《現代川柳選》

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[T]田 辺 聖 子『川柳でん でん 太鼓』講談社,1988年から


美学とは きわまるところ 首一つ(東野大八)



淡々と生き だんだんと 利己主義者(椙元紋太)



貧しさも あまりの果ては 笑い合い(吉川雉子郎)



人類は 悲しからずや 左派と右派(麻生路郎)



人間に 似てくるを哭く 老河童(川上三太郎)



雪こんこ 人妻という 手にこんこ(時実新子)



雪の夜の 惨劇となる ベルを押す(時実新子)



ふたたびの 男女となりぬ 春の泥(時実新子)



何だ何だと 大きな月が 昇りくる(時実新子)



れんげ菜の花 この世の旅も あと少し(時実新子)



電車に乗って まいにち果たしあいにゆく(天根夢草)



はくじょうな 会社と入社時 から思う(岩井三窓)



癖のない 人と言はれて 庶務に居る(西尾栞)



同じ道 行くか才女も 子を背負い(三条東洋樹)



間違って 大人になった ような人(岩井三窓)



手と足を もいだ丸太に してかへし(鶴彬)



屍の ゐないニュース 映画で 勇ましい(鶴彬)



胎内の 動きを知るころ 骨がつき(鶴彬)



タマ除けを 産めよ殖やせよ 勲章をやらう(鶴彬)



工場は地獄よ主任が鬼で
   廻る運転火の車
      籠の鳥より監獄よりも
         寄宿舎ずまひはなほ辛い(女工小唄)



玉の井に 模範女工の なれの果て(鶴彬)



修身に ない孝行で 淫売婦(鶴彬)



魂と 一緒に 瓶の栓がぬけ(田中五呂八)



興奮剤 射たれた羽叩きて しやもは決闘におくられる(鶴彬)



最後の一羽が たふれて平和にかへる 決闘場(鶴彬)



しやもの国 万歳とたふれた屍を 蝿がむしつてゐる(鶴彬)



忠魂碑 遺族三文 にもならず(井上剣花坊)



ちと金が 出来てマルクス 止めにする(井上剣花坊)



戦死する 敵にも親も 子もあろう(井上信子)



神代から 連綿として 飢ゑてゐる(井上信子)



三面を 読むと性悪説になる(飯田尖平)



貯ったと 見えて天皇 ご外遊(野村圭佑)



大都会 袖すり合うも 殺傷の縁(島崎肇)



靴を かえられて 忽ち世が暗し(椙元紋太)



死なれたら 困る女房を また怒鳴り(伊藤為雄)



昔とは 父母のいませし 頃を云い(麻生路郎)



命まで 賭けた女て これかいな(松江梅里)



レストラン めし屋屋台と 恋進む(前田辰男)



お互いの 女房の話 だけは避け(麻生路郎)



だれよりも 君を愛して 倦怠期(岡田千夜)



うつむいて いればつとまる 公務員(大三)



飲まず打たず買わず残らず小商人(石川ことゑ)



見直されてみても やっぱり平社員(達也)



子よ妻よ ばらばらになれば 浄土なり(麻生路郎)



お父さんはネ 覚束なくも 生きている(麻生路郎)



女の子 タオルを絞る やうに拗ね(川上三太郎)



親爺まだ 西より北へ いく気なり



そも幾人の 人と恋せし 果ての老い(近江砂人)



助平な 話せんよに なってボケ(市場没食子)



Bの妓と酔い 心ではAが好き(服部明陽軒)



美しく 老いるに矢張り 金が要り(小林愛穂)



アイロンの やうに鴛鴦 向きを変へ(川上三太郎)



かかるとき ぜにぜにぜにと 蝉が鳴く(岩井三窓)



今死ぬと いうのにしゃれも 言えもせず(食満南北)



牡丹鍋 つつきたくらみ ある如し(青木三碧)



こみ入った 話すき焼き 煮えつまり(神谷娯舎亭)



