビジネスという視点からの考察が必要不可欠であることを考えると、製品競争という次元を成立させる新たなプラットフォーム構築のために必要不可欠な決断としても理解すべきように思われる。
パソコンの新規開発に関わる時間の短縮・・・パソコンの製造・販売開始までの時間的制約のため、自社でOSやCPUを新規開発する時間的余裕はなかった
パソコンの新規OSや新規CPUの開発コストの節約・・・自社で新規にOSやCPUを開発するには時間だけでなくかなりの開発コストがかかる
パソコンの新規CPUの製造のために必要な設備投資の節約・・・他社開発のCPUを利用することで自社がCPU製造のために新規に巨額の設備投資をする必要がない
先行するソフトウェア資産およびソフトウェア開発者の対応能力の重視・・・>先行のハードウェア製品との互換性確保
a.ハードウェアに対応したソフトウェアの重要性
パソコンという製品は、ハードウェアとソフトウェアからなる複合的システムとして初めて機能する製品である。そのためハードウェアとしてのパソコンが多数のユーザーからの支持を受けるためには、そのハードウェアに対応したソフトウェアが必要不可欠である。
b.先行のソフトウェア資産を生かせるプラットフォームとしてのマイクロソフト社製OS[MS-DOS]およびマイクロソフト社製開発言語[BASIC言語]
対応するソフトウェアの資産の大小にハードウェアの市場競争力が大きく左右されるため、IBMは先行するパソコン市場で広く普及しているOSや応用ソフトなどのソフトウェア資産がなるべく生かせるようにすることをきわめて重要視した。
そのため1970年代後半における8ビットパソコン市場におけるデファクト・スタンダードのOSソフトであるデジタル・リサーチ社のCP/Mとの互換性がなるべく高いOSをマイクロソフト社に開発させるとともに、当時のデファクト・スタンダードである開発言語であるマイクロソフト社製BASICを動作させるようにマイクロソフト社に要求している。
c.過去のデファクト・スタンダードとなっているOSや応用ソフトが対応しているハードウェアとのハードウェア的互換性の重視
CP/MというOSやそのOS上で動作する応用ソフトのハードウェア的プラットフォームはインテル社の8080系マイクロプロセッサーである。そのためCP/MやそのOS上で動作する応用ソフトという過去のソフトウェア資産およびソフトウェア技術者たちのソフト開発能力を十分に生かそうとすれば、ハードウェア的にはインテル社の8080系マイクロプロセッサーとのハードウェア的互換性を重視する戦略を取る必要があった。
インテル社の8080およびその互換CPU(Zilog社のZ80など)の方が、モトローラ社の6800およびその互換CPU(MOS Technology社の6502など) よりも高い市場占有率を持っていた。
以上のような互換性維持の重視という技術戦略的視点からは、マイクロプロセッサーをインテル社から外部調達するとともに、IBMが採用した16ビットマイクロプロセッサーに対応しているとともにCP/Mとの互換性が高いOSをマイクロソフト社から外部調達することはきわめて当然のことであった。
D.パソコンという製品に関する技術的分析 --- 技術戦略論の方法論的基礎 ----
テイラーの科学的管理法が「作業」に関する「科学」的分析(作業分析)を基礎としているように、技術戦略論や技術マネジメントは「製品」に関する「技術」的分析を基礎とする。
|
方法論的基礎 |
テイラーの科学的管理法 |
作業分析 |
技術戦略論、技術マネジメント |
技術分析 |
a.コンピュータ製品一般に共通する技術的構造
パソコンも含めたコンピュータという製品はすべてどれも、ハードウェアとしては下図のような技術的内部構成を持っている。
すなわちコンピュータは、ハードウェア的には以下のような4つの構成要素を組み合わせたシステム製品である。
- 処理すべきデータを入力するための「入力装置」(ex.キーボード)
- 入力されたデータを処理するための「演算装置」(ex.マイクロプロセッサー)
- データ処理のためにデータをたくわえたり、データ処理のためのソフトウェアを保存したりするための「記憶装置」 (ex.HDD,RAM,ROM)
- 処理を終了したデータを外部に出力するための「出力装置」(ex.液晶ディスプレイ,CRT,プリンター)
