法史学研究会 過去の例会記録
(第17回、第33回、第91回例会の報告題目については、PDF版の例会リストをご参照ください。)
第1回 1986年5月8日
伊能秀明「(書評)稲岡彰「怨霊思想と仏教統制」(明治大学大学院紀要23-1)」
第2回 1986年6月5日
斎藤秀昭「隷臣妾問題に関する研究状況――中国における論議を中心として――」
第3回 1986年7月3日
稲岡彰「日中怨霊考」
第4回 1986年10月2日
根本敬彦「ノルマントン号事件の社会的影響」
第5回 1986年11月13日
島田正郎「『刑科史書』に見る偸盗四項牲畜罪」
第6回 1986年12月4日
浅古弘「日清修好条規における観審の成立」
第7回 1987年5月22日
高橋継男「揚子江下流域を旅して――丹陽県の南朝陵墓石像を中心に――」
第8回 1987年6月11日
伊能秀明「邪馬台国の権力構造をめぐって――魏志倭人伝の大率と卑奴母離――」
第9回 1987年7月2日
高塩博「和歌山藩の明律研究について」
第10回 1987年11月19日
斎藤秀昭「秦漢時代における「完」の意味について」
第11回 1987年12月17日
上野利三「奈良時代の対外意識をめぐる小考」
第12回 1988年1月14日
根本敬彦「明治二年・英国人「ホーイ」殺害事件考」
第13回 1988年5月12日
鍋田一「インドの宗教遺跡」
第14回1988年6月23日
高塩博「新出の『刑法新律草稿』について」
第15回 1988年7月14日
伊能秀明「僧尼令と道僧格に関する一考察」
第16回1988年11月24日
稲岡彰「仮説 怨霊思想と渡来氏族」
第17回 1988年12月15日
加藤順一「『朝野■載』に見える「日本国使人」について」
第18回 1989年1月12日
小林宏「徳川幕府法と中国法」
第19回 1989年5月23日
高橋継男「新唐書食貨史について」
第20回 1989年6月23日
寺内威太郎「李氏朝鮮と清朝の貿易関係について」
岡野誠・内河久平 明治大学蔵朝鮮版本解説を配布
第21回 1989年7月13日
楊永良「太上皇と太上天皇」
第22回 1989年11月30日
斎藤秀昭「秦漢時代の身体刑と科刑手続に関する一考察」
第23回 1989年12月19日
高塩博「熊本藩『刑法草書』の成立過程――3種の堀平太左衛門草書について――」
第24回 1990年1月11日
岡嵜修・長谷川史明「西洋における法進化思想」
第25回 1990年5月17日
龍前佳子「古代における皇位継承について――7世紀から8世紀にかけて――」
第26回 1990年6月7日
姚栄涛「中国憲法用語と日本漢語」
第27回 1990年7月12日
千葉徳夫「絶対主義時代における小国のお上と教育」
第28回 1990年11月29日
武樹臣「中国の伝統的法文化」
第29回1990年12月13日
伊能秀明「江戸時代末期の古代法制研究――栗原信充『令講義』について――」
第30回 1991年1月10日
高塩博「熊本藩『刑法草書』をめぐる二三の問題」
第31回 1991年5月24日
島善高「清朝時代の秋審について」
第32回1991年6月17日
小沢隆司「大阪アルカリ事件訴訟はいかなる問題を解決したか」
第33回 1991年7月18日
斎藤秀昭「漢代における■■刑について」
第34回 1991年12月19日
龍前佳子「藤原宮子の称号問題について」
第35回1992年1月9日
伊能秀明「『牢内秘録』と『牢内深秘録』――ふたつの牢獄関係史料をめぐって――」
第36回 1992年5月28日
島田正郎「遼の東丹王――その人と事績――」
第37回 1992年6月25日
後藤武秀「張晋藩・張希坡・曽憲義著『中国法制史』邦訳作業を通して感じたこと」
第38回 1992年7月17日
宮野義昭「
第39回 1992年11月19日
斉藤秀昭「秦漢時代の身体刑について」
第40回 1992年12月18日
岡野誠「 最近開かれた二つの国際学会――国際唐代学術研討会と国際シンポジウム『アジアの伝統的慣習法と近代化政策』――」
後藤武秀「中国における法制史研究の動向」
第41回 1993年1月9日
妹尾達彦「近年のアメリカにおける中国研究の動向」
第42回 1993年5月28日
島田正郎「江南の旅」
第43回1993年6月21日
高塩博「熊本藩徒刑と幕府人足寄場の創始」
第44回1993年7月28日
