《江戸狂歌選・巻之四》

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松の家の 松茸よりも ささなみや

     志賀の松茸 太くたくまし (蜀山人)

  


 

世をすてて 山に入るとも 味噌醤油

     酒のかよひぢ なくて叶はじ (蜀山人)

  


 

今までは 他人(ひと)が死ぬとは 思ひしが

     俺が死ぬとは こいつぁたまらん (蜀山人)

  


 

此の世をば どりゃお暇に せん香の

     煙りとともに 灰左様なら (十返舎一九)

  


 

冥途から もしも迎いが 来たならば

     九十九まで 留守と断れ (蜀山人)

  


 

生きすぎて 七十五年 食いつぶす

     限り知られぬ 天地の恩 (蜀山人)

  


 

(祝の心を)

鶴もいや亀もいや松竹もいや

     ただの人にて死ぬぞめでたき (四方赤良)

  


 

(辞世)

深草の元政坊は死ぬるなり

     我が身ながらもあはれなりけり (元政)

  


 

(傾城・傾国はいにしへよりいましめ深けれど,またこれなからましかば,隣の娘の袖を引き,小夜衣の重ね着絶えざらまし)

人の城人の国をも傾けて

     子孫を絶やすものぞ恋しき (四方赤良)

  


 

世の中に寝る程楽は無きものを

     知らぬうつけが起きて働く (狂言・杭か人か)

  


 

貪欲を捨てよと言うて捨てさせて

     後より立ちて拾う上人 (かさぬ草紙)

  


 

とかく世は喜び烏酒のんで

     夜が明けたかあ日が暮れたかあ (唐衣橘洲)

  


 

徳政をやりひつさげてつくづくと

     思へば物をかりの世の中 (一路居士)

  


 

濡れわたる水の下にもいかなれば

     こひてふ魚のたえずすむらん (朝忠集)

  


 

つらかりしそなたの尻もわれ鍋に

     わが欠け蓋の逢ふぞうれしき (狂歌百首歌合・恋)

  


 

田楽の串々思ふ心から

     焼いたがうへに味噌をつけるな (甲子夜話・三)

  


 

土左衛門に君はなるべし千代よろづ

     万代すぎて泥の海にて (耳袋・六)

  


 

鳥もなし七つ下りのきぬぎぬは

     恨みぞ残るよし原の里 (落首)

  


 

留められてつひ居続けのことわりや

     引け四ツ過ぎの雨乞小町 (四方赤良)

  


 

遁世の遁は時代に書きかへむ

     昔は遁今は貪 (沙石集・三)

  


 

中折や奉書椙原売り切れど

     貧乏がみは買ふ人ぞなき (玄康)

  


 

地獄とて遠きにあらず目の前の

     憂き苦しみを見るにつけても (鉢叩)

  


 

(死者の形見に五輪の塔を建てることを無意味と嘲笑して)

亡き跡の形見に石がなるならば

     五輪の代に茶臼切れかし (一休)

  


 

無くてよき物は女と香の物

     移り香いとふ老いの身なれば (根岸鎮衛)

無くてならぬものは女と香の物

     人のさいにもめしのさいにも (四方赤良)

  


 

何事も皆偽りの世の中に

     死ぬるといふぞ誠なりける (一休)

  


 

(としのはじめによめる)

生酔の礼者を見れば大道を

     横筋違に春は来にけり (四方赤良)

  


 

(長者二代なし)

二代無き長者の身こそ借銭の

     子をむさぼりし報ひなるらし (石田未得)

  


 

日光と聞いて極楽見て地獄

     邪慳な石にやみくもの雨

  


 

猫の妻もし恋ひ死なば三味線の

     可愛やそれも色にひかれて (後西上皇?)

  


 

(述懐を)

寝て待てど暮らせど更に何事も

     なきこそ人の果報なりけれ (四方赤良)

  


 

(念仏に明け暮れるうつけを嘲笑して)

念仏を強ひて申すもいらぬもの

     もし極楽を通り過ぎては (桃水和尚)

  


 

(まづしき人のしたしきにもうとまれければよみてつかはしける)

軒近き隣にだにもとはれねば

     貧ほど深き隠家はなし (無銭法師)

  


 

這へば立て立てば歩めと思ふにぞ

     我が身につもる老いを忘るる (井上正任)

  


 

(役人根性)

筥崎の松は奉行にさも似たり

     直なと見ゆれどゆがまぬはなし (太閤秀吉)

  


 

八十や九十や百の若い者

     鶴は千年亀は万年 (四方赤良)

  


 

(乗合の舟にのりて)

はなし出す人の尻馬口車

     いづれ調子に乗り合ひの舟 (平秩東作)

  


 

(ある法師,弟子の朝ねしければ,斎をなんとめて,くはせざればよめる)

鼻の下ははや過ぎけりないたづらに

     我が目さまさで長寝せし間に (新撰狂歌集・下・雑)

        (参考)花の色はうつりにけりないたづらに

              我が身世にふるながめせし間に (小野小町)

  


 

ありあきのつれなくいへぬ皮癬瘡

     かくばかり身に憂きものはなし (沢庵和尚)

        (参考)有明のつれなく見えし別れより

              暁ばかりうきものはなし

  


 

(赤穂義士)

人切ればおれも死なねばなりませぬ

     そこで御無事な木刀を差す (堀部弥兵衛金丸)

  


 

人の身は背戸の畠の雪仏

     消えて残るはなばかりにこそ (山崎宗鑑)

  


 

(おとろふる人,をのづから世すて人のやうになりて,引きこもりてよめる)

貧乏の神を入れじと戸をさして

     よくよく見ればわが身なりけり (雄長老)

  


 

ぶうつと出て顔に紅葉の置土産

     余り臭うてはなむけもせず (秋田むがしこ)

  


 

あら楽や人が人とも思はねば

     人を人とも思はざりけり (元政)

  


 

松立てずしめ飾りせず餅つかず

     かかる家にも春は来にけり (元政)

  


 

(白川侯松平定信)

天が下のもののふなりと白川の

     浅瀬の水に漂ふぞ憂き (林子平)

  


 

欲しがれどとまらぬ人もあるものを

     いらぬに出来る我が子どもかな (重静)

        (参考)思ひわびさても命はあるものを

                うきにたへぬは涙なりけり (道因)

  

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