またコンピュータというハードウェアはそれを動かすためのソフトウェアを必要とする(ソフトウェアがなければコンピュータは何の処理もできない)ということに示されているように、コンピュータは「ハードウェア」と「ソフトウェア」を組み合わせたシステム製品でもある。
さらにまた右の図に示したように、現代のパソコンでは、ソフトウェアは大雑把には「OS」と「応用ソフト」という二つの構成要素から構成されている。すなわちMS−DOSなどの時代とは異なり、WindowsXPなどのマルチタスクを考慮したOSの時代になると、応用ソフトは直接的にハードウェアにアクセスするのではなく、WindosXPなどのOSを介して間接的にハードウェアにアクセスする。その意味で、コンピュータはソフトウェア的にはOSと応用ソフトを組み合わせたシステム製品である。
- WindowsXPやLinuxなどの「OS」(Operating System)
- MS−WORDなどのワープロソフトやEXCELなど表計算ソフトなどの「応用ソフト(アプリケーションソフト)」
<注> コンピュータを動かすソフトウェアを「OS」と「応用ソフト」という二つの技術的構成要素に相対的に分離し、応用ソフトがOSを直接にアクセスすることができないようにすることは、「ハードウェアに対する直接的アクセスを応用ソフトがしないことによって応用ソフトの処理速度が犠牲になる」というデメリットがあるが、その一方で、ハードウェアの技術進歩のスピードが非常に速く次々とハードウェアの新製品が登場するとともに、応用ソフトにさせる処理が高度化し複雑化した現代では「応用ソフトがハードウェアに直接にアクセス「しなくてもよい」ことによって、ハードウェア的構成の具体的内容を考慮することなく応用ソフトの開発を行うことができる」ことのメリットの方が大きいと考えられている。
- 応用ソフトがハードウェアに直接にアクセス「できない」ようにすることによって応用ソフトの処理速度が犠牲になるというデメリット
- しかしその一方で、応用ソフトがハードウェアに直接にアクセス「しなくてもよい」ことによって、ハードウェア的構成の具体的内容を考慮することなく応用ソフトの開発を行うことができるというメリット
例えばCPUがPentium3であるのか、Pentium4であるのか、Celeronであるのか、Athlonであるのかなどといったことをまったく気にすることなく、すなわち、CPUの具体的な技術的構成がどのようなものであるかをまったく気にすることなく、多数のCPUに対応した応用ソフトを開発できるため開発処理コストを大きく低減できるし、新製品のCPUが発売されても利用OSが同一である限り、新製品のCPUに対応して応用ソフトを書き換えるなどといったメインテナンス費用も節約できる。
以上の考察から分かるようにコンピュータは、下記のような三つの意味でシステム製品である。
- 「製品」構成それ自体のシステム性
ハードウェアとソフトウェアをBIOS経由で組み合わせた複合的システムとして初めて機能する製品であること
- 「ハードウェア」構成のシステム性
入力装置、演算装置、記憶装置、出力装置という4つのハードウェア的構成要素を組み合わせたシステム構成を持つハードウェア であること
- 「ソフトウェア」構成のシステム性
OSと応用ソフトという二つのソフトウェア的構成要素を組み合わせたシステム構成を持つソフトウェアであること
したがって、コンピュータという製品の技術的競争力を分析する際には、下記のようないくつかの視点から分析する必要がある。
- 「入力装置、演算装置、記憶装置、出力装置というハードウェア個々の構成要素の技術的競争力はどの程度のものなのか?」という視点(4つの中では、演算装置の技術的性能や、記憶装置の技術的性能が特に重要である)
- 「OSというソフトウェア的構成要素の技術的競争力はどの程度のものなのか?」という視点
- 「応用ソフトというソフトウェア的構成要素の技術的競争力はどの程度のものなのか?」という視点
- 「入力装置、演算装置、記憶装置、出力装置という4つのハードウェア的構成要素を組み合わせたハードウェア的システム製品としての技術的競争力はどの程度のものなのか?」という視点
- 「OSと応用ソフトを組み合わせたソフトウェア的システム製品としての技術的競争力はどの程度のものなのか?」という視点
- 「ハードウェアとソフトウェアを組み合わせた複合的システム製品としての技術的競争力はどの程度のものなのか?」という視点