村上一博「明治期の婚姻関係と小児の帰属」
第45回 1993年11月25日
坂野嘉昭「喧嘩両成敗法に関して」
第46回 1993年12月7日
島善高「明治皇室典範について」
第47回 1994年1月13日
浅古弘「拾われた文化遺産――民事判決原本の廃棄撤回をめぐって――」
第48回 1994年7月28日
小橋一久「開元・天宝期に於ける唐朝の対外政策をめぐって――唐朝官僚の対外認識について――」
第49回 1995年1月24日
「鍋田先生を囲んで」
第50回 1995年6月22日
島善高「元老院国憲按の編纂過程について」
第51回 1995年7月25日
島田正郎「西夏法典初探」
第52回 1995年9月21日
高塩博「維新前夜久留米藩の刑法草案――『刑法下案』とその付属法――」
第53回 1995年11月16日
樹下俊之介「秦律における贖についての一考察」
第54回 1995年12月20日
小林宏「法史学随想――『熊本藩法制史料集』の発刊に際して――」
第55回 1996年1月11日
岩谷十郎・村上一博「近代日本の法曹イメージ――『日本法曹界人物事典』(全10巻)の編集を終えて――」
第56回 1996年5月25回 《ヨーロッパ中・近世国制史研究会との合同研究会》
山内進「中世教会法の理念とヨーロッパの拡大――異教徒の権利をめぐって――」
第57回 1996年6月27日
長沼秀明「目賀田種太郎にみる西欧の近代法と音楽」
第58回 1996年7月27日
氣賀澤保規「房山石経の共同研究について」
第59回 1996年11月27日
村上一博「大正期の私生児認知請求」
第60回 1996年12月14日
島田正郎「西夏法典初探――家畜に対する加害に関わる規定を中心として――」
第61回 1997年1月13日
矢澤悦子「秦漢簡牘研究の現況」
第62回 1997年5月21日
島善高「日本の弁論――早稲田雄弁術の系譜――」
第63回 1997年6月25日
後藤武秀「台湾法史研究の現状と課題――台湾法学会『台湾法制一百年論文集』の紹介を兼ねて――」
第64回 1997年7月25日
長沼秀明「内外交渉訴訟と条約改正問題――明治初期の長崎を中心に――」
第65回 1997年11月19日
岡野誠「伊達文庫所蔵の唐律12巻について」
第66回1997年12月22日
高塩博「津藩の「揚り者」という刑罰」
第67回 1998年1月8日
神崎直美「常陸国土浦藩の徒刑案について」
第68回 1998年5月27日
浅古弘「アメリカの日本研究について」
第69回 1998年6月24日
高畑輝久「近代の貧民救済――イギリスおよび日本について」
第70回 1998年7月21日
島田正郎「西夏法典初探――内乱及び親族相姦他――」
第71回 1998年11月11日
瀬賀正博「沈家本と中国伝統法学」
第72回 1998年12月21日
頼松瑞生「明治民法下における継親子関係廃止論」
第73回 1999年1月13日
宮部香織「律令の死刑覆奏制度について」
第74回 1999年5月19日
高塩博「長岡藩の寄場について」
第75回 1999年6月16日
高橋継男「洛陽出土唐代張胤墓誌の紹介」
第76回 1999年7月26日
林信夫「テオドシウス法典第12巻第6章第9法文(365年)――末期ローマにおける税徴収システムについて――」
第77回 1999年11月27日
大浦太治「金玉掌中抄の研究――林春斎旧蔵本を中心に――」
第78回 1999年12月22日
飯島和俊「秦漢時代の軍制」
第79回 2000年1月12日
石岡浩「前漢文帝刑法改革の制度史的背景について」
第80回 2000年5月31日
井上和人「唐代長安の治安維持について――巡使・街使を中心として――」
第81回 2000年6月30日
長沼秀明「L.W.メーソンの助手 中村専とその周辺――明治初期音楽政策の背景――」
第82回 2000年7月12日
岡野誠「中国国家図書館所蔵の敦煌本唐職制律断簡について――敦煌蔵経洞発見百周年記念国際学術会議(北京)の印象――」
第83回 2000年11月29日
神崎直美「浜松藩の徒罪について――水野忠邦による藩政の一斑――」
第84回 2000年12月20日
後藤武秀「日本統治期台湾における判決原本等裁判所資料の現存状況について」
第85回 2001年1月10日
陶安あんど「魏律篇目再考」
第86回 2001年5月23日
