5-6 量子的観測理論

明治大学情報コミュニケーション学部教授
メタ超心理学研究室 石川 幹人

 物理学と整合的なPSI理論の構築のため,超心理学者は量子論に発生する観測問題に着目した。観測問題に関係するところでPSIが起きるとして理論構築すると,現代物理学を大きく修正することなしに済ませられるからだ。

<1> 量子論の観測問題

 最初に本流物理学で起きている観測問題を概説する。ミクロな世界の現象を記述する量子論は,1926年シュレーディンガーの波動方程式により,形式化された。この波動方程式では,物理系が取り得る複数の状態が「重ね合わされた」状態で表現され,時間経過とともに,その状態がどう変化するかが記述されている。波動方程式は,観測が行なわれた時に(重ね合わされていた)複数の状態のうちの各状態が観測される確率を与える。
 例えば,電子が発射され,経路Aと経路Bの2つの経路のいずれかを通る可能性があるとしよう。波動方程式は,2つの経路が重ね合わさった状態を記述し,経路Aを通るのが20%の確率で観測され,経路Bを通るのが80%の確率で観測されるなどと予測する。波動方程式の予測は極めて精確であり,同一の波動方程式で記述される状態を多数回観測すると,統計的な誤差の範囲で正しく20%と80%の頻度で観測される。
 さて,ここで問題となるのが,その観測の直前に電子はどこにいたかである。我々の日常的な世界観によると,電子が経路Aに観測されたならば,その直前には当然ながら,経路Aを走っていたと考えるだろう。ところが,そう考えると矛盾が起きるのである。観測をしないと(あるいは観測する前は),電子はあたかも「波」のように両方の経路に広がっており,ある種の干渉現象を起こすことが,波動方程式によって導かれ,またそれは実験によっても裏づけられるのである。すなわち,観測をするまでの間,物理系は複数の取り得る状態が重なり合った奇妙な状態のままでいる,などと考えざるを得ないのである。
 どうせミクロの世界の話なのだからどうでもよい,などと事は済まない。何故なら,「観測」がいつどこで起きるかが量子論からは導けないので,マクロの世界に関わる可能性があるのだ。「観測」という行為を分解すると,そこには「測定装置」があり,観測する人間がいる。電子が経路Aと経路Bのどちらを通るかを測定する装置を作り,経路Aに検出されたら針が右に振れ,経路Bに検出されたら針が左に振れるようにしよう。すると,波動方程式では,経路Aに検出されて針が右に振れる状態と,経路Bに検出されて針が左に振れる状態とが,依然として重ね合わせた状態のままであり,どちらかには決まらないのである。さらに,測定装置の針が右に振れたら近くの猫が死ぬような仕掛けをして置くと(あくまで思考実験である),猫が死んだ状態と生きている状態が重なり合うという,実に奇妙な状態を想定せねばならない(シュレーディンガーの猫)。これが観測問題である。
 物理学者は奇妙な現象をミクロな世界に封じ込めるため,なんとかマクロの測定装置あたりでどちらかの状態に「決定」されるよう,量子論の拡張を試みるが,うまい理論が作れない。そうした中で,1980年代には,数メートルという十分マクロの大きさにおいても,ある種の物理系が重ね合わせ状態にあることが,実験的に確かめられた。
 一方で,物理系でないものが関与する時に「観測」が起きるとすれば,量子論の整合性が保たれるとして,ウィグナーやウィーラーは,観測者の「意識」が物理状態を決定していると想定した。意識が関わる前までは,複数の状態が重ね合わされているが,誰かの意識がその物理系を観測すると,波動方程式に示された確率に従って,いずれかの状態に決定するという。
 また,エヴェレットは,「観測」はそもそも起きていないとする「可能世界論」によって量子論の整合性を保とうとした。可能世界論では,電子が経路Aに検出されて針が右に振れ猫が死んでいるのを観測する世界と,電子が経路Bに検出されて針が左に振れ猫が生きているのを観測する世界とが,それぞれ別個に存在するとされる。波動方程式により,日常的にほとんど無限個の世界が生成されるのだ。このようにして,観測者は多数の可能世界に複製されるが,その意識は,意識の存在する特別な世界を認識する。つまり,死んだ猫を観測する世界の意識と,生きた猫を観測する世界の意識とが,互いに交流もなくそれぞれ存在するので,我々は常にどちらか一方を認識するという。観測問題は解消されるが,代わりに我々は,可能世界の迷宮へと追い込まれる。