ハードウェア |
ソフトウェア |
製品名 |
内蔵CPU |
主要OS |
主要応用ソフト |
主要開発言語 |
MITS社Altair8800
(1975) |
Intel社
8080系
CPU |
Intel社
8080 |
8
ビ
ッ
ト
C
P
U
|
8
ビ
ッ
ト
O
S |
Microsoft社製BASIC+応用ソフト
最初はOSと開発言語との間に明確な区別がなかった。
マイクロソフト社のBASICは現在的な意味ではOSが担っている機能
--- 画面表示、フロッピィディスクの読み出し・書き出し、
プリンタ制御といったコントロール機能など --- も
持っていた。
また市販の応用ソフトはまだ販売されておらず、マニアがBASICを
開発言語として作ったプログラムが利用者の間で使われていた。 |
S100バス
マシン
(IMSAI 8080ほか) |
CP-M
|
表計算ソフト
VisiCalc
ワープロソフト
WordStar
データベースソフト
dBaseII |
Microsoft社製BASIC |
Tandy社
TRS-80
(1977) |
Zilog社
Z80 |
CP-M
TRS-DOS |
Commodore社
PET
(1977) |
Motorola社
6800系
CPU |
MOS
Technology社
MOS6502 |
ROM-BASIC |
|
BASIC |
Apple社
AppleII
(1977) |
Appleの独自OS |
表計算ソフト VisiCalc
(最初はAppleII上でしか動作しなかった。
VisiCalcを使いたいがために、AppleIIを
買う人が出たほどの人気を博したソフト
である。[キラー・アプリケーション・ソフト]) |
Apple社製BASIC |
Intel社
8080系
CPU |
Z80 CARDなどの
CPUカード |
CP-M
(AppleIIの拡張スロットに
Intel社8080やその互換CPUを
乗せた拡張カードを挿入すれば、
OSとしてCP-Mを利用することも
できた。) |
ワープロソフト
WordStar
データベースソフト
dBaseII |
Microsoft社製BASIC |
IBM社
IBM-PC
(1981) |
Intel社8086系
CPU
|
Intel社8088 |
16
ビ
ッ
ト
C
P
U |
16
ビ
ッ
ト
O
S
|
Microsoft社製BASIC+応用ソフト |
Microsoft社 MS-DOS
(IBM社 PC-DOS)
vs
Digital Research社CP-M/86 |
表計算ソフト
Multiplan,Lotus1-2-3
ワープロソフト
WordStar
データベースソフト
dBaseII |
Microsoft社製BASIC |
関連参考Webページ
S-100 BUSマシン
http://en.wikipedia.org/wiki/S-100_bus
佐野正博「1970年代後半のパソコン
--- MITS社のAltair8800以後のパソコン ---」
b.パソコン市場形成期において商業的に成功した最初の商品Altair8800というパソコン製品に関する技術的分析
MITS社のAltair8800は、CPUはインテル社から、ソフトウェアはマイクロソフト社から調達していた。その意味でAltair8800が他の当時のパソコンと比較して技術的にどこが優れていたのかを考察する際には、システム製品という視点から見る必要がある。
<関連Webページ>
「MITS社のAltair 8800(1975年) --- その商業的成功に関わる技術的要因の分析」
http://sano.s20.xrea.com/history_of_Altair.htm
a.複合的システム製品としての技術的競争力・・・・ハードウェアを利用するための、ソフトウェアの存在
コンピュータ製品としてのシステム的優劣の差違
マイクロプロセッサーというハードウェアに関する性能差も関係しているが、それ以上にそうしたハードウェアを動かすためのソフトウェアを開発するプログラミング言語が存在したかどうかということ、すなわち、システム製品としての完成度の差が大きい。
ハードウェア・マニア向けの製品としてのパソコン・キットに関しては、ソフトウェアの存在はそれほどの重要性を持ってはいない。しかし完成品としてのパソコンに関しては、ハードウェアを動作させるソフトウェアの存在が必要不可欠であった。