村上一博「ボワソナード紀行――パリ、そしてアンチーヴ――」
第87回 2001年6月27日
小室輝久「イングランド法における罪刑法定主義の淵源について」
第88回 2001年7月18日
岩谷十郎「福澤諭吉とジョン・ヘンリー・ウィグモア――法律専門教育をめぐる二つのヴィジョン――」
第89回 2001年11月7日《主催:明治大学国際交流センター(明治大学国際交流基金事業セミナー)》
高明士「賓貢科の成立と発展」
第90回 2001年12月20日
鎌田浩「江戸時代の刑事諸制度――熊本藩を例として――」
第91回 2002年1月9日
石岡浩「両晋・南北朝「謫(■)」考」
第92回 2002年4月24日
宮部香織「古記と古答――研究史の整理を中心として――」
第93回 2002年5月31日
長沼秀明「実録文学を題材とした明治維新史研究序説」
第94回 2002年7月19日
島善高「日本史上の「自由」について」
第95回 2002年11月27日
石岡浩「「秦漢二十等爵制度」再考」
第96回 2002年12月20日
高木侃「武士の離婚と離縁状」
第97回 2003年1月10日
高塩博「「公事方御定書」管見――流布の端緒と「例書」の成立をめぐって――」
第98回 2003年5月21日
布施賢治「武術流派改革と下級武士――川越藩の事例を中心に――」
第99回 2003年6月11日
池田夏樹「戦国秦漢期における贖刑制度の運用」
第100回 2003年7月8日
井上和人「唐代長安の諸門について――『唐律疏議』における「門」字の分析――」
第101回 2003年11月26日
村上一博「明治法律学校における民法講義の系譜――岸本辰雄と横田秀雄を中心に――」
第102回 2003年12月12日
町田富夫「漢籍のデータベース化について」
第103回 2004年1月16日
岡本真希子・藤野裕子「法学博士・岡松参太郎旧蔵資料の整理について」
第104回 2004年5月19日
小室輝久「18世紀イングランドの治安判事と非裁判型紛争解決について」
第105回 2004年6月23日
石岡浩「張家山漢簡二年律令にみる「収」制度の緩和――収帑廃止の前段階として――」
第106回 2004年7月21日
池田夏樹「戦国秦漢期における自首」
第107回 2004年10月22日
頼松瑞生「明治民法下における身分行為代理論」
第108回 2004年12月1日
小口恵巳子「明治民法編纂過程における親の懲戒権――「名誉の連結仮説」を問う――」
第109回 2004年1月14日
鈴木秀光「従重と請旨即行正法」
第110回 2005年5月14日
神崎直美「水野忠邦の藩法集編纂事業とその藩法――『監憲録・浜松告稟録』を中心として――」
第111回 2005年6月8日
宮部香織「『令集解』所載の諸注釈書における先行注釈の引用形態とその評価--古記と令釈を中心に--」
第112回 2005年7月9日
高遠拓児「清末地方司法と湖北按察使黄彭年」
第113回 2005年11月16日
門脇朋裕「生類憐み令の施行状況に関する一考察」
第114回 2005年12月14日
岡野誠「北宋の区希範叛乱事件と人体解剖図の成立」
第115回 2006年1月18日
児玉圭司「明治初期の地方監獄における処遇の改善――山口県の事例を中心として――」
第116回 2006年5月24日
村上一博「近代日本商法学説の形成――優先株問題を中心に――」
第117回 2006年6月14日
菅谷幸浩「美濃部達吉の統治機構論と昭和期の政治」
第118回 2006年7月21日
重松優「大木喬任関係文書について」
第119回 2006年10月18日
小曽戸洋「古代中国の医学史料―とくに馬王堆帛書について―」
第120回 2006年11月22日
三瓶貴弘「商法典論争史と東京商工会」
第121回 2006年12月13日
小林宏「幕末桑名藩士の『桑名日記』『相崎日記』について」
第122回 2007年6月27日
児玉圭司「『明治5年監獄則』の編纂過程とその内容について」
第123回 2007年7月28日
加藤順一「『小右記』に見える武力紛争処理関係史料―長元平氏闘乱事件と藤原頼通政権―」
第124回 2007年9月26日
長沼秀明「長崎の洋学が生んだ司法官・名村泰蔵」
第125回 2007年10月24日
赤城美恵子「清代の秋審処と秋審条款」
第126回 2007年11月9日