秋刀魚焼く 女殺し文句など言わず(西尾栞)



会者定離 ひとり煮凝り 食べている(さと子)



いじめ甲斐 ある人を待つ 胡瓜もみ(田頭良子)



無神論者で いっしんに めしを食う(鳥本泰)



よく笑う 一日だった 腹が減り(中島正博)



五十年かかり一日でほろび(井上剣花坊)



凶作を 救へぬ仏を 売り残してゐる(鶴彬)



鉱毒も 食はねばならぬ しき のめし(鶴彬)



昔むかし 赤紙という 人さらい(矢部あき子)



お国のためとは 言いながら
   人のいやがる軍隊へ
      志願でくるような馬鹿もある



神武以来の景気 わが家を通りすぎ(田口麦彦)



陽は昇り にんげんいくさ ばかりする(清水去鳥)



記憶なき 高官アリバイ よく覚え(三瓶山志学)



新聞が 売れてお菓子が 売れ残り(高杉鬼遊:グリコ・森永事件)



男皆阿呆に見えて売れ残り(山川阿茶)



うつむいて 女作戦 練り直す(中川よし子)



台風の 進路でんがな 周遊券(古川美津枝)



寒菊の 忍耐という 汚ならし(時実新子)



開けにくい 戸を押売りが かるう開け(中川滋雀)



押売りは うしろを閉めて こわがらせ(東北)



かしこい事を すぐに言いたく なる阿呆(亀山恭太)



あほになっときなはれという母があり(西尾栞)



阿呆は阿呆なりに阿呆を抜けんとす(岩井三窓)



冷凍魚 アッと叫んだ ままの顔(岩田三和)



才能の おとろえもよし 長寿国(大野風柳)



生死とは 何ぞ刃こぼれ メスを研ぐ(河野副木)



基礎麻酔 効きかけた目に 縋られる(河野副木)



点滴の 間いびきの 楽天家(橋本芳久)



苛斂誅求 東大卒の 鬼がくる(小川義廣)



仕方なく 生きているのに 税とられ(松崎幸水)



俺をまだ 憎むと聞けば 安んずる(松本芳味)



すこし明るいのは 病人が死んだから(定金冬二)



此の世から 離ればなれに 浮き上がり(花又花酔)



心ない言葉 役所の質を下げ(阿部康子)



人間の珍種真面目に苦悩する(西田効亭)



主義主張 持たず気楽に 拍手する(鳥巣幸柳)




[U]阿部達二『江戸川柳で読む平家物語』文芸春秋,2000年から

 

義朝は 湯灌を先へ してしまい

義朝は 抜身を下げて 討死し

← 源義朝は長田忠致(おさだ・ただむね)に風呂を勧められ騙し討ちを受け て殺された.

 


 

子ゆえの闇に あかるみへ 常盤出る

← 今若,乙若,牛若を救うために常盤御前は六波羅に名乗り出た.

 


 

源平に 咲分ける夜の 恥ずかしさ

貞女両夫にまみへたで源氏の代

後家を手に入れて子孫の骨がらみ

小松殿 開(つび)が敵と 世を嘆き

←常盤御前は平清盛の寵を受けた.その結果三子は救われ,成長して平家を滅 ぼした.

 


 

会者定離 祇王一首に こめて詠み

祇王祇女 庇の下へ つき出され

清盛は 仏のために 迷はされ

仏より 先へ悟った 祇王祇女

← 祇王祇女を寵とした後,その勧めで会った仏御前に目移りして清盛は祇王 祇女を追い出した.

←もえ出るも 枯るるも同じ 野辺の草
    いづれか秋に あはではつべき(祇王)

←仏もむかしは凡夫なり 我等も終には仏なり
    いづれも仏性 具せる身を へだつるのみこそかなしけれ

 


 

小松菜が 枯れてまごつく 蝶の群れ

← 平重盛(小松殿)41歳で1179年に死去.蝶は平家の定紋.

 


 

入道は 真水をのんで 先へ死に

三年忌 きりで清盛 無縁なり

←1181年清盛死去.