最初は、マイクロソフト社のBASICという開発言語ソフトウェアが事実上の標準言語となり、その開発言語を利用したソフトウェアが数多く作られた。
ハードウェアの製品名 |
CPU構成 |
利用可能な プログラミング言語 |
アプリケーション ・ソフト |
システム的
完成度 |
MITS社
Altair8800 |
インテル社の 8ビットCPU 8080 |
マイクロソフト社の BASIC言語 |
BASIC言語で 作成された多数の
アプリケーションソフト |
高い |
Scelbi Computer
Consulting 社
SCELBI-8H |
インテル社 8ビットCPU 8008 |
× |
× |
低い |
≪参考表≫システム製品としてのVTR(Video Tape Recording)装置のシステム的優劣の差違
VTR規格 |
録画 メディア |
ハードウェア構成の
技術戦略的方向性 |
録画対象コンテンツとしての 映画、野球放送、 フットボール放送など |
行事や風景等の
撮影 |
家電製品としての システム的
完成度 |
TV局用製品としての システム的
完成度 |
ビクター社
VHS規格 (1976年)
標準速 |
1/2インチ 磁気テープ |
<録画時間>重視 |
○
適合 |
△
相対的には劣る
(水平解像度240本) |
相対的には
高い |
相対的には
低い |
ソニー社
ベータマックス規格βI
(1975年5月)
標準速=約40mm/s |
<画質>重視 |
×
不適
(録画時間不足) |
○
相対的には
優れている |
相対的には
低い |
相対的には
高い |
ソニー社
ベータマックス規格βII
(1977年)
2倍速=約20mm/s |
<録画時間>重視 |
○
適合 |
△
相対的には
劣る |
相対的には
高い |
相対的には
低い |
現行地上波アナログTV放送の水平解像度(画面の横方向=水平方向の解像度のこと。画面内で、白黒の垂直の線が何本まで見分けられるかということ)は約350本である。
したがってVHS規格の240本という解像度は、TV放送よりも「技術」的には画質が落ちていることになる。
なおDVの水平解像度は500本、35mmフィルムの水平解像度は915本である。
(出典
ASCII24「水平解像度」『デジタル用語事典』http://yougo.ascii24.com/gh/62/006258.html)
ソニーのベータマックス方式は「技術的性能が高く画像がよい」と言われることが多いが、そうした一般的「通説」に対しては、「一般的に画質の良さが特徴として捉えられているが、本来の基本規格であるβI(ベータワン)から、VHSとの競合で生まれた二倍モードであるβII(ベータツー)へと実質的標準モードが移行した時点でVHS標準モードとは大差がなくなり、ソニー製ベータが解像感優先の再生画で、VHSがSN比(ノイズの少なさ)優先の再生画といった「再現性の差異」がそれぞれの特徴となった(東芝やNECにはSN比を優先したVHS的画質の機種もあった)。・・・VHSとの対抗で開発され、結果的にベータ方式の実質的標準記録モードとなったβIIは、記録方式のアンマッチングによる再生画への影響が大きく、それに対応するため再生画の処理が初期のβIから若干変更されており、これを基にしてβIIIやβIsモードが改めて構築されている(ベータフォーマット)。またVHS標準よりテープ速度が遅いことからノーマル音声トラックの音質では不利で、再生イコライザの調整で音質のバランスを取ったが、ヒスノイズが目立つなどしたため一部機種にはBNR(ベータノイズリダクション)を搭載するなど、二倍モードを実質的標準規格とするための様々な努力や工夫が見られた。」(「ベータマックス」『フリー百科事典 ウィキペディア(Wikipedia)』)という批判的見解がある。
ソニーの家庭用ベータマックスVTR機は、2002年8月27日に販売終了が予告されるまでに、日本国内で累計約400万台、全世界で累計約1800万台が生産された。(出典 http://www.sony.co.jp/SonyInfo/News/ServiceArea/Betamax/)
<関連参考Webページ>
日本ビクター(2003)「VHS Community」