<2> ウォーカーの観測理論

 エヴァン・ハリス・ウォーカーは1974年,量子論の観測問題の部分でPSIが起きるとする観測理論を提唱した。彼の観測理論では,現実の重ね合わされた状態に加えて,想像による状態という新たな物理状態が導入される(物理学で言う「隠れた変数」である)。その想像による状態が,いわゆる意識に相当する(つまり意識は特殊な物理状態とされる)。重ね合わされた状態は,意識と関わることで1つの状態に決定されるが,その観測の時点で,意識の想像状態と合致する状態が選ばれるという。これにより,願望や意志(これらは意識の想像状態とされる)に合った物理状態が結果として選択されることとなる。
 例えば,サイコロは回転中に6つの目に対応する6つの状態が重ね合わせになるが,意識で特定の目を念じていると,その目の想像状態と合致する状態が現実に選ばれやすくなる,としてPKが説明される。ESPは逆に,コールにつながる想像状態の方が重ね合わせになっており,ターゲットの現実状態が意識と関わる時に,ターゲットに合うコールの想像状態が選ばれやすくなる,と(やや複雑だが)説明される。
 この理論では,想像状態という奇妙な物理状態が,何故意識に相当する性格を持ち得るのかを物理的に説明せねばならず,困難を抱える。この理論は,PSIの理論である前に,心身問題の物理的解決に図らずも挑戦してしまった理論であると言える(8-3)。

ウォーカーの論文:
http://users.erols.com/wcri/CONSCIOUSNESS.html
http://users.erols.com/wcri/QMcons1970.html

<3> シュミットの目的論的観測理論

 乱数発生器の実験手法を開発したヘルムート・シュミット(3-5)は1975,1978年,目的論的性格を持つ観測理論を提唱した。この理論では,PSIの源である人間は,時空を越えたPSIを発揮するとして,PSI独自の世界を先に認めてしまう。そして,PSIを評価するとき(コールがどれくらい当たったかを調べるとき)に,高スコアを望む目的に沿って評価者がPSIを発揮し,過去に向かってPKが働くとする。PSIの源となる評価者とは,被験者に実験結果のフィードバックが与えられるときは,被験者自身に相当するが,与えられないときは結果を照合する実験者となる。過去に働くPKは,重ね合わせの状態から1つの状態が決定する,量子論的観測時に,将来の目的に沿った状態が選ばれやすくなることで実現される。
 彼が得意とする乱数発生器の例で説明しよう。乱数発生器の出力は「未来」の,良いスコアを残したいという目的に沿って出力が決まる。これは,特定の出力と合致する場合はPKとなり,コールと合致する場合はESPとなるが,基本的に未来からのPKという原理で実現される。この点はDAT(5-4)とは,ちょうど逆の構図であることに留意されたい。DATでは,ターゲットを選ぶときに選ぶ人間の予知で,将来の目的に合致したものが選ばれた。シュミットの理論では,コールを評価するときに評価者のPKで,過去のターゲット選択が目的に合致するように選ばれるのである。
 この理論によれば,彼が実験的に掴んだ過去遡及的PK(3-5)も,自動的に説明される。目的指向性を持つので,たとえ複雑な構造を持つ乱数発生器であっても,PSIが困難になることがない。この理論は,量子論と極めて整合的であるが,PSIの源がどのようにPKを時空を超えて発揮するのか,その機構や心理学的影響については,何も語っていない。
 この理論はまた,スタンフォードの適応行動理論(5-3)とも似ている。ただし,適応行動理論が因果理論として時間軸に手をつけなかったのに対して,この理論は時間軸を超越してしまった。すなわち,評価の時点に,過去に遡って事態が確率的に決定されるとしている。にもかかわらず,観測とは何かを曖昧にしたまま(上述のように量子論からは導けない)であるから,現在の事態が将来の目的関与によって決められている可能性が大きく入り込み,理論の検証可能性が著しく低いものとなっている。

<4> シュミットの改訂観測理論

 シュミットは,目的論的観測理論の問題を再考し,1982,1984年に改訂版の観測理論を提唱した。この理論の特徴は,「観測」が具体的に定式化されていることである。まず「意識」を,重ね合わせの状態から状態を確率的に決定する主体である,と操作的に定義する(上述のウィグナーらの立場)。そのうえで,確率的状態決定の過程に,量子論にはない3つの要素を導入している。
 第1に,状態決定は,時間とともに徐々になされるという,状態の「部分決定」の概念を導入した。第2に,状態の重ね合わせ度合いは,指数的に減衰(exp[-kt])し,その減衰定数(k)は「意識の覚醒度」に相当するとした。つまり,意識が高まっていると,早く状態決定がなされるが,意識がないゾンビであると(k=0),状態は重ね合わされたままである。第3に,PKの強さに応じて,重ね合わされた状態のうちの所望の状態に高い確率で決定されるような「PK係数」を設けた。状態の部分決定の概念は,量子コンピュータの原理を定式化した理論物理学者,デイヴィッド・ドイッチュも提唱している(『世界の究極理論は存在するか』朝日新聞社)。
 これらの改訂により,意識ある人間によって観測された時には,状態が(ある程度の時間をかけて)決定されると明確になったので,将来の目的関与の問題がなくなった。だが,透視の実験が成功するためには,被験者はゾンビ状態になって重ね合わせ状態を維持し,実験者がターゲットとコールを照合するときに過去遡及的PKが働くようにすべきであることも明確になった。これはこれで結構奇妙な事態である。観測理論では,観測の時点にPSIの影響が物理系へと現われるとされるので,こうした奇妙さは宿命とも言えよう。

<X> 付記

 本項の内容はSSPにおけるブラウトン氏の講演をもとにしている。


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