斎藤洋子「国会開設勅諭と副島種臣」
第127回 2007年12月12日
宮部香織「小中村清矩の令義解講義について」
第128回 2008年5月23日
石岡浩「『三国志』の時代の法――三国魏文帝の「妖謗賞告」の法の除去を手がかりに――」
第129回 2008年6月25日
三橋広延「天一閣本『天聖令』巻二八営繕令の錯簡の原因」
第130回 2008年7月22日
星原大輔「明治初年における井上毅の憲法制定構想」
第131回 2008年10月15日
小室輝久「18世紀イングランドにおける紛争解決の諸相」
第132回 2008年11月12日
落合悠紀「曹魏政権下における肉刑復活の議論をめぐって」
第133回 2008年12月10日
高塩博「幕府人足寄場の収容者について――武家奉公人と有宿――」
第134回 2009年5月27日
岡崎まゆみ「1905年日韓保護条約の基本的性格に関する一考察――韓国内政権の掌握をめぐる視点から――」
第135回 2009年6月17日
天野嘉子「井上毅と参事院――フランスの諸規定と「参事院章程」の比較を中心に――」
第136回 2009年7月8日
北野かほる「...と夫は言うのだが...:中世後期イングランド庶民の’離婚’?」
第137回 2009年10月28日
菅谷幸浩「近衛新体制をめぐる憲法問題・再考」
第138回 2009年11月27日
頼松瑞生「通俗小説の中の法--竹田敏彦の作品を中心として--」
第139回 2009年12月11日
長又高夫「北条泰時の政治思想」
第140回 2010年5月12日
門脇朋裕「私領における幕府法伝達状況からみた幕藩関係と綱吉政権下の法制改革」
第141回 2010年6月25日
李英美「韓国における個別的慣習調査報告書の状況について――統監府と朝鮮総督府の慣習調査報告書を中心に」
第142回 2010年7月9日
高木侃「執心切れ一札―未婚関係解消文書―」
第143回 2010年10月20日
小曽戸洋「中国医学書の変遷-形態と内容-」
第144回 2010年11月24日
河野保博「入唐僧円仁と法王寺石刻の発見について」
第145回 2010年12月8日
高塩博「「公事方御定書」の編纂過程と「元文五年草案」について」
第146回 2011年6月15日
岡野誠「近年の敦煌・吐魯番本唐律・律疏断片の調査・研究」
第147回 2011年7月22日
宇都宮美生「唐代洛陽城の水利施設と漕運」
第148回 2011年10月28日
落合悠紀「曹魏明帝による制度改革と宮室修治」
第149回 2011年11月11日
スハーノワ・ナタリア「戦後の日本正教会をめぐるモスクワ教権とアメリカ教権の管轄問題」
第150回 2011年12月14日
高木侃「離縁状八題―高木コレクション(実物)紹介をかねて」
第151回 2012年4月27日
宮部香織「『令義解』と『令集解』にみる注釈書編纂の意識-両注釈書の特色についての再整理・公式令を例として-」
第152回 2012年5月30日
岡崎まゆみ「植民地期朝鮮の司法当局および家族法諸判決における方針――相続の効果に注目して――」
第153回 2012年7月25日
星原大輔「江藤新平と由利財政」
第154回 2012年10月24日
小林宏「『律集解』雑感」
第155回 2012年11月16日
真柳誠「日中朝間の古医籍の流通と伝承」
第156回 2012年12月12日
島善高「木下韡村の法律学瞥見――熊本藩に於ける礼と刑――」
第157回 2013年4月24日
島善高「木下韡村の法律学瞥見――熊本藩に於ける礼と律――(二)」
第158回 2013年5月31日
野原香織「ボワソナードの雇傭契約理論――労働者保護に注目して――」
第159回 2013年7月17日
田中俊光「朝鮮成宗代における断獄の迅速化策-時推照律の可否をめぐって-」
第160回 2013年10月18日
石野智大「武周村落制度史料の復原的研究―永清県文化館蔵「金輪石幢」の実見調査をもとに―」
第161回 2013年11月23日
北野かほる「中世イングランドの非訟事件記録」
第162回 2013年12月6日
後藤武秀「植民地時期台湾における笞刑の採用と実施状況--朝鮮との比較--」
第163回 2014年4月25日
白春岩「明治初年の日清関係―礼砲問題を巡って―(仮題)」
第164回 2014年5月23日
野原香織「旧民法ボワソナード草案における『裁判外の宣誓』」