http://www.vhs-std.com/
「VHS」『フリー百科事典 ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/VHS
「ベータマックス」『フリー百科事典 ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%9E%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9
- CCD方式の主な業務用ビデオカメラ ---以前は撮像管方式であったが、現在はCCD方式になっている
-
区分 |
CCDの有効解像度
(水平×垂直) |
録画方式 |
アナログ方式 |
ディジタル方式 |
ソニー |
768×494 |
ベータ |
DV CAM |
松下 |
754×485 |
S-VHS |
DVC PRO |
ビクター |
768×494 |
S-VHS |
Digital S |
<出典>野田無線「TV映像の解像度」http://www.nodamusen.jp/dtv/resolution.html
b.ハードウェア的システム製品としての技術的競争力・・・・S-100バスを備えたマザーボードによる高い拡張性
パソコンを構成する各種部品に関する技術革新の速度は一般に極めて速く、価格低下および性能向上のスピードはすさまじいものがある。
特にCPUの性能向上の速度は下記のWebページのインテル社製CPUの歴史に見られるようにすさまじいものがある。「パラノイアだけが生き残る」という信条に基づく絶えざる技術革新の実行によって、技術的競争力で他企業に追いつかれないようにするとともに、出荷済み製品の性能的陳腐化の期間の短縮を図り、買い換え需要を確保しようとした
ex.Intel社が開発したマイクロプロセッサーの技術的スペックの歴史的変遷
それゆえ現在は価格が高すぎたり性能が思うほどでなく購買がためらわれる部品であっても、将来的な性能向上や価格低下が見込まれる。また現在はまだ開発が終了していないが将来的に登場が見込まれる部品もある。そうした部品を将来的に利用可能であるハードウェアであるのかどうかということは、システム製品としてのパソコンの技術的競争力を構成する重要な要素の一つである。
この点に関してMITS社のAltair8800は、全部で18本の拡張スロットを備えており、ハードウェア的に極めて拡張可能性の高い製品であった。
E.IBM PC製品開発時技術的決断に関わる歴史的技術環境についての理解
--- 1970年代後半のパソコンとマイクロプロセッサー ---
アメリカ市場におけるApple,Commodore,Tandyの先行、日本メーカの動き(NEC,SHARP,富士通など)
パソコン市場への参入に遅れたIBMは16ビットCPUを採用したPCで市場に参入・・・8ビットCPUのPC市場に対して、次世代のCPU(16ビットCPU)で市場に参入
a.CPU技術の先行的発達>CPUを利用した製品開発はCPU開発の「後追い」的展開となる --- CPUのradical innovationに対応して、OSのradical innovationが遂行される。OSのradical innovationがCPUのradical innovationに先行するわけではない。
4ビットCPU |
Intel4004(1971) |
|
4ビットCPUを使用したコンピューター・キット |
↓ |
|
インテル系4ビットCPU採用キット |
↓ |
|
INTEL
MCS-4(CPUは4004,1971秋発表) |
8ビットCPU |
|
SHARP MZ-40K(富士通製CPU,1978) |
インテル系CPU |
|
↓ |
Intel8008(1972) |
8ビットCPUを使用したパソコン↓ |
Intel8080(1974)
Zilog Z-80(1975) |
インテル系8ビット
CPUパソコン |
モトローラ系8ビット
CPUパソコン |
MITS
Altair8800(1975) |
MITS
Altair680(1975.12) |
モトローラ系CPU |
MC6800(1974) |
|
IMSAI
8080(1975.12)などの
互換パソコン |
|
6502(1975) |
↓ |
|
↓ |
NEC TK-80(1976.8) |
16ビットCPU |
