ロバート・
G・ボウン(細野敦訳)
『民事訴訟法の法と経済学』(木鐸社,
に対しての
「推薦の言葉」
民事訴訟の法と経済学と言えば次のような寓話を想起する読者も多かろう.
言うまでもなく,これはアレグザンダー・ポウプの寓話を潤色したものである. 本書を読んで法と経済学の分析ツールをマスターすれば,この寓話の面白さが 数倍増するであろう.ここには費用便益分析(効率性)と分配的公正の問題, 取引費用と手続的正義の問題などを見ることができる.
本書の鋭利で説得力のある分析を読んで,法学者には伝統的民事訴訟法理論 との連続と不連続を堪能していただきたく,法実務家には民事訴訟が取り組む べきインセンティヴと情報の制禦という問題に洞察を深めよりよき実践のため の糧としていただきたく,そして法政策立案担当者には社会的総費用と社会的 総便益の間のバランシングに配慮したクリエイティヴな法創造の参考としてい ただきたい.
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『民事訴訟の法と経済学』が細野敦判事という現役の裁判官によって訳出さ れたことは,後世の法制史家によって日本の民事訴訟法にとっての歴史的事件 として位置づけられるようになる気がする.伝統的な民事訴訟法理論は,確率 論や期待値概念はもちろん,偽陽性過誤と偽陰性過誤,さらにはゲイム論など の社会科学において確立した分析道具を等閑視して抽象の思弁に堕するきらい がなかったとは言えない面があるように思われる.社会科学では自明の事実と されることと全く反対の謬論をもったいぶってしたり顔で宣うことが法律学で あるかのような態度の者さえいないわけではない.そのような状況の中で,細 野判事はつとに「判決効の主観的拡張理論とその経済分析:コラテラル・エス トペルの経済分析の紹介」『判例タイムズ』828号72頁以下(1994年)という優 れた論文を発表されておられる.法と経済学についての深い理解と裁判官とし ての実務経験とを併せ持つ稀有な存在である細野判事が,多忙を極める裁判実 務の合間を見付けて,本書の翻訳の労をとって下さったことに深い感謝と感銘 の情を抱くのは私だけではないであろう.しかも訳文は,日本語としても非常 にこなれており,翻訳であることを忘れて細野判事の書き下ろしの著書を読ん でいるような気持ちになってしまう.本書が,法律学に関心を持つ国民に広く 読まれることを祈念してここに推薦の言葉とさせていただく.
2004年9月
太 田 勝 造