第165回 2014年6月20日
荒邦啓介「戦中の辻清明」
第166回 2014年7月25日
村上一博「法典論争研究の現状と課題」
第167回 2014年10月17日
江川式部「唐代の葬儀官給について」
第168回 2014年11月21日
高塩博「「公事方御定書」の法体系と律令法」
第169回 2014年12月13日
小林宏「生田万の思想小見--宣長・篤胤との関係を中心として--」
第170回 2015年1月10日
關尾史郎「長沙呉簡中の名籍について―吏民簿の様式と機能を中心として―」
第171回 2015年5月19日
小室輝久「マグナ・カルタとブラックストン」
第172回 2015年6月23日
有安香央理「明治初期日本における日英間の「内外交渉訴訟」」
第173回 2015年10月16日
顔麗媛「清末中国における条約の運用—日本人僧侶の布教権はいかにして拒まれたのか」
(通訳:白春岩)
第174回 2015年11月13日
島善高「幕末に甦る律令--真木和泉守の場合」
第175回 2015年12月18日
高塩博「「公事方御定書」に並ぶもう一つの幕府制定法」
第176回 2016年1月29日
児玉圭司「丹後田辺藩における赦とその周辺―田辺藩裁判資料を用いて―」
第177回 2016年4月22日
速水大「唐における勲官-規定と現存史料から-」
第178回 2016年5月27日
大庭裕介「内閣制移行期の法典編纂-旧民法編纂の政治史的背景-」
第179回 2016年6月24日
宮部香織
「平安期における明法家の法令引用」
第180回 2016年7月22日
野原香織「近代日本におけるフランス雇用契約論の影響」
第181回 2016年10月28日
渡辺健哉「両大戦間期における対中外交の一齣――柯劭忞『新元史』への学位授与をめぐって――」
第182回 2016年11月18日
小室輝久「イングランドにおける治安判事書記の役割」
第183回 2016年12月21日
ベルランゲ河野紀子「江藤新平における「人民の権利の擁護」――その法政文化連関をめぐる一試論」
第184回 2017年1月20日
江戸惠子「史料紹介 外交史料館所蔵 梅錦之丞に対する養育料請求事件――明治前期在外邦人裁判の周辺――」
第185回 2017年5月26日
長又高夫「北条泰時の法解釈 --因准と折中--」
第186回 2017年6月16日
稲田奈津子「納棺・埋葬儀礼の復原的考察―劉安志「中古衣物疏の起源と変化」をてがかりに―」
第187回 2017年7月28日
石野智大「武周時代の村落制度と基層社会の人的結合―河南省輝県市文物管理所蔵「百門陂碑」の分析を中心に―」
第188回 2017年10月20日
大浦太治「長崎奉行所における窃盗罪の判決とその適用法-明和・安永・天明年間を中心に-」
第189回 2017年11月24日
野原香織「19世紀リヨンにおける徒弟奉公関連の労働審判-職工新聞L'Echo de la Fabrique の分析から-(仮)」
第190回 2017年12月22日
渡辺健哉「昭和11年の講書始について--羽田亨は昭和天皇に何を伝えたかったのか?--」
第191回 2018年1月26日
門脇朋裕「近世前期の幕府右筆と法令」
第192回 2018年3月28日
北野かほる「
続・中世イングランドの非訟事件記録
」
第193回 2018年5月18日
頼松瑞生 「明治後期の農民文学にみえる法」
第194回 2018年6月29日
服部一隆 「『令集解』古記と大宝令・養老令」
第195回 2018年10月20日
赤城美恵子「清朝時代の裁判と刑罰――「五年審録」、「熱審」、「朝審」・「秋審」から」
第196回 2018年11月16日
岡崎まゆみ「「内国植民地」としての北海道近代法史について」
第197回 2018年12月14日
高塩博「「寛保律」百箇条について――「公事方御定書」を改訂した幕府法――」
第198回 2019年1月26日
北野かほる「人民訴訟裁判所 Court of Common Pleas の非訟事件記録 (中世イングランドの非訟事件記録・3)」
第199回 2019年5月24日
宮部香織「江戸期における万葉律令考
―『講令備考』の注釈にみる―」
第200回 2019年6月21日
石野智大「
唐代玄宗期の郷望と村落社会―河北省本願寺旧蔵「金剛経碑」の復原をもとに―」
以上
[法史学研究会]