 


 

恨みぽい 歌ばかりよむ 源三位

←人知れず 大内山の 山守は
   木隠れてのみ 月を見るかな(源三位頼政)

←昇るべき 便りなき身は 木の下に
   しゐを拾ひて 世を渡るかな(源三位頼政)

 


 

手のこんだ 化物の出る ししん殿

←源頼政の鵺退治.頭は猿,躯は狸,尾は蛇,手足は虎,声はトラツグミ.

 


 

いらぬこと 池禅尼が 子ぼんなう

根を絶って 葉を残したで 平家枯れ

← 池の禅尼の命乞いで頼朝らは救われた.

 


 

実盛の 首だと烏賊を 洗ってる

← 平実盛は老齢を隠すため髪を染めて戦場に出た.

 


 

朝日出て 二十余年の 夢は覚め

← 木曽義仲は朝日将軍との院宣を受ける.

 


 

世に青葉 残しニ八の 花は散

← ニ八蕎麦⇔熱もり蕎麦⇒平敦盛:熊谷直実に討たれた

 


 

教へたは浅瀬 聞いたは深い知恵

← 佐々木三郎盛綱は,平家が陣取った備前の児島に渡る浅瀬を浦の男に聞い て戦功を立てた

 


 

山桜詠み人知らぬ者はなし

千載へ 日かげの桜 散り残り

詠人は 散りても残る 山桜

さざ波も 志賀なく消えし 一の谷

花を宿 一夜泊まりし 蝶の将

もの言はぬ 主に一夜の 宿を借り

← ささなみや 志賀の都は荒れにしを 昔ながらの 山桜かな(平忠度)
← 行暮れて 木の下影を 宿とせば 花や今宵の 主ならまし(平忠度)

 


 

ちとおたりなさらぬ方と熊野はいい

← 平宗盛は不覚人(無能)とされる

 


 

逆櫓から 梶が曲がって 讒す也

逆櫓から だんだん梶が 曲がり出し

逆櫓の意趣でぬれ衣を着せ申

逆落しまでは判官ぬけめなし

← 逆櫓の是非で源義経と梶原景時は対立を募らせた

 


 

那須の与一様を駒込だとおぼへ

頼政と与一扇子で名が高し

玉虫のほかは官女の名は知れず

← 駒込の茄子の夜市 ← 扇の的の官女は玉虫

 


 

義経さんなにか落ちたと能登守

弓流す日も鎌倉ふところ手

太平の恥辱は質の弓流し

← 屋島の合戦で義経は弱い弓を恥じて流された弓を命かながら拾う

 


 

時平は文 景時は武を 讒し

極憎し 時平梶原蚤烏

← 菅原道真を讒言した藤原時平と源義経を讒言した梶原景時

 


 

八艘と一双逃げて恥ならず

← 義経の八艘飛びと,秦の始皇帝(荊軻に襲われて屏風一双を飛び越えて逃 れた)

 


 

懐に抱いていたのに滅ぼされ

← 常盤御前に抱かれていたのは牛若丸

 


 

一もんも残らず沈む西の海

ひどい負け 平家一門なしになり

← 壇の浦

 


 

平家方死んでおごらぬ穴を掘り

← 蟹は甲羅に合わせて穴を掘る

 


 

客人まろうど だよ あいーと下の関

源氏名はけしてつけない下の関

下の関是たらちねの爲でなし

平の飯盛とも言ひそうな下の関

← 平家の官女のなれの果て

 


 

西海の九郎も水の泡となり

← 九郎判官義経

 


 

捨てられてこれはこれはと静泣

一世一代鎌倉で舞ふつらさ

← これはこれはとばかり花の吉野山(貞室)

 


 

武蔵坊あたかもまことらしく読み

咎められ くわんじんの場と読上げる

← 安宅の関の富樫左衛門尉:勧進帳

 


 

遠くからつっついてみる衣川

← 義経主従の最後

 


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