Tandy
TRS-80(1977.8) |
Apple
AppleII(1977.4)
Commodore PET2001(1977.4) |
インテル系CPU |
|
|
Intel8086(1978.7) |
Sharp
MZ-80K(1978.12) |
|
Intel8088(1979.3) |
NEC
PC8001(1979.9) |
|
|
16ビットCPUを使用したパソコン |
モトローラ系CPU |
|
|
|
|
MC68000
(1979) |
|
|
Apple
AppleIII(1980.6) |
|
インテル系16ビット
CPUパソコン |
モトローラ系16ビット
CPUパソコン |
|
|
NEC
PC8801(1981.9)
Xerox 820(1981.7) |
富士通
FM-8(1981.5) |
← 技術戦略の差異 → |
IBM
PC(1981.10) |
|
|
NEC
PC9801(1982.10)
富士通 FM-11EX (1982.11)
|
|
|
|
Apple
Macintosh(1984.1) |
<注>
IBM PCと富士通のFF-11EXはともに16ビットCPUとしてインテル社製CPUの8088を採用している。これに対してNECのPC9801はμPD8086というインテル社製CPUの8086のコンパチブルCPUを採用している。8086は8088よりも高性能のCPUであった。
なお富士通のFF-11EXは、インテル社製16ビットCPUの8088とモトローラ社製8ビットCPUの6809の二つを搭載する(実際の使用に際してはどちらかのCPUを選択して使用するようになっていた)という少し変わった製品であった。
b.システム製品としてのパソコン ---- ハードウェアの普及に必要不可欠なソフトウェア
パソコンのハードウェア本体はそれだけでは何の役にも立たない。ハードウェアを生かすためには、それを動かすためのソフトウェアが必要である。
ハードウェア普及の鍵を握るものとしてのソフトウェア(キラーソフト)
ハードウェア |
キラー・ソフトウェア |
MITS社のAltair8800 |
マイクロソフト社のBASICという開発言語ソフト |
Apple社のAppleII |
VisiCalc社のVisiCalcという表計算ソフト |
IBM社のIBM PC |
Lotus社のロータス1-2-3という表計算ソフト |
IBM PCにおける互換性維持重視戦略
先行者の優位性とネットワーク外部性(ネットワーク効果)
電話ネットワークを例としたネットワーク外部性に関する説明
かけることのできる相手の数が多ければ多いほど便利である。電話ネットワークの利便性の指標として、電話ネットワークの利用可能機会の総数を取ると、ネットワーク外部性の古典的理解が可能になる。
たとえば、ある電話ネットワークの構成員がn人の場合には、その電話ネットワークに属するある特定の人がかけることのできる相手の数は、n−1である。電話ネットワークを利用して電話をかけることのできる相手の数を、電話ネットワークの利用可能機会の数と定義すると、構成員数がn人である電話ネットワークにおける利用可能機会の総数NTは、NT=n(n-1)となる。[ここでは、AさんがBさんに電話をかける場合(A→B)と、BさんがAさんに電話をかける場合(B→A)とを区別して、利用可能機会の総数を数えている。]
仮に構成数nが十分に大きい数であるとすると n−1≒n とおけるので、NT=n(n-1)≒n2 となる。
したがって構成員数が十分に大きい電話ネットワーク全体に関する利用可能機会の総数は構成員数の二乗に比例することになる。すなわち構成数が10倍になると、利用可能機会は10の二乗=100倍にもなる。
IBM PC開発時の技術的決断に関する「ネットワーク外部性」視点からの説明
IBMが1981年のIBM PC開発に際して、PCの中核的部品であるマイクロプロセッサーに関して最も「低」性能なCPUを選択するというIBM PC開発チーム
の技術的決断は、ネットワーク外部性(ネットワーク効果)に対する配慮という視点から説明することもできる。
Further Study>「パソコン・システムを構成する技術的要素の一つ」としてのマイクロプロセッサーに関するネットワーク外部性(ネットワーク効果)とはどういうことなのかをわかりやすく説明